第3章
「これ、本当に本人?」
いつものように、華さんの投稿を開いた、その時だった。
雪が降る街並み。
その中で微笑む華さん。
明るい笑顔も、ふと遠くを見る横顔も、
どれも綺麗で、思わず頬が緩む。
添えられた言葉を読むと、
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
いつも通り。
そう思ったのに。
ふと、視界の端に入ったコメントに、指が止まる。
「これ、本当に本人?」
一番上に表示されたその一文が、
妙に引っかかった。
……どういう意味?
違和感の正体が分からないまま、
もう一度、その言葉を見つめる。
スクロールする。
「なんか影おかしくない?」
「この雪、合成っぽくない?」
「前の投稿と雰囲気違くない?」
——え。
次々と流れてくる言葉に、
心臓が、嫌な音を立てた。
そんなはず、ない。
だって、華さんは——
指が止まる。
もう一度、写真を見る。
もう一度、コメントを見る。
……さっきまで、あんなに綺麗に見えていたのに。
そんなはず、ない。
小さく首を振って、私は画面をスクロールする。
違う。
きっと、ただの言いがかりだ。
そう思いたくて、指は無意識に、過去の投稿を遡っていた。
最初に見つけたのは、私が初めて華さんに出会った、あの投稿。
夕日に照らされた海。
あの時と同じ、優しい笑顔。
ああ、大丈夫。
胸の奥に、少しだけ安心が広がる。
ほら、やっぱり。
この人が、そんなことするはずない。
そう思ったのに。
ふと、さっきのコメントが頭をよぎる。
「影、おかしくない?」
もう一度、画面を見る。
写真を、拡大する。
光の当たり方。
足元に落ちる影。
「あれ...?」
指が、止まる。
こんなだったっけ。
さっきまで感じていた温かさが、ゆっくりと、冷えていく。
もう一度スクロールする。
別の投稿。
また別の投稿。
どれも綺麗で、完璧で、
何もおかしくなんて——
……ない、はずなのに。
どうして。
どうして、こんなに。
違和感が、消えないんだろう。
今までの投稿とコメントを、遡る。
ひとつ、またひとつと開いていくたびに、
同じような言葉が目に入る。
「この写真のここ、変じゃない?」
……うるさい。
「この場所、似ているけど実際こんなじゃなくない?」
違う。
「遠目だと気づかなかったけど、ズームすると表情が不自然だよね」
やめて。
指先で画面を拡大する。
言われた通りの場所を、確かめるように見つめる。
——違う。
そんなはず、ない。
そう思うのに。
もう一度、見る。
もう一度、確かめる。
……分からない。
どこがおかしいのかも、
何が正しいのかも。
ただ、胸の奥がざわついて、
嫌な感じだけが残る。
華さんは、いつだって完璧だった。
そう、思っていたのに。
こんなコメント、気にする必要なんてない。
そう思うのに、画面から目を離すことができない。
指先が、冷たい。
震えが、止まらない。
息が、少しだけ浅くなる。
——どうして。
怖くなって、私は画面を閉じた。
そのまま、スマホを伏せる。
大丈夫。
これは、ただの言いがかりだ。
自分にそう言い聞かせながら、ゆっくりと息を吐く。
落ち着こう。
そう思うのに、呼吸はうまく整ってくれなかった。
胸の奥が、ざわざわと騒いでいる。
——知りたい。
本当のことを。
この違和感が、勘違いだって、ちゃんと確かめたい。
気づけば、もう一度スマホを手に取っていた。
恐る恐る、画面を開く。
華さんの投稿。
さっきよりも明らかに、コメントの数が増えていた。
スクロールする。
読み飛ばしていくコメントの中に、ひとつだけ、目に留まるものがあった。
「この写真、海外の素材サイトにある画像と同じじゃない?」
——え。
心臓が、大きく跳ねる。
思わず、そのコメントをタップする。
添付された画像。
並べて表示された、二枚の写真。
ひとつは、華さんの投稿。
もうひとつは——
見覚えのないサイトに載っている、同じ景色。
同じ構図。
同じ光。
違うのは、そこにいるはずの人だけ。
嘘だ……。
雷に打たれたみたいに、頭が真っ白になる。
気づけば、息が浅い。
うまく、呼吸ができない。
何度も見比べる。
何度見ても、
その二枚の写真は、あまりにもよく似ていた。
違うよね……?
そんなはず、ないよね……?
涙が、止まらない。
もう、自分の中で何が正しいのか、分からなくなっていた。
華さんのDMを開く。
今まで、一度も送ったことはなかった。
伝えたいことはいくらでもあったのに、言葉にできなくて、いつも閉じていた画面。
初めて、開く。
本当は——
ありがとう、とか。
大好き、とか。
ちゃんと、温かい言葉を送りたかった。
華さんが、私にくれたみたいに。
それなのに。
気づけば、指は止まらなかった。
まとまらないまま、ぐちゃぐちゃの感情を、そのまま打ち込んでいく。
感謝も。
不安も。
疑いも。
全部。
送信ボタンを押したあとで、
ようやく、自分が何をしてしまったのか気づく。
もう、取り消せない。
画面を見つめたまま、
力が抜けていく。
そのまま私は、泣き疲れるように、眠りに落ちた。
* * *
通知が、止まらない。
画面に並ぶ文字を、私はただ見つめていた。
その中に、ひとつだけ。
見慣れない名前からのメッセージ。
震える指で、それを開く。
——長い文章。
最後まで、読めなかった。
胸の奥が、静かに軋む。
……ああ。
ついにこの時が来てしまったんだ。
静まり返った部屋に、規則的な電子音だけが響いている。
一定のリズムで刻まれる、その音を聞きながら、私はゆっくりと目を閉じた。
もう、隠しきれない。
───だから。




