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018:【side・セレス】

 【sideセレス】


 なんなんだよ、まったく……


 僕は、木の幹にもたれながら、湖の方を睨む。


 見えない。

 まだ薄暗い早朝。

 100ミェーター以上離れればフィリアも、あの家庭教師の姿も豆粒大のはず。

 見えるはずがない。


 とととととと……


「セレス、貧乏ゆすり止めとけよ。剣のさやが木に当たって、うるさいぜ」


「え? あ、ああ。悪ィ」


 僕は双剣を装備している赤髪のシャインに小さく手を挙げて姿勢を正した。


「珍しいな、ウチのリーダーが『騒音のシャイン』に注意されるなんて」「そーだよな」「おい、何だよ!? その『騒音のシャイン』って!」「怒鳴るな、怒鳴るな」「それだよ、それ」


 コナーとファレルが口々にシャインを茶化している。


「だけど、気になるよなぁ……」


 僕たちのパーティーでは、一番視力が良い弓使いのコナーが指を丸めて湖の方を覗いている。


「おい、コナー見えるのか? 女子の裸!」


「いや、流石に無理だって。【遠視(トオクミル)】の魔術でもないとさ」


「リーダーなら【遠視(トオクミル)】が使えるだろ?」


 ファレルの問いにぴくりと肩が揺れた。

 このパーティーで一番魔術に強いのは僕だ。


 【遠視(トオクミル)】……使えないわけじゃない。もちろん。


「旦那! お恵みをっ!!」「なぁ、セレスも気になるだろ!? 女子の裸だぜ!」「頼む! 俺にも【遠視(トオクミル)】を掛けてくださいませぇ!!」「前に女湯を覗いたときみたいにさ!」


「……すまん。さっき【炎火起因点(フレア・スタンプ)】を使ったせいで、魔力が足りない」


「「「えー……」」」


 残念そうに膝から崩れ落ちる仲間たち。


 嘘だ。魔力が足りないなんて……。

 でも、みんなにフィリアの姿を見せるのは……何か違うような気がした。


 いや、僕だって本当は……同い年の女子と、ちょっと年上の女が、あんな場所で――


「も~……、リーダァ~、魔力残量の管理しっかりしろよ~」「そうだよ~」「ちぇ~、炭の着火くらい俺がやればよかった~」「それな」「コナー、到着した時、一番ヘバってたじゃん!」「それな」


「悪かったって」


 僕は深呼吸すると、思考を無理やり切り替える。


 今、気にするべきはそこじゃない。


 ――フィリア……


 湖に向かう前のあの顔が、あの真剣なまなざしが……何故か頭から離れなかった。


「アタシ、セレスの……みんなのお荷物になるのは、嫌。……パーティーにいらないヤツにはなりたくないの」


 あんなこと、あいつが言うとは思っていなかった。

 いつも明るくて、うるさくて、でもちゃんと周りを見てるやつで。

 僕たちの馬鹿げた事にも乗ってくれるけど、機転も利く。


 僕はフィリアを「足手まとい」だなんて一度も思ったことは無い。

 要らない、なんてもっての外だ。


 確かに、フィリアは力や耐久が僕たちより低い。

 だけど、それは女の子なんだから当たり前なのに。

 それに、僕は公爵家の人間なんだからフィリアより魔力量が多いのは当然だ。


 なのに。

 なんであいつ、あんな顔してんだよ……!


 僕がフィリアに無理をさせていたのか? 


