黒江の研究ノート
六号棟の内部は、思った以上に整然としていた。
地下へと続く通路の壁には苔やヒビが目立つものの、設備の多くは手つかずのまま、まるで「再起動の瞬間」を待っていたかのようだった。
「不気味なほど……綺麗ですね」と紗香がつぶやく。
「ここは完全に封鎖されたと思っていた。だが、誰かが——ずっと保守していた可能性がある」
祐一の目は鋭く周囲を見回していた。
廊下の奥に並ぶ部屋の一つ。かつて黒江博士が拠点としていたラボの扉には、手書きのラベルが今も貼られていた。
「第14生物処理区画」
扉を開けると、薄暗い室内の奥に、古びたデスクと端末。そして、その上には一冊の分厚いノートが置かれていた。
紗香がノートを手に取り、ページをめくる。途端に、細かくびっしりと書かれた数式、分子構造、血液に関する注釈が現れた。
「……これは、“石化再生プロトコル”……?」
「違う」
祐一がページを覗き込み、指先でとある数式をなぞる。
「これは、“強化型遺伝子挿入計画”——つまり、特定の血液型を持つ人間を利用し、あの石化生命体の“再起動”を早めるための理論だ」
ノートの末尾には、こう記されていた。
「被験体 α-07 に適合が見られた。“彼女”の血液が、すべてを起動させる鍵となるだろう」
「“彼女”?……まさか」
玲奈が思わず紗香を見る。
紗香は何も言わず、ページを閉じた。
——ノートには名前は書かれていなかった。
だが、この計画に紗香の“血”が深く関わっていることは、否定できなかった。
そのとき、端末の電源がひとりでに入り、起動画面が浮かび上がる。
「ログイン……コードが入っている」
玲奈が操作すると、画面に映し出されたのは、静止画。
そこには、白衣を着た一人の老人と、少女の姿。
少女の顔は——紗香に、酷似していた。
「……私……?」
祐一が眉をひそめた。
「いや、これは……10年以上前の記録だ。じゃあこれは——」




