017:ペガサス捕獲はサウナの香
「なんでお前が此処にいるんだ!?」
セレス様がわたしを指差して文句を垂れた。
「フィリアさんからお話はありませんでしたか?」
「聞いたけど! 一緒について来るとは聞いてないっ! それに、その大荷物は!?」
「朝ごはんですよ? 皆様方の」
わたしの言葉に、どこからかグゥ~という胃袋さんの自己主張が聞こえたような気がしたけれど、誰のお腹なのかは不明だ。
まぁ、成長期男子なら普通の事である。
フィリアちゃんから聞いていた予定だと、ペガサス捕獲は翌朝、日の出とともに決行だとか。
狙う時間帯は悪くない。
ちなみに、ペガサスが良く水浴びに来る湖がエーフェ公爵家の領地にあるらしく、そこはこの別邸から徒歩1時間程度とのこと。
だから、こんな夜も開けやらぬ夜中の内から集合しているのだ。
ただ、大荷物なのはわたしだけではない。
わたしがフィリアちゃんに指示した荷物をちゃんと皆で手分けして準備してくれているようで、全員がそれなりに大きな荷物を抱えている。
彼らの荷物からは、ふわりとシラユリキオトメ草の新鮮な香りが漂っているから、まず問題ないだろう。
「おまえ、あの『出来損ない』の世話はいいのか!?」
ご自身の弟君を『出来損ない』と呼ぶのはどうかと思うのだけれど、それをやんわり注意したら
「フンッ! あの『出来損ない』が、僕の事をちゃんと『セレス兄様』と呼ぶんだったら、僕だってちゃんと名前で呼んでやる!」
とのこと。
……先は長そうである。
「マリク様は明け方から午前中はほとんど眠っていらっしゃいますので……」
一応、例の魔道具は破壊しているから、夜にあの影さんが来ることはなくなっているはずなんだけど……それでも昼夜逆転に近い生活になってしまっている。
まぁ、その生活リズムの改善のためにも「空の魔石」が必要な訳なのですが。
「セレス、ごめんなさい……」
憤るセレス様に、フィリアちゃんが申し訳なさそうに声をかけた。
「でも、ペガサスの捕まえ方の説明を聞くと、アタシも女の人がもう一人くらいはいた方がいいと思うから……それで……」
本当は、絆を結びたい少女本人より少し年上の女性が二人くらい一緒にいた方がいいんだけど、まぁ、最悪一人でもなんとかできなくはないしね。
「いや、フィリアが謝る必要は無いよ! ……ウチの学年は女生徒が少ないのは確かだし、荷物持ちなら多い方が便利だし!」
フィリアちゃんを励ますようにフォローに回るセレス様。
どうやらパーティーメンバーに対しては優しく気遣いができるようだ。
「わかった。それならお前も一緒に連れて行ってやる。だが、僕たち『輝星同盟』の進行速度に着いて来れなかったら置いていくからな!」
セレス様の冒険者パーティーは『輝星同盟』と言うのね。
結構カッコいいパーティー名だ。
「かしこまりました」
……ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ。
荒い息遣いが聞こえる。
「皆さん、大丈夫ですか?」
わたしがチラリと後ろを振り返ると、『輝星同盟』の皆様が辛そうに少し傾斜のキツイ山道を、えっちら、おっちら、上っている姿が見えた。
この丘を越えて、しばらく下ると目的地の湖だそうだ。
「いや、なんで……家庭教師の……おまえが……一番、タフなんだよ……」
「えーと、慣れているので?」
セレス様のつぶやきに応えると「それこそ、なんでだよ?」という顔をされてしまった。
いや、でも実際わたしは、力や瞬発力ならセレス様達のパーティーは遠く適わない。
単に「大きな荷物を背負ってそこそこの距離を移動する」という、荷運びの経験が多いだけじゃないかなぁ?
事実、子爵家では重い荷運びや買い出しなんかは、義母様の指示でわたしが担当していたのだ。
慣れない頃は苦労したのだが、荷運び専門の冒険者さんから聞いたコツを実践しだしてから、だいぶ楽になったのだ。
ズバリ、コツは重い荷物を身体に密着させ、全身の骨格でささえる重心移動!
