第3話:悪意の連鎖と、澱んだ結晶【中編】
いつもお読みいただきありがとうございます!
「これ以上、モカと僕の鼻を汚染しないでほしい。……あなたが望む『本物の恐怖』、特別に処方するよ」
重厚な硝子扉の向こう、外部のあらゆる匂いと音がすっきりと遮断された調香室。 耳が痛くなるほどの深い静寂の中で、ルカは調香台に並んだ無数の薬品瓶の中から、深紫色の花弁が沈んだ一つの硝子容器を引き寄せた。
「トリカブト」
美しいその花に秘められた毒成分、アコニチン。
通常であれば容易に死に至る猛毒だが、揮発の比率と抽出法を緻密に計算すれば、それは脳の扁桃体――恐怖を司る領域を直接揺さぶるショック療法となる。
ルカは結晶濾過式の山羊革製マスクを装着すると硝子容器の蓋をとった。
乳鉢に微量の抽出液を垂らし、強い刺激を整えるための湿った土の匂いを持つパチュリと、冷たい鉄を想起させる成分を複雑に絡め合わせる。頭に描いた香りの設計図を正確に、そのまま整えていった。
決して人の命を奪うための毒ではない。バルガスの内側に巣食う「真実」を強制的に直視させ、破綻したシステムエラーを排除するための、ルカだからこそできる鏡のような調香だ。
調合を終えた青黒い液体の入った小瓶に蝋封をし、ルカは硝子扉を開けた。 外ではまだ、バルガスがジンとテオの放つ静かな気迫に怯えながらも罵声を撒き散らしていた。
「お、お前ら、中央に逆らってただで済むと……!」
「静かに。」
ルカが懐から、厳重に蝋封された極小の遮光瓶を取り出した。
テオは反射的にスッと二歩下がってリネンのハンカチで口元を覆った。隣にいたジンも、野生の獣さながらの素早さで風上へと立ち位置を変える。
ルカは男の鼻先に躊躇なく小瓶を突きつけ、硝子の栓を抜いた。瞬間、トリカブト由来の『アコニチン・エッセンス』が、冷たく鋭利な刃物のような香りとなって一気に広がる。
「いッ……!?」
香りを吸い込んだバルガスの巨体が、痙攣したように硬直した。アコニチンの成分が嗅覚神経を突き抜け、脳の最奥に眠る恐怖の記憶を強制的に引きずり出す。
脳髄を直接揺さぶる、冷たく鋭利なトリカブトのエッセンス。
強制的に引きずり出された、傲慢な男の「一番恐れているもの」とは。
次回、スカッとするカタルシスと癒やしの後編へ続きます。
最後までお読みいただきありがとうございます!
もし少しでも「面白い!」「続きが気になる」「お腹が空いた」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆】(星)を押して応援していただけると嬉しいです!
皆様の応援が、ルカとテオの生活費(作者の執筆の励み)に直結します。
明日も更新予定ですので、どうぞよろしくお願いいたします!




