廃村の記憶
列車を降りたのは、深夜の長野・梓山駅。
雪の名残が山間にちらつき、吐く息が白く染まった。
この地に、かつて「国家非公開の実験施設」が存在したとされている。
「……ここ、本当に人が住んでたのか?」
祐一は冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「十年以上前に全世帯が移転。理由は“地盤沈下”って言われてるけど、本当は“実験事故”があったと父の手記にあったわ」
紗香が見つめる先には、朽ちた標識と、封鎖された村道。
二人はランタンの灯りを頼りに、廃村・霞之村へと足を踏み入れた。
村には、かつての住居跡が静かに残り、風が木々を揺らしていた。
数歩進むごとに、誰かの視線を感じるような、不気味な静けさが広がる。
「ここで、結月らしき少女が目撃されたって?」
「ええ。通報者は“地元の林業者”。夜中に、廃屋の中で小さな灯りを見たって」
やがて、かつて診療所だった建物にたどり着く。
扉はかろうじて立っていたが、風化した木がミシミシと軋む。
「ここに、仮面の科学者が潜んでいたのかもしれない」
中に入ると、埃まみれの診察台と錆びた器具が放置されていた。
だが、ただの廃墟ではなかった。
「……これ」
祐一が指差したのは、床に描かれた奇妙な幾何学模様の跡だった。
赤褐色に染まり、血のようにも見えるそれは、何らかの実験の痕跡を示していた。
「記録通りだわ。父の手帳に、“霞之村の診療所地下に、秘密の研究室があった”って……」
祐一は床の一角を叩き、音の違いに気づく。
その下に、隠された扉があった。
「開けてみるぞ」
重たい蓋を開けると、地下へ続く階段が現れる。
その先に広がるのは、まるで時が止まったような研究室だった。
「……ここ、まだ動いてる」
機材のいくつかには通電の痕跡があり、中央の培養槽には――
「これは……人?」
硝子の中に浮かんでいたのは、石化しかけた少女だった。
顔は結月ではない。けれど、彼女と似た年齢、似た顔立ち。
「誰かが、今でもこの実験を続けてる……。神原か?」
そのとき――背後で、何かがカチリと音を立てた。
「動くな」
低く、冷たい声。
振り返ると、仮面をつけた人物が立っていた。
しかしそれは神原ではなく、別の人物だった。
細身の体格、女性のような長い髪。そして仮面の口元がわずかに動く。
「あなた方は、真実を知りすぎた」
その声には、悲しみと怒りが混じっていた。
「“灰の目”は、もう止まらない。けれど、あなたたちには……まだ“選択肢”がある」
そう言い残すと、仮面の人物は煙玉のような閃光を放ち、姿を消した