特に、重めの荷物は上部かつ背中にくっつくように寄せて、重心を骨盤付近に置くことが大切。そして、歩幅は狭め、小股でちょこちょこ歩くと体力を温存しやすい。
筋肉ではなく、骨で支える感じをつかめると一気に疲労が溜まりにくくなる。
今日だって最初の頃はパーティーメンバーの皆さんが全員先行し、結構な速度で、ぐいぐい進んでいたのだ。
ただ、慣れない大荷物を抱えて筋肉を酷使しながら早いテンポで進めば、そりゃ……途中でバテますよね。
……帰る際にはセレス様のパーティーメンバーの荷物のバランス調整だけでもわたしが手伝えれば、きっと、もっとずっと楽に歩けるに違いない。
そうこうしつつも、目的地の湖のほとりまで到着したころには、だいぶ空が白んできていた。
まぁ、夜明けまでには十分猶予がある。
「さて、それではご準備いただいた炭をおいて、ここで火を起こしていただけますか?」
目的地で荷物を降ろしてへたり込む一部のパーティーメンバーを後目に、セレス様は流石にそこまでバテていらっしゃらないご様子。
わたしが準備した炭の上に手をかざすと、力ある言葉を唱えた。
「【炎火起因陣】!」
ボッ!
おお……! さすが騎士道学園主席だ。
本来、普通に着火すると火が付きにくいビンチャー炭という高級炭を使っているのだが、あっという間に炭が真っ赤に染まっている。
ちなみに、この炭……最初の着火こそ面倒だが、一度、火がついてしまえば、多少の雨や水程度では消えない良質な燃料で、この量なら、日の出までは余裕で燃え続けるだろう。
「で、そこにこれを……」
わたしは、皆さんに手分けして持ってきてもらったシラユリキオトメ草をたっぷりと火のついた炭の上に乗せる。
ちなみに、花については別の用途があるので、数本は別によけてある。
すると、すぐに良い香りのする湯気がもうもうと立ち上がってきた。
その草の上に、すのこ状の板を乗せ、周りを小さなテントのような布で囲う。
なお、天井近くと地面からは、握りこぶし二つ分程度には大きな隙間が開いているので、風の通りを阻害することはない。
これで、簡易的なサウナは完成だ。女性二人くらいならギリギリ入れるサイズである。
「では、わたしとフィリアさん以外の皆様は100ミェーター以上離れてください。……あ、そうそう、残りの荷物や皆さんは空から見つからないように木の影に居て、他に近づいてくる人や他のモンスターがいたら止めてくださいね」
「ふん! お前に言われなくても分かってる!! ……行こう、みんな」
セレス様はそう言うと、荷物をまとめ、100ミェーター以上は離れていると思しき木の方へと進んでいく。
「ちぇ~……もっと近くで護衛した方がいいんじゃねぇの?」「ダメだろ、ペガサスにバレるって」「でもさ、100ミェーターも離れちまったら、フィリア達が豆粒くらいにしか見えないじゃん」「仕方ないだろ」「あきらめろ」「【望遠】の魔術を覚えておけばよかったぜ」「それな」
パーティーメンバーの少年たちは、口々に文句を言いながらもセレス様の後を追う。
「……シャイン! コナー! ファレル! あんたたち、【望遠】なんて使ったら、後でぶん殴るからね!」
フィリアちゃんがお仲間の少年たちに般若の表情でくぎを刺す。
「わ、わかったって」「つーか、俺たち使えないってば!」「そうそう」
こちらからは樹木の影になっているせいでセレス様達パーティーメンバーの姿が認識できなくなったが、多分、しっかり護衛はしてくれているのだろう。
「さ、フィリアさん。ではこちらも準備しちゃいましょうか」
わたしはさっさと全ての服を脱ぎサウナに潜り込む。
フィリアちゃんは仲間たちが消えていった方向をしばらく凝視していたが、一応、彼らが消えていった樹木の方向からは見えなくなるようなテントの脇で、すべての衣類を脱ぎ捨てると、簡易サウナに滑り込んできた。
「セ……セレス達に、み、見られてない……わよね?」
「大丈夫ですよ。見られたとしても豆粒サイズですし、個別認識までは相当視力が良くないと無理ですって」
「そ、そういう問題じゃないわよ!」
フィリアちゃんはまだサウナに入りたてだというのに、顔色を赤く染めて抗議してきた。
まぁ……かなり遠目とはいえ、同級生に裸を見られるのは思春期の少女には抵抗が大きいのかもしれない。
だが、ペガサスを手なづけるには、『13~15歳の無垢で純粋な少女が、少し年上の女性たちと一緒に清らかで澄んだ湖で水浴びしている時に接触する』のが、ほぼ必須条件なのだ。
しかも、その近くに男性が居るとペガサスやユニコーンは近づいて来てくれない。
そのため、わたしの役目はいわばペガサスをおびき寄せ、フィリアちゃんと接触しやすくするための「にぎやかし要員」である。
枯れ木だって山の賑わい、と言いますし?
