015:肖像画は戦う
翌日……早速、西宮のセレス様に空っぽの魔石を分けていただこうとしたところ、完全な門前払いを食らってしまった。
いや、セレス様本人ではなく、そこで働くメイドさんに、である。
「どうしてもセレス様との面会をご希望されるなら、せめてセレス様が西宮にお帰りになる週末にお越しになってはいかがでしょうか?」
いや、でも、できればマリク様には一日も早く空っぽの魔石は準備してあげたい……!
そう思って、アークヴェル様からのメモ書きを見せて交渉したのが悪かった。
メモ書きを見るなり、メイドさんはものすごく憤慨した様子で
「あんな魔力なしの搾りカスが公爵様の代行だなんて、西宮の者は誰一人認めておりませんわ!」
と扉を固く閉ざしてしまったのだ。
え、えぇぇ……?
以降は何度扉をたたいても、ウンともスンとも言わず。
とほほ……。
「一体、何がいけなかったんでしょう?」
わたしは、朝食の片づけを手伝いながら、パンナさんに聞いてみることにした。
「あー、そりゃあ……アンタは知らないだろうけど、この家、昔は中宮で作った料理を西宮に運んだりしたら、暗殺者の疑いをかけられて追い出されることもザラだったんだよ!」
「……はい?」
え? それは……どういう意味だ?
「西宮にお住まいだった第二夫人のカネモティア様がご実家に帰っちまうまでは、使用人同士だって所属している建物が違うと、ほとんど口すら利かなかったのサ。建物ごとに料理長も別で居たしねぇ」
「そ、そうなんですか?」
「そりゃそうさ。今はだいぶ緩くなったけど……敵の作ったメシなんざ、怖くて口にできたもんじゃないだろ?」
いや、敵って……
え? もしかして、第一夫人と第二夫人って仲が悪かったのかな?
「もし、気になるってんなら、中宮の中央階段に飾られている奥様方の肖像画を見て来なよ。平民出身のアタシだって『なんか、おかしいんじゃないか?』って思えるんだから、お貴族様のアンタならよっぽど良く分かるんじゃないかい? マリク坊ちゃんの朝食を煮込んでる間はすることもないしさ。」
とのこと。
わたしは、せっかく時間もあるので、パンナさんから聞いた話を思い出しながら、肖像画を見に行くことにした。
中宮の食堂から中央階段はすぐそこだ。
まず最上段は歴代の公爵様なのだろう。
立派な勲章をつけた年配の男性の肖像画がズラリ。
その下で中央部分に大きく飾られているのが現・エーフェ公爵なのだろう。
顔立ちは、セレス様を10年くらい成長させて、眉間のしわを濃くした感じ……というのが一番近いだろう。
ただ、この肖像画は20代前半に見えるから、今の公爵様はもう少しお年を召されていると思うけど、こうしてみると、わたしがお会いしたことがあるご兄弟の中ではセレス様が一番お父様に似ているのかもしれない。
さて、問題はその公爵様の左右に飾られている女性の肖像画だ。
右側の肖像画は緋色の髪を豊かに束ね、黄金のティアラをつけて幸せそうにほほ笑むグラマラスな美しい女性。その手には百合の花と一冊の本。そして胸元には黄金の鍵の付いたネックレス。そして実にゴージャスな青のドレス。
左側の肖像画は深い夜色のロングヘアをそのまま下ろし、凛とした表情で笑みを浮かべる優雅な女性。右側の絵と同じく黄金のティアラ、百合の花と一冊の本、黄金の鍵のネックレス、青のドレスを着用していた。
……な、なるほど……ッ!
これは、確かに……。
ぱっと見は、ごくごく普通の幸せそうな美しい女性の自画像だ。
飾ってある位置的に、左側の夜色ロングヘアの女性が第一夫人、アークヴェル様のお母様であるヤンデルーナ様。
右側の緋色の髪の女性が第二夫人、セレス様や、わたしがお会いしたことが無い次男のカイナス様のお母様であるカネモティア様に間違いないだろう。
美しい花に左右から囲まれている公爵は実に果報者、と見えなくもない。
だが、これは……ヤバい。
と言うか……知っている人が見れば、明確に第二夫人陣営が、第一夫人陣営に喧嘩を売っている構図である。
なぜかというと、このお二人の肖像画に描かれている「金のティアラ」「本」「金の鍵」「青のドレス」いずれも正妻……つまり、第一夫人の肖像画にのみ許されるはずの意匠なのだ。
第二夫人として輿入れする場合、自画像の「ティアラ」は銀色だし、「本」や「金の鍵」は描かない。
その2つのアイテムは、後継者を生むことを望まれる女性が、正式に夫である当主より賜り、子供へ貴族の爵位を引き継がせるための重要な品だ。
この「本」は家系図を意味し、「金の鍵」は爵位の継承権を意味している。
実際、当主である公爵が亡くなり、正式に爵位を継承する際にはこの二つのアイテムを皇家へ提出し承認を貰わないと、爵位を継承することはできない。
ある意味、貴族家にとっては、現当主本人よりも重要なものであると言っても良いのだ。
なお、「青のドレス」には特にそう言ったいわれは無いものの、この「青」と言う色の絵の具は非常に高価なので『暗黙の了解として』第一夫人の衣装よりは第二夫人の方が控えめに描かれる事が多い。
もちろん、第二夫人よりも第三夫人の方が、第三夫人よりも第四夫人の方が……と、徐々に質素になっていく。
それなのに、この第二夫人カネモティア様の肖像画のドレスのゴージャスさときたら!
