静かなる侵入音
鏡花探偵事務所の仮設拠点と化した地下研究施設に、緊張が走っていた。
侵入者――神原 忍。その名を聞いたとき、祐一も紗香も即座に警戒を強めた。
「扉のロック、あと三つで破られるわ」
端末を操作していた早瀬が焦りをにじませる。
「自衛システムは起動できるけど……彼、旧型の防御なんて通用しないわよ」
「むしろ、下手に刺激したら逆効果だ」
祐一は低く呟いた。「あいつ……ただの執事じゃなかった。何か裏の顔がある」
紗香が静かに立ち上がる。
「行こう。対話の余地があるなら、私は直接会って確かめたい」
「本気か?」
祐一が驚きつつも、その決意を止めなかった。
彼女の目にはもう迷いはなかった――この真相を、自分自身で受け止めようとしていた。
***
廊下に足音が響く。神原 忍の歩みはまるで無音のように滑らかだった。
彼は、何層にも重なった電子ロックを、指先だけで次々と解除していく。
「……なるほど。やはり“彼女”はここにいたか」
小さく呟いたその声に、かすかな執念と懐かしさが混じっていた。
そして、最奥の扉が音を立てて開いた。
そこに立っていたのは、柚山紗香。後ろには祐一と早瀬が控えている。
神原の目が、まっすぐに彼女をとらえた。
「――ご無事で何よりです、お嬢様」
「……お嬢様?」
その呼びかけに、紗香は動揺を隠せなかった。
神原は、ゆっくりと近づきながら語り出す。
「あなたが幼い頃、私は屋敷で“影の護衛”をしていました。執事という肩書は、表の仮面にすぎない。真の任務は……あなたの“血”を守ることでした」
「じゃあ……父も、それを……」
神原は黙って頷く。
「彼は、最初は研究の一環としてあなたを見ていた。だが、途中で変わったのです。“娘として守りたい”と。だから、すべてを隠して、普通の人生を与えようとした」
「……父がそんなことを」
「だが、国家は許しませんでした。あなたの血は、“石化技術”を完全に打ち破る唯一の鍵。“それ”を利用しようとする者たちは、今も動いています」
そのとき、早瀬が鋭く声を上げる。
「あなたはどちら側なの? 国家か、それとも……私たちか」
神原はしばらく沈黙し、そして静かに言った。
「私は――柚山慎吾の遺志に従います。彼が最後に残した言葉は、『紗香を守れ。それが世界を守る唯一の道だ』でした」
祐一が一歩前に出た。
「ならば訊く。君はこれから何をする? 紗香をどこかへ連れ去るつもりか?」
神原は微かに微笑んだ。
「いいえ。私は、ただ“真実”をあなた方に届けに来ただけです」
彼は懐から一冊の手帳を取り出す。
それは――柚山慎吾の最終研究ノートだった。
「この中にすべてがあります。“石化”とは何か、誰がそれを望み、そして――最初に石化した“存在”とは何者かが」
紗香はそれを受け取り、胸元で抱きしめる。
「ありがとう、神原さん。……あなたは今までずっと、父と一緒にいたんですね」
「ええ。そして、これからもあなたの側に」
***
その夜、祐一と紗香は研究ノートを読み解きながら、これまでの事件を振り返っていた。
ノートの最後のページには、ただ一行だけこう記されていた。
“最初の石化は、恐竜時代ではない。もっと前だ。”