ちなみに、この性質のせいで、13~15歳の年頃の少女にしか興奮できない20歳以上の男性の事を「ペガコン」とか呼ぶことがあるらしい。
なお、「ペガコン」は蔑称に近いため、面と向かって「貴方はペガコンですか?」と確認してはいけない。
「まぁまぁ……そんなに森の方ばかり気にしないでくださいね? ……ペガサスにセレス様達がバレてしまったら逃げられちゃいますから」
「っ……わ、わかったわよ!」
しゅぅ、しゅぅ……
フィリアちゃんとの会話が途切れると、聞こえてくるのはシラユリキオトメ草が足元の炭火で燻され、焼ける音。
そして、足元からふあふあと、立ち上る湯気に混ざる独特な清涼感あるシラユリキオトメ草の香り。
う~ん。運動の後のちょっと疲れた体に染み渡るな、これは。
「……そ、それにしても……熱いわね……」
簡易サウナに入ってまだそれほど時間はたっていないが、ほっこり蒸されて、全身から汗が噴き出している。
「では、そろそろ湖で水浴びしましょうか?」
なお、水浴びのし過ぎで寒くなったら、またサウナに戻って、暖を取る。
それをペガサスが来るまで続けるのだ。
今回のペガサスおびき寄せ作戦……
『幻獣図鑑』の記述にプラスして、冒険者さんから聞いた情報を追加しているわたしオリジナルのやり方だ。
実は、わたしも13歳の頃にペガサス捕獲に憧れ挑戦したことがあるのだ。
勇者伝説でも勇者様の妻のお一人が「ペガサスの乙女」と言われていますし?
そりゃ、試してみますよね?
……だが、あの頃は残念ながら中途半端な知識しか無かったのだ。
そのため、一人早朝の湖にダイブをかまし……
湖に入っていられたのは、たった200を数えるくらいの時間……ッ!
我慢強いことに関しては結構自信のあるわたしが、である。
結局、酷い風邪をひいてしまい、珍しくお父様から大目玉を食らったのだ。
そう!
ペガサス捕獲、最大の敵は……
丸腰どころか全裸にならなければいけない防御性能の欠如とか、
乙女としての恥じらいだの羞恥心と言う心理的抵抗……そんなものではない!
寒さと冷えである!!
なんたって、ペガサスが来るような澄んだ清浄な湖がある所は、割と標高が高い。
しかも、一日の中で一番気温が下がる早朝!
そこでペガサスが来るまでの時間、水浴びをし続けることができる……
という事は、【低温耐性】の魔術が使えるか、勇者伝説の「ペガサスの乙女」のように、何らかの神か精霊のご加護のある聖女様でなければ土台無理な話。
なお、【耐性】系統の魔術は習得が難しい。
そこで、魔術習得もできず、聖女でもない一般人はどうするかと言うと、このように持ち運べる簡易式のサウナを使って寒さ・冷えと闘う訳である。
そんな訳で、ほっこほこに蒸されたわたしたちはサウナを出ると、湖に向かう。
空は白々と明けてきていて、山の端が光に照らされ淡い輝きを放っている。
おそらく、もう少しでこの湖付近にも朝の光が届くだろう。
「あ、フィリアさん、髪にこれを……」
わたしは、そっと別によけてあったシラユリキオトメ草の花を彼女の艶々キューティクルな青い髪に飾った。
「……あ、ありがと……」
うんうん。
ただでさえ美少女なのに、素直にお礼を言われると、さらに五割り増しで可愛いな。
「ひっ!?」
だが、湖に片足を浸けた瞬間、固まるフィリアちゃん。
……ですよね。わかります。
「フィリアさん、手足をゆっくり冷水に慣らして、ゆっくり行きましょう。……でも、時間を掛けすぎると冷えて動けなくなるので、そこは注意ですよ!」
「わ……わかったわ……!」
心臓から遠い場所から水をかけて、湖に飛び込む。
うおおおおおおおお……!! つ、つめたい!!
