014:家庭の事情と空っぽの魔石
「では、今日のところは……あっ」
エリスさんの件が進展しそうな安堵感からか、一つ、大切なことを伝えていなかったことを思い出した。
「すみません、アークヴェル様、もう一つよろしいでしょうか?」
「何でしょう?」
「あの、マリク様から伺ったんですが……」
ガタリ!
突如アークヴェル様が執務椅子から身を乗り出した。
「あ、あの子と会話が成立したんですか!?」
「えっ!? ええ、あの……はい」
そこ、そんなに驚く所なの!?
と思ったのだが、アークヴェル様曰く、最近はほとんど会話らしい会話が成り立たなかった、とのこと。
さらには、アークヴェル様やセレス様であっても、声をかけたところで無視される程度のことは日常茶飯事。
そのうえ、使用人の皆様方からは「謎の力で突き飛ばされた」「目に見えない突風で室内から追い出された」「突然冷水を浴びせかけられた」「視線が合っただけで家具が発火した」「時間を問わず頭の中に悪魔の声が響くようになった」「あの屋敷の中では物が勝手に動く」等々の苦情が出ていたらしい。
うん。なるほど?
ここ数日間のやり取りを思い返せば思い当たる節がありすぎるな。
「……失礼。でも、一体、どうやって……?」
「えっと、何度もあきらめず? ……あ、でも、きっかけはコレかもしれません。」
わたしは、マリク様の扉に括り付けられていた紫色の宝玉の残骸をアークヴェル様にお渡しした。
この魔道具の事をきちんと報告しておくのを忘れていたのだ。
それを一目見たアークヴェル様の表情がすっと曇った。
あれ? なんだろう? 今までで一番、顔色が悪いぞ?
「これは……私の母が弟に贈ったはずの魔道具……?」
「アークヴェル様の、お母様が……?」
ん?
何だか変な言い回しだな。
ご兄弟なんだから、単に「母が弟に」で良い様な気がするんだが?
そんなわたしの疑問を見抜いたのか、アークヴェル様が自嘲気味に微笑みながら頷いた。
「ええ、そうです。エーフェ公爵……私の父には妻が三人いるんですよ。」
そうなの!?
いや、まぁ、確かにこの国は一夫多妻制ではあるのだが、実際に一夫多妻制を成立させることができるのは、ほぼ高位貴族に限られると言っていいだろう。
もちろん、高位貴族であっても奥様がおひとりしかいらっしゃらない家も多い。
マリク様は特に上のご兄弟とは似ていないな、とは思いましたけれども……
アークヴェル様やセレス様とは異母兄弟という訳だったのか!
アークヴェル様曰く、
第一夫人がアークヴェル様の実母、ヤンデルーナ様。
第二夫人がセレス様と、その兄カイナス様の母であるカネモティア様。
第三夫人がマリク様の母であるママリア様、とのこと。
……となると、あの魔道具は、第一夫人が第三夫人のお子様に送った「友好の品」ということになる訳だ。
い、勢い余って壊してしまったけど、これはちょっと早まったか!?
いや! でも、あのとっさの判断では、破壊しか選択肢が無かった。
そして、それがどんなに善意の品であったとしても、魔力過多症の悪化に寄与してしまうのも事実……ッ!
「も、申し訳ございません!! そんな大切なものだったとは……!」
「いえ、先程の魔力多可症の話を聞けば、致し方ないと判断できます」
暗く沈んだ表情で、アークヴェル様が何かを思い悩むように瞳を閉じてしばらく考え込む。
一呼吸。
二呼吸。
アークヴェル様はゆっくりと、大きなため息にも似た深呼吸をすると、長いまつげに彩られた夜色の瞳を開いた。
「…………その魔道具の事は私の方から母に取り成します。」
アークヴェル様は、決意を込めるように小さく呟いた。
「それより、パメリア殿の話では、体内に溜まりすぎてしまった魔力は外に出すべき、とのことですよね?」
「は、はい」
「それであれば、おそらくセレスの所……西宮に空っぽの魔石がたくさんあると思います。」
「本当ですか!?」
おお!? それは朗報だ。
魔石とは、魔力を貯めておける貯蔵庫のような役割を持つ鉱石のことである。
そこに溜め込まれている魔力を取り出して使うのが基本的な使い方なのだが、その魔力を取り出し終わった「空っぽの魔石」には、新たに魔力を込めることができるのだ。
この特徴が魔力過多症の治療の肝である。
魔力は、様々なものに込めることができるのだが、それぞれ限界量が決まっている。
魔石は、その込めて置ける量が段違いなのだ。
仮に、マリク様に大きめの魔石がみっちみちになるくらいにご自身の魔力を込めていただけたら、あの背中の痣が消えるくらいは、魔力を排泄できるはずだ。……たぶん。
……いや、でも、あの魔力量だったからなぁ……
数個、いや、予備も含めて数十個は空っぽの魔石が欲しい。両足の痣まで想定に入れたら、もっとか?
「セレスは騎士道学園に寄宿しています。確か、授業で何度も魔石の取れるダンジョンに行っているはずですし、毎週末にはこちらの西宮に戻ってきますので、その時にでも訪ねてみてください」
「はい! ありがとうございます!」
……あの、セレス様が素直にわたしの頼みを聞いてくれるかどうかは微妙だけど……
それでも、弟の命が掛かっていると知れば、案外すんなり対応してくれるかもしれない。
根は悪い子じゃ無さそうだし。
「……念のため、セレスには私も一筆書いておきます」
そう言うなり、さらさらと何やらメモ書きと公爵代行印を押した書類をわたしに手渡すアークヴェル様。
そんな訳で、アークヴェル様の自室から退出したわたしは足取り軽く北宮へと戻ったのだった。
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