021:治療の副産物
「パ、パメリア殿……それは、一体!?」
その日の夜、わたしはアークヴェル様に面会をしていた。
前回は申請から面会まで少し時間がかかってしまったが、今回は昼頃に申請を出して、その日の夜だから、かなり配慮していただいたんだろう。
わたしは、相変わらず、たくさんの業務資料が置かれ、胃薬の常備されているアークヴェル様の机の上に、今日マリク様が写本なさった3冊分の用紙を乗せた。
……どさっ
「こちらは、本日、マリク様が写本された魔導書です。」
「……えっ?」
この美の神が丹精込めて作り上げたような造詣の美男子でも、豆鉄砲を喰らったような表情をするんだな、と思うと、少し親近感が湧いてしまう。
いや、でも分かります。昨日まで包丁すら握った事が無い人が突然、最高級の宮廷料理一式を作って持ち込んで来たら驚きますもんね。
でも、ごめんなさい、アークヴェル様……まだ有るんです。
「そのうち、こちらの用紙は元の魔導書が間違っている、とご指摘いただいたものです」
そう言いながら、例の魔法陣のページをアークヴェル様に手渡した。
「該当のページには栞を入れてありますのでご確認ください。魔術の威力を増す地場を作るための魔法陣となります」
「え……ええ、ありがとうございます。……いや、でも……」
アークヴェル様はそう言うと、一度、天を仰ぐように瞳を閉じてから、ゆっくりと栞のページと手渡された用紙を見比べた。
「この魔導書はセレスの……いや、騎士道学園図書室の蔵書……まさか、間違いがあるとは考えにくいのですが……」
魔導書は、そのほとんどが「写本」であることを考えると、どこかで間違う可能性はあるのだが、それでも「王立騎士道学園」、「王立魔道学院」の蔵書については、かなり原本に近い写本のはずだ。
本によっては、わたしが写本をしていた「国営図書館」よりも原本に近いくらいだ。
「すみません、わたしも魔法陣については専門外でして……魔法陣を丸写しする程度のことはできるのですが、中身の再構成となると……できれば、専門の方にご確認いただいた方が良いかと思いまして」
魔法陣って、線一本の違いだけで威力が半減してしまうこともある繊細な技術なのだ。
「なるほど。……では、これは、私の方で対応しておきます」
何故か少し安心した様子でほほ笑むアークヴェル様。
なんか、申し訳ないな……お仕事を一つ増やしてしまって……
「……申し訳ございません」
「いえ、パメリア殿が謝るようなことではありませんよ。むしろ、パメリア殿のおかげで、こんなに……写本が、いえ、色々なことが進んで……こちらこそ助かります」
いや、アークヴェル様はわたしのおかげのようにおっしゃってますが、この写本はマリク様の遊びの副産物、と言うのが正解だったりします。
「えーと……それと……こちらなんですけど……」
……コトン。
「――これは……!?」
アークヴェル様が絶句した様子で顔色を変える。
それは、夜のランプの明かりだけでも十分に分かるくらいの透明度と、中心からは溢れるような虹色の輝きを放っていた。
わたしがアークヴェル様の机に置いたのは、マリク様が魔力を込めた魔石である。
そう。
魔力多可症の症状緩和のためにセレス様からいただいている空っぽの魔石。
それにみっちみちのぎっちぎちに魔力を込め終わった魔石が、北宮には溜まってしまっている。
そろそろ一階の一部屋を埋め尽くしかねない勢いだ。
しかも、「炎の魔石」とか「水の魔石」のような属性のある魔石なら、この館で利用している給湯設備なんかにも使えると思うのだが、マリク様の魔力の籠った魔石は……正直、属性が分からない。
普通、精霊を使役できるような魔導士様だと、使役している精霊の属性で、ご本人の得意分野も判別できるのだが、マリク様の場合は……エクゥさんも、トラさんも、アメさんも見当がつかない。
エクゥさんは「風」、トラさんは「水」なのかと思って確認した際には、明確に「ちがう」と言われているし、アメさんに至っては想像がつかない。
……臓物好きの精霊なんて聞いたことないよなぁ?
そんな訳で、この魔石……何に使えるのかよく分からないが、魔力だけはたっぷり籠っているただただ綺麗な石、状態なのだ。
「マリク様の治療のために、体内の魔力をこちらに移しているのですが……結構、溜まってしまっていて……」
「あ、あの……パ、パメリア殿……」
心なしか、魔石を握るアークヴェル様の指が震えているような気がする。
困惑よりも興奮が上回るような声でアークヴェル様は言葉を続けた。
「龍魔石、というものを聞いたことは……?」
「龍魔石、ですか? 文献で読んだことはあります。なんでも、ダンジョンの最奥で取れる万能魔石の通称ですよね? どんな魔道具にも使う事もできるし、大変美しく丈夫な石なので、宝飾品としても最高級品とか?」
流石に現物は見たことが無いけど、豆粒サイズの龍魔石一つで子爵家なら一年程度は遊んで暮らせることに間違いない。
「少し、良いですか?」
アークヴェル様はそう断りを入れると、部屋の奥の……金庫のような重厚な扉を開いて、何やら綺麗な宝石を一つ持って来られた。
「……これが、今、この別邸で保管している『龍魔石』です」
おお!? 初めて現物を見た!
紫色のビロードに包まれていたそれ――
サイズは男性の親指の爪くらいだろうか?
豆粒サイズでもびっくりするようなお値段のはずなのだが、これは優にその3倍はありそうな大粒の逸品である。
薄暗いランプの光であっても、透明度が高く、内部から輝くような虹色の光が溢れている。
この美しさなら装飾品最高級、と言われるのは納得だ。
「そして、これが、パメリア殿がお持ちいただいた魔石です」
アークヴェル様がマリク様の魔力を込めた魔石を龍魔石の隣に並べた。
大きさこそ異なるものの、その透明度……奥から溢れるような虹色の輝き……
わたしも見比べながら自分の笑顔が引き攣っていくのが分かった。
「…………に、似て……いますね」
「…………この魔石は……こちらで管理させていただいて、よろしいでしょうか?」
「もちろんでございますぅぅっ!! 絶対にお願いしますッ!!」
わたしは、アークヴェル様の言葉に一も二もなく、頷いたのだった。
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