鏡の中の選択
目覚めた少女は、淡々とした声で名乗った。
「私は、YSA-02――あなたの“代替品”」
その言葉に、紗香の胸が少しだけ痛んだ。
彼女は自分を否定しているわけではない。ただ、存在理由を語ったにすぎない。
「あなたには、名前があるの?」
「……ないわ。母は、私を“器”としてしか見ていなかったみたい」
その言葉の中に、かすかな寂しさが滲んでいた。
早瀬がそっと尋ねる。
「君は、母――柚山綾子博士の命令に従うつもりなのか?」
YSA-02は小さく首を横に振る。
「彼女は私に『判断するための知識』を植えつけた。
でも、最後の判断は“自分で選べ”と書き残していたわ」
祐一が少しだけ驚いた顔を見せる。
「それはつまり、母親は君たちを道具ではなく“選ぶ存在”にしたんだな」
YSA-02は紗香をまっすぐ見つめる。
「でも、私は“あなたの代わり”として作られた。
私が生きるということは、あなたの役割を奪うということになるかもしれない」
紗香は一歩前に出る。そして、静かに首を横に振った。
「違う。奪うんじゃない。……“共有する”のよ。
私一人じゃ、きっと母のことも、真実にも届かない。
でも、あなたがいるなら……その記憶や想いに近づける気がする」
YSA-02の目がかすかに揺れる。
「共有……?」
「うん。あなたは私の“鏡”。
だけど、その鏡はただの写しじゃない。もう一つの視点で、母のことを見ていた存在。
だから、一緒に進もう。過去を知るために、そして未来を選ぶために」
その言葉に、YSA-02は初めて表情を緩めた。
「……不思議ね。目覚めてまだ数分なのに、こんなに暖かいと感じたのは初めて」
そして、彼女は自らの手を差し出した。
「よろしくね、“本物の紗香”」
紗香も手を伸ばし、しっかりと握る。
「ようこそ、“もう一人の私”」
冷たい研究所の空気の中に、ひとつの“絆”が芽生える瞬間だった。
――その頃、施設の別棟で何者かの影が動いていた。
男は静かに端末を操作し、封印されていた“記録映像”を呼び出す。
そこには、柚山綾子博士の“最後の言葉”が残されていた。
「この研究は……私の罪。けれど、未来のために残す」
「その時、紗香が“選ぶ勇気”を持てますように」