「……くそっ」


 僕は苛立ちを小さく吐き捨てて、再度、視線を湖の方へ向けるが、やはり見えるのはうす暗い湖だけだ。


 その代わり、頭に浮かぶのは別の奴の顔だった。

 顔に傷のある……弟の家庭教師。


「……なんなんだよ、あいつ」


 僕たちと同じくらいの大荷物を背負って平然としていた立ち姿。

 自分たちが息を切らしている中、一人だけ普通に……いや、むしろ山を登っているとは思えない速度で進んでいく足の運び。


 それだけじゃない。


 ……なんで僕、あいつの言う事を聞いてるんだよ……


 だいたい、あの『出来損ない(おとうと)』の家庭教師なんて、みんなすぐに逃げ出していくような奴らばかりだったはずだ。


 アークヴェル兄さんには悪いし、出来損ないの弟には可哀想かもだけど、もう北宮に人が住むのは無理だと思っていた。


 北宮は怖いからって西宮(こっち)に逃げ込んできた迷惑女も多かったし。


 それなのに、まだ北宮に住み込んでいるだけでなく「マリク様の体調改善のために、からっぽの魔石が欲しいんです」と僕に交渉に来たのだ。


 正直、空っぽの魔石なんて腐る程あるし、タダで譲ったところで僕はなにも困らない。

 むしろ、魔石の価値はその中に内包されている魔力の方だ。


 空っぽの魔石? そんなもの、勝手に持っていけ。


 そう言ってやっても良かったんだ。

 だけど――フィリアが


「ねぇ、セレス! セレスの弟の家庭教師さん、幻獣にすっごく詳しいの! ……ごめんね、アタシがもっとちゃんと幻獣図鑑を暗記しておけばよかったんだけど……でも、これで、ペガサスを捕まえられるわ!!」


 あの時の嬉しそうな声。

 謝りながらも、どこか安心しているような響き。


 悪いのはフィリアじゃない。図書館で水鉄砲バトルをやろうと言い出したのは僕だ。

 別に、意味なんて無い。


 あの時は……珍しくこっちに顔を出したお父様と……ただ、普通に挨拶しただけだ。


「おはようございます」「ああ」って。


 別に、あの時は僕が初めて学年一番を取ったから、お父様だって褒めてくれるかな、とか期待していた訳じゃない。

 学年で一番くらいの事なら、アークヴェル兄さんだって普通に取っていたし。

 そもそも、お父様はそんなに簡単に人を褒めるような男じゃない。


 でも、挨拶……以外は何もなくて。

 なんか、それが、妙にむしゃくしゃして……


 だけど、汚した本を全て修繕するまで学園の図書館だけじゃなく、国営図書館含め全図書館を完全に出禁になってしまったのは少し想定外だった。


 だから、僕の行動がフィリアを追い詰めたのか?

 そう思った瞬間、胸の奥がひどくざわついた。


「セ、セレス」


 ファインの声に顔を上げる。


「見ろよ、あれ!?」


 ファインの指は空を指していた。


 反射的に見上げる。


「しっ!!」


 白い影。

 鳥のそれとは明らかに異なる形。

 1,2,3……6つ。


 間違いない、ペガサスだ!

 僕たちは絶対に気づかれないように、手で口をふさぐ。

 いつもなら歓声をあげる仲間たちも全員口をふさいで無言を貫く。


 幻獣たちは大きな翼を広げて、湖へと降りていった。


 よし! そうだ、いいぞ。

 距離があるせいで細かい様子は分からない。


 けれど、なんとなくフィリアが今、どんな顔をしているのか分かる気がした。


 頼むから、成功してくれ。

 フィリアが、自分を「要らない」なんて思わなくて済むように。

 ペガサスの機動力や魔力耐性は僕たちには無い強みだ。


 どのくらい時間がたったのか。

 やけに朝日がまぶしい。


 ちょうど、太陽の光が湖に反射したのか……


 僕がそう思った瞬間、湖から白い影が飛び立つ。

 その数は……1,2,3、4,5……5頭!!


「やった……!」


 思わず声が漏れる。


「「「うおおおおおおお!!!!」」」「やった!」「フィリア、すげー!!」「マジかよ!?」「フィリアのヤツ、ペガサスナイト? に、なるのか? 学園に在籍するの何年ぶりだ!?」


 嬉しい!

 うれしいのに。なんで。

 僕は思わず胸元のお守り(アミュレット)を握り締めた。

 なんで、このあたりがざわつくんだよ。


 フィリアが、僕を置いてどこか遠くへ行く?

 ……行くわけないのに! それに、もう、僕は置いていかれたりするもんか!


「おい、セレス! 行くぞ!」


 シャインに呼ばれて、はっと我に返った。


「あ、ああ」


 頷いて、駆け出すと、どんどん二人と……ペガサスの姿が見えてくる。

 本当に成功したんだ。


「セレス! やったわ!!」


 いつもと同じように、フィリアが僕に飛びついてきた。

 いつもの笑顔で。

 いや、いつもより……少しだけ、眩しくて……


 べちーんっ!!


「へぶっ!?」


 水にぬれたフィリアの長い髪が僕の顔に張り付いた。

 清廉な湖の水を吸った青い髪は、凄く冷たい。

 冷たいのに、髪が張り付いた顔は妙に熱いような気がした。


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美少女が胸に飛び込んで来て感動のシーンに ビショ濡れの髪の毛が顔にぺチーンw
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