遺された命令
モニターの中の映像。
執事――いや、「元・執事」とも呼べないその存在は、冷静に言葉を紡いでいた。
「柚山紗香……君は、選ばれた“鍵”なのだ。
君の血液、君の遺伝子、君の脳に刻まれた指令……それらは、すべて“抗命コード”の一部。
この世界の支配構造に、唯一“ノー”を突きつける存在」
紗香は、祐一の隣で震えながらモニターを見ていた。
「……私が、何かを“命令できる”っていうの?」
「いや。逆だ」
執事は首をわずかに横に振った。
「君は、“命令を拒絶できる”者。
太古より、人類は幾度も技術と力に支配されてきた。
だが、計画はこう定めていた。
“いずれ来る、科学の暴走を拒絶できる命が必要になる”と」
「……その命が、私……?」
「君の母はその設計者の一人だった。
君を産んだ時点で、すべての因子は揃っていた。だが、彼女は計画から抜けた。
“あの子は人間として生きるべきだ”と」
「……」
「私は、君の母の死後も、計画を進めてきた。
“最強生物”の復活に必要なもの、それは“拒絶因子”をもって完成する。
君の命が、最後のピースなのだ」
祐一が一歩前に出た。
「それなら、なぜ彼女を殺さない? 血を奪えば済む話じゃないのか」
「“命令を拒絶する存在”を、力でねじ伏せることはできない。
それを行えば、計画そのものが自壊する。
彼女の“意志”をもって、選ばせなければならない。
この世界を、救うか、破壊するか。選ぶのは、彼女なのだ」
その瞬間、モニターはふっと暗転した。
――沈黙。
「……選べって、何を……?」
紗香のつぶやきが、重い空気に沈んだ。
***
その夜。鏡花探偵事務所。
祐一と早瀬が並んで机に向かい、回収した資料を分析していた。
祐一はふと顔を上げる。
「早瀬……抗命コードって、本当にそんなに特別なものなのか?」
「ある意味で、“拒否権”のようなものだろうな。
組織やシステムは、命令を与える側と従う側で成り立つ。
だが、絶対的な命令に対して“拒否する本能”をもつ者が存在したら……?」
「命令の正しさを見極める者……か」
そのとき、事務所の扉がゆっくりと開いた。
「……話があるの」
紗香だった。
彼女は静かに、しかし確かな決意を込めて祐一と早瀬の前に立った。
「私は……行くよ。
この真実に向き合わなきゃいけない。母が、父が何を遺したのか。
それを知って……この“命令”を、自分で選びたい」
祐一は目を細め、黙って頷いた。
「……じゃあ、俺たちも同行しよう。君が一人で背負う必要はない」
***
翌日、三人は紗香の母がかつて勤めていたという「特別生物研究機関」の跡地を訪れた。
そこはすでに閉鎖され、廃墟のようになっていたが——
地下に続くエレベーターだけが、動いていた。
「やはり、計画はまだ生きてる……」
ドアが開く。
暗闇の先に、機械音と低い脈動が響いていた。
そしてそこには、冷却ポッドに眠る“もう一つの命”が存在していた。
それは——
紗香と瓜二つの、少女だった。
「……え……?」
つづく。




