監視者たち
祐一たちが地下研究所を出てから数日後。
鏡花探偵事務所では、紗香が父の遺した研究ノートをもとに、情報の整理に没頭していた。
「やっぱりこの『抗命コード』って……私の出生に関係してるのよね」
手帳に書かれた遺伝子構造の図を見つめながら、紗香が言う。
「それにしても、どうしてそんなものが“柚山家”に?」
祐一が呟くと、早瀬が画面を操作していたノートPCを閉じた。
「それ、調べてみたんだけど……柚山家の血筋、少し不自然なの。
戸籍はちゃんとあるけど、紗香のお母さん側の記録が極端に少ない。出生地も“特定不能”って記されてる」
「え?」
紗香の表情が強張る。
「もしかして、母の正体が……?」
そのとき。
事務所の電話が鳴った。祐一が受話器を取ると、機械のような声が流れてきた。
「警告。
“対象者”の移動情報は把握済み。これ以上の干渉は推奨されない。
——記憶処理を受け入れ、全てを忘れることが最善である」
「……誰だ?」祐一の声が鋭くなる。
「監視局、記録管理第零課。君たちはすでに“深層”を知りすぎた。
これ以上踏み込めば、“世界の構造”が変わる」
電話はそこで切れた。
「監視局……? なんだそりゃ」
「公安にはそんな部署、聞いたことない」早瀬が低く呟いた。
だがその直後、事務所の外で物音がした。
祐一が玄関を開けると、ポストに無造作に投げ込まれていた封筒。中には1枚の写真。
そこには、紗香が一人で出歩く姿と、その背後に立つ謎の人物の影が写っていた。
「これは……尾行されてる?」
紗香が背筋を凍らせる。
「間違いない。監視はもう始まってる」
祐一が顔をしかめた。
「でも、なぜ直接手を出してこないの?」と早瀬。
「逆に言えば、“殺せない理由”があるんだろう」
祐一は思案する。「――もしくは、利用しようとしている」
***
その頃、東京湾沿いの旧コンテナ倉庫群の一角。
暗闇の中、黒いスーツを身にまとった複数の人影が立っていた。
「柚山紗香。対象コード“09-AZ”。
この個体が保持する“抗命遺伝子”は、計画の鍵を握る。確保は最優先とする」
「ただし、現時点では直接接触は避けよ。
“第二観察者”の動きも確認された。慎重に、影から導け」
隊員たちは静かに頷き、闇に溶けていく。
――背後には、“異形の人間”が一体、眠るように立ち尽くしていた。
その肌は半分石化し、瞳は光を失っていた。
「目覚める時は近い。もう一度、この地上に『命令』が下される前に……」
影たちは、すでに“終わりの準備”を始めていた。




