013:事情説明と苦労性
「魔力過多症、ですか?」
「はい。例えるなら、肥満……の魔力版といったところでしょうか? 体内に魔力を溜め込みすぎた事が原因で、様々な身体的不調が発生する病です」
わたしの説明を聞いたアークヴェル様が困惑した様子で眉をひそめた。
「主治医のゲドーダ殿から、弟は、魔力制御についてはかなり拙い……とは聞いています。そのため、暴走を防ぐという意味で魔力を体内に封印していたのですが……それが良くないと?」
「はい……おそらく。」
魔力を封印する、と言ってもやり方は大きく二種類あって、一つ目の方法は「本人の意思で魔術を使わせないようにするために魔力回路を変更するやり方」、そして、もう一つの方法が「魔術を使えないように魔力の出口をふさぐやり方」である。
例えるならば、水路のコースを変更して目的の所に水を流さすに排水してしまう方法と、目的の所に行く前に水そのものをダムでせき止めてしまう方法の違いのようなものなのだ。
基本的に、魔力量が多すぎる場合は、魔力の流れるコースが多岐にわたるため、最初の方法が使えないことが多い。ただ、二つ目の方法は、封印を施す側と施される側の魔力量の差がかなりシビアで、少しでも施される側の魔力量が多い場合は色々と歪みが発生してしまう。
アークヴェル様曰く、マリク様には魔力封印用の護符等をいくつも持たせている、とのことだが……
もしかして、それってあの、初日に真っ黒に変色して壊れてしまったアミュレットの群れを指すのだろうか?
「えーと……あの、完全に封印ができるのであれば問題が無いと思うのですが、マリクお坊ちゃまの場合は難しいと思います。」
じゃらっ……
わたしは、黒く変色して破壊されてしまった複数のアミュレットやお守りだったと思しきアイテムの残骸をポケットから取り出した。
「これは……!?」
「はい、マリク様が感情的になられた際に自然に壊れていたアイテムの数々です。」
アークヴェル様がアミュレットの破片とわたしを交互に見比べている。
そして、ハッとした様子で顔色を変えた。
「まさか、その傷は……弟の魔力暴走に巻き込まれたのでは?」
「え? ああ、この程度は問題ありませんわ。単なる擦り傷です!」
彼が瞳を止めたのは、わたしの左手の小さな擦り傷だ。
多分、何度も廊下に放り出された際に付いたものだとは思うのだけど、この程度は傷の内に入らないレベルと言っていいだろう。
四捨五入すれば無傷!
だいたい、傷跡というならば、わたしの顔面に立派なものが鎮座している。
これを超えていただかないと立派な傷とは呼べない!
わたしは、左手をパタパタ振って「ほぼ無傷」をアピールした。
「申し訳ない限りです!」
だが、アークヴェル様は突如、わたしに向かって深々と頭を下げた。
「えっ!? アークヴェル様が謝ることではありませんわ、頭をお上げください!」
「公爵家の人間がむやみに人を傷つけるなんて、言語道断です。本当に申し訳ない……ッ!」
そう言いながら、苦しそうに眉根を寄せる。
いや、そんなに責任を感じなくても……。
アークヴェル様って……わたしのような下級貴族出身の家庭教師にも親切で気遣いも丁寧。
ものすごく素敵な方ではあるんだけど……
なんだか妙に苦労人っぽいんだよな、この人。
ちらり、とアークヴェル様の机を見ると、まだまだ未処理のような書類が溜まっているし、別の使用人あてのメモ書きも、「指令調」というより「依頼調」だ。
次期公爵様であるにも関わらず、わたしに対しても時々敬語が混ざっている。
そして、机の上に置いてある薬には「胃薬」というラベルが貼られているように見えた。
この手の全方向に気を遣う、背負い込みすぎなタイプは基本的に精神疲労を貯め込みやすい。
……あまりご無理なさらないことを切に祈るばかりである。
「ですが……弟は……魔力の制御が、その、本当に不得手でして……」
「え……えぇと……」
その発言は少し返答に困るなぁ。
『はい! おっしゃる通りです!』
と明るく肯定するわけにはいかないが、かといって
『いいえ、そんな事はないですよ!』
と否定するには、少々、暴走の度が強い。
「だ、大丈夫です! マリク様は魔力制御に関しては『伸びしろ』しかございません!」
まぁ、最初のころと比べれば、良くなっているのかな?
一応、問答無用で室内から放り出される事は無くなったし。
これで、魔力過多症の改善と、エリスさんを見つけ出してメンタルさえ安定すれば、もう少し制御力が成長するはずだ。
「その魔力制御に関して、一つアークヴェル様にお願いがございます。」
「何でしょう?」
少し緊張した面持ちでアークヴェル様が首を傾げた。
「あの……以前こちらのお屋敷にお勤めになっていた洗濯メイドのエリスさんとおっしゃる方を探すことは可能でしょうか?」
「洗濯、メイド……ですか? 多分、探すことは可能だとは思いますが……?」
おそらく、人探し等は試したことが無いのだろう。少し困惑した様子がうかがえる。
「もし、見つけることができたら、マリク様のお世話係として雇い入れていただきたいのです!!」
「え、ええ……それは、構いませんが……」
よしっ!!
わたしは、思わず小さなガッツポーズを決めた。
良かった!
魔道具を壊してクビになっちゃった、と聞いていたから再就職は難しいかと思っていたけど、案外すんなりOKを貰えてしまった。
「その……実は、私もまだ実務経験が短いもので……エリス殿とおっしゃる洗濯メイドを存じ上げていないのですが……?」
あ……だから妙にすんなりOKだったのか?
わたしは、アークヴェル様に、マリク様にとってのメリットと、その解雇理由の報告をさせていただいたところ、少し悩まれていたご様子だったが、結局は「一度の過失に目くじらを立てるよりも、弟の安定の方が大切です」とご納得いただけた模様。
「ありがとうございます! アークヴェル様!」
思わず満面の笑みで礼を述べると、アークヴェル様が明らかにほっとした様子で肩の力を抜いた。
よーし!
あとは、これでマリク様の体調を整えて、エリスさんを探し出すだけだ!
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