始まりの記録
研究ノートのページをめくる音だけが、地下の静寂を裂いていた。
柚山慎吾が遺した手帳は、時に散文的で、時に狂気じみた言葉が連なっていた。
「これ……最初の石化って、恐竜ですらない……?」
紗香がぽつりと呟く。
祐一はノートの一節を指差した。
“石化の起源は、紀元前ではなく、時の概念すら生まれる前。
それは、地球がまだ『意志』を持っていた時代の遺産だ。”
早瀬が驚いた顔で声を上げた。
「それって……神話とかそういう話じゃないの? 科学者の書く内容じゃないわ」
「そう思いたいけどな……この男は、夢想家じゃなかった。公安資料でも“超論理的な狂人”として扱われてた」
祐一は目を細めた。
ノートの後半には、暗号のように記された研究成果と数列が連なっていた。
その中には、かつて彼らが追いかけた被害者の名前も記されていた。
―石化事件の被害者は、「条件に一致した者」のみを選んで発症していた。
―“血液型”はその一端にすぎず、遺伝子の“第九コード”に干渉されている。
―最初に石化した“存在”は、地下深くに封印されたまま眠っている。
「第九コード……それ、何?」
紗香の問いに、早瀬が顔をしかめた。
「正式な遺伝子配列にはないもの。“存在しない”はずのコード領域。
……でも、近年の非公式研究で一部の遺伝子配列に“解読不能な領域”が見つかってる。それと一致するかも」
祐一は腕を組んだ。
「つまり、石化の正体は――生物の内部から“石”に変質させる、未知の信号か…?」
そのとき、神原が静かに口を開いた。
「正確には、“地球そのものの命令”に従った作用です」
「……地球の命令?」
「慎吾様はこう呼んでいた。『地球の防衛機構』。
太古において“外から来た存在”に対して、地球は“石化”という手段を使って自衛した。
それを私たちは“病気”や“事故”としてしか見ていないだけ」
紗香は言葉を失った。
それはあまりにも荒唐無稽で、しかしノートに刻まれた証拠の数々は、それを否定できなかった。
「じゃあ……私の血って……その命令に抗えるものなの?」
神原は静かに頷いた。
「あなたの身体には、逆遺伝子――“抗命コード”が含まれています。
それは、唯一“地球の石化命令”に対抗できる鍵です。だから、あなたが狙われている」
「私はただ、父と普通に暮らしたかっただけなのに……」
その言葉に、祐一はそっと言った。
「でも、お前はもうただの“被害者”じゃない。
真実を知った以上、戦わずに止める方法を考える。それが俺たち探偵の仕事だ」
***
その夜。地下の施設の外、誰にも気づかれないように立つ男が一人。
通信端末に向かって小声で呟く。
「対象は“コード持ち”で確定。柚山紗香は回収対象に移行」
「了解。第二班、迎撃態勢に移る」
無機質な声が返る。
夜の闇の中、“新たな監視の影”が動き出していた。