だが、体の芯まで蒸かされまくったおかげで、冷水とわたしとの間に、わずかな水の衣のような……水が揺れ動かないのであれば、しばらくは「心地よい」程度の冷たさが広がっている。
だが、空にはペガサスの影もなければ、鳥の姿すら見当たらない。
これは、しばらく時間がかかりそうである。
サウナで体を温めては湖に飛び込み、湖で空を見上げては、体が冷えたらサウナに戻る。
そんなことを数回繰り返すと、フィリアちゃんがポツリとつぶやいた。
「……ふぅ……慣れれば、ちょっと気持ちよくなってくるわね……コレ」
まぁ、ある意味ではこれも冷温交代浴になるのだろうか?
さっきまで湖に浮かんでいたフィリアちゃんが、ばりゃりと身体を起こす。
バサバサバサ……
「「!?」」
その時だった。
大きな羽ばたき音と共に真っ白な獣の群れが湖に降り立つ。
来た! ペガサスだ!!
6頭の小さな群れが湖に降り立つと、思い思いに水を飲んだり、体に水を掛けたりしている。
こちらには気づいているのか、ふんふん、と探るようにこちらに近づいたり、さっと飛んで離れたりを繰り返している。
おー……!
野生のペガサスを見たのは初めてではないが、こんなに近くまで近寄って来た事は無い。
しばらくはつかず離れず、と言った様子でこちらを窺っていたペガサスだが、そのうちの1頭が、パシャリ、と音を立ててフィリアちゃんの隣に舞い降りた。
よし! 今だ!!
このタイミングがチャンス、と感じたのはわたしだけではないのだろう。
フィリアちゃんは真剣なまなざしで、一瞬こちらを見つめると、小さく頷いた。
そして、ペガサスの方に向き直り、髪につけていたシラユリキオトメ草の花に魔力を込めてペガサスに差し出した。
この花を食べてくれれば、契約成立のようなものである。
だが、ペガサスはじっと彼女を見つめるばかり。
「あの、お願い! アタシに力を貸して……! アタシ、シャインと比べると素早さも体力も無いし、コナーみたいに弓も使えないし、ファレルみたいな大剣を扱う力もないし、魔術は……セレスに全然かなわない……」
わたしの場所からだと、フィリアちゃんがどんな顔をしているのか分からないが、わずかに肩が震えている。
「でも……でも、セレスのお荷物になるのは……パーティーに、一緒に居られなくなるのは、嫌なの!」
ばさっ……!
彼女の叫びに呼応するように、ペガサスは一度翼を広げると、もしゃもしゃと、差し出されたシラユリキオトメ草の花を食べ始めた。
「!!」
「ブヒヒ~ン」
そして、楽しそうにフィリアちゃんに額を預ける。
どうやら契約は成立したようだ。
こうなってしまえば、もうわたしがペガサスに触れても、セレス様達を呼び寄せても問題は無い。
「おめでとうございます、フィリアさん」
「う!? え、あ、ありが、と……って、ふふふっ!! くすぐったいわ!」
ペガサスさんが、ぐりぐり、と額をフィリアちゃんに擦り付けてはじゃれ始めた。
「ペガサスさんのお名前を決めないと、ですね」
そんなことを話し合っていると、残りの5頭のペガサスさん達が、バサバサと翼をはためかせ、空へと帰っていく。
「あ、セレス様たち、わたしたちが成功したのが分かったみたいですね」
6頭のペガサスが飛んできているのは100ミェーター離れていても見えたはず。
それが1頭を残して帰ってゆく姿を見れば、成功したのは一目瞭然。
案の定、遠くから、ぴょこぴょこうれしそうに飛び跳ねたり、手を振ったりしながらこちらに向かってくる少年たちの姿が見えた。
「……みんな……」
フィリアちゃんが嬉しそうに手を振りながら答えていたのだが、ハッとした様子で顔色を変える。
「ちょ、ちょ! ちょ!? アンタたち、まだこっち来るんじゃないわよっ!! キャーーッ!! アンタも何のんびりしてるのよ!? ふ、服ぅっ!! 着替えはどこぉ!?」
「あ、服なら簡易サウナの脇にありますよ」
わたしの答えに、なぜかペガサスさんが噴き出したようにいなないた。
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