完全に第一夫人ヤンデルーナ様を上回っている。
特にすごいのが、この青にキラキラした金の粒が点々と混ざっている点だ。
これは、幼い頃お父様に連れて行っていただいた博物館で一度見たことが有る。
最高級のラズスラピリという青い宝石を砕いて粉にし、さらにその青に、粒のそろった砂金を練り込む、という技法を使って作られた絵具に違いない。
うひゃぁ~!
そ、そんな最高級をさらにもう一段磨き上げたような青が、カネモティア様の肖像画には、ふんだんに使われている。
こ、これ、材料費だけで子爵家が三年食べていけるわ、多分。
何も知らずに見れば美しい絵画に眼福を覚えるだろうと思うのだが、事情を知ってしまえば「うわぁぁぁぁぁぁぁ……」という感想が先に立ってしまう。
わたしは、困惑を胸に台所に戻ると、パンナさんとお茶を飲みながらの情報収集を続けた。
「どうだい? 分ったかい?」
「は、はい……でも、なんで……あんなに……?」
あそこまであからさまに第二夫人が、第一夫人に対して喧嘩を売らんでも……
「仕方ないさね。もともと、ウチの旦那様……アルベルト公爵の婚約者はカネモティア様だけだったんだからね」
「えっ?」
パンナさん曰く、カネモティア様は隣の大国、アメリア王国でも三本の指に入る大商人のご息女なんだとか。
だが、商人の娘と侮ってはいけない。
アメリア王国は別名「資本主義国家」と言われており、一般国民の魔力量はさほど高くないものの、魔術と工学を組み合わせた魔道具作成に力を入れている技術大国だ。
そして、貴族よりも大商人の方が力を持っているのは周知の事実。
現在では、歴史あるこの聖皇国の高位貴族と言えども、アメリア王国の大商人と事を荒立てたい者はいないだろう。
聖皇国エーフェ公爵家第一夫人としての「格」としては申し分無い女性である。
ところが、エーフェ公爵とカネモティア様の婚姻が公式発表される直前に事が起こる。
成人して間もない皇家の姫君であらせられるヤンデルーナ様の輿入れが急遽……半ば強制的に決まってしまったのだ。
皇家では、成人した皇族としての籍を維持するには、既定の魔力量が必要というのは、この国では有名な話である。
仮に、それに満たなかった場合、女性であれば有力な貴族家に嫁ぐことになるし、男性であれば聖職者として出家するか、領地を持たない法衣貴族として皇家に仕えるか、の選択を余儀なくされる。
ヤンデルーナ様の場合は、魔力量がギリギリ既定に満たなかったため、降家となったそうだ。
ただ、この「ギリギリ足りない」というのがミソで、土壇場まで嫁ぎ先の選定に入れなかったようなのだ。
結局、嫁ぎ先としての「格」をそなえており、婚姻をしても不自然ではない年齢の未婚男性が居り、尚且つ、その男性の魔力量も皇族程ではないが十分豊富……となると、現エーフェ公爵しかお相手となりえる方がいらっしゃらなかったのだとか。
流石に、皇家の姫君を娶るのに、第二夫人とするわけにはいかず……
現エーフェ公爵も先代の公爵も、カネモティア様とそのご実家には平身低頭謝り倒して、なんとか第二夫人として彼女を迎え入れたそうなのだ。
そのため、カネモティア様のご実家が準備してくださった肖像画をはじめとする輿入れ道具一式は、軒並み第一夫人としての格を有しているもので統一されていたのはある意味、当然。
公爵様も先代公爵様も、第二夫人仕様に作り直して欲しいとは言えなかったことは想像にたやすい。
そういった事情を聞くと、他国に嫁ぐ一人娘のために、カネモティア様のご実家が「正妻」として恥ずかしくないよう、肖像画等の嫁入り道具が豪華な「第一夫人仕様」なのは納得ができる。
第一夫人のヤンデルーナ様だって、それは当然受け入れたはずだ。
ただ、ヤンデルーナ様が、エーフェ公爵側の事情を「頭」では理解できたとしても、「感情」でも納得できるかと言われると難しいところである……というのは、さすがのわたしでも想像に難くない。
だって……ねぇ?
肖像画だけでもあんなに立派なんだから、それ以外についても推して知るべし、だ。
実際、ヤンデルーナ様はかなりプライドの高い方であり、また、カネモティア様も結構気の強い方だそうで……お二人が並ぶと、どうにも微妙な空気が流れていたのだとか。
そして、その「微妙な空気」を「険悪な空気」へと変えたのが、カネモティア様のご懐妊なのだそうだ。
その直後、ヤンデルーナ様もご懐妊されたので、一応、公爵家では長男、アークヴェル様。
次男がセレス様の兄に当たるカイナス様、とされている。
だが、どうやら実際は次男(?)・カイナス様の方が、お生まれの時期が早く、さらには、その魔力量もアークヴェル様よりずっと多く、時期公爵の座はカイナス様の方が相応しい、と言う声が多かった……とのこと。
まぁ、確かに。
魔力量だけなら、アークヴェル様よりも弟のセレス様の方が多いもんね。
一応、後継者選定は魔力量だけで決まるわけではない。
生まれ順や当人の性格、適性、もちろん奥様同士の力関係なんかも考慮される。
第一、魔力量だけが基準だとしたら、マリク様がぶっちぎりで、問答無用に次期公爵だ。
それを聞けば「そりゃ、揉めるわ」という要素しかない惨状である。
むしろ、その状況下で、よくセレス様がお生まれになったな!?
いや、それ以上に、よくマリク様のお母様である第三夫人を娶ったな、エーフェ公爵ッ!?
「さぁねぇ? でも、男なんて妻同士が揉めていたら別の女に逃げたくなるんじゃないのかい?」
……とはパンナさんの言だが、当たらずと言えども遠からずの可能性は否定しきれない。
実際、第三夫人ママリア様の肖像画は明らかに第一夫人や第二夫人と比べると格下扱いだった。
手にしていたのは百合の花のみ、というシンプルさ。
ドレスの色だって淡い水色、と実に控えめ。
ただ、当人の青味がかった銀のストレートヘアにそのドレスは良く似合っていた。
ちなみに、マリク様はママリア様の生き写しか?
と言うくらいお母様によく似ていて、あの子羊のような特徴的な瞳もお母様譲りだ。
……もしかして、お母様も魔力過多症だったのか?
実際、ママリア様はお身体が弱く、マリク様を出産なさってから数年後に亡くなっている、とのことなので、もしかしたら病が悪化したのかもしれない。
なお、ママリア様当人は、あからさまな格下扱いを気にするタイプではなかったそうだ。
少し変わったところはあるものの、気性は穏やかで子供好きな方だったらしいので、他の奥様方や使用人の皆さんと揉めることがほとんど無かったそうなのだ。
パンナさん曰く「ママリア様は元々平民だし、奥様というよりもアークヴェル様を始め、お子様方の保育士みたいなもんだったからね」とのこと。
ただ、そんなママリア様にマリク様がお生まれになったことが原因で、カネモティア様は公爵様に愛想を尽かせたのか、カイナス様を連れてご実家……アメリア王国に帰ってしまわれたらしい。
次男のカイナス様とはお会いしていないな、とは思っていたけど、そもそもこの別邸には居ないのか。
「そりゃ、自分のデキが良い息子と『元皇族』ってだけで、第一夫人に収まった女から生まれた、ごく普通の子の間で継承権争いが勃発している時に、旦那は他所で別の女とねんごろになってた……なんてことになったら、愛想くらい尽かすんじゃないかい?」
ま、まぁ……それは、そうかもしれない……
しかし、カネモティア様のご実家は海を挟んで隣国。
一度帰ってしまうと、そう簡単には……あれ?
「え、と? ……セレス様は?」
今もこの屋敷に住んでいて、騎士道学園に通っているよな?
「それが、気の毒な事にお母様に置いて行かれちまったのさ! 使用人らの間では『カネモティア様がご実家に戻られるのを嫌がったエーフェ公爵に気づかれて、セレス様を連れ出すのは阻止された』とか『そもそも手違いで置いて行ってしまった』とか『跡継ぎ候補であるカイナス様以外は不要だから捨てていった』とか色々言われてるようだけど……」
パンナさんは、そう言いながらゴクリ、と休憩のお茶を飲みこんだ。
「あたしゃ、手違いなんじゃないかと思うね。公爵様はあんまり下のお子様に関心が無さそうだしさ。カネモティア様は言う事はハッキリ、ずばずば遠慮ない方だったから『気が強い』って言われてたけど、案外、子煩悩だったからね。自分の生んだ子供を捨てていくような女には、とてもじゃないけど見えなかったよ。」
なるほど。
ちなみに、西宮は第二夫人に仕えていた方がそれなりに残っているのだとか。
……どおりで、アークヴェル様に対してあまり良い感情を抱いていない訳だ。
セレス様は思春期爆発反抗期真っただ中のやんちゃ少年だと思っていたのだが……
この状況下で、あの程度の荒れ方で収まっているのだから、むしろ品があると言わざるを得まい。
もっとこう、法を犯すレベルでグレてしまっても不思議ではない環境ではないか。
わたしは、高位貴族の家庭内の闇を垣間見た気がして、小さくため息をついたのだった。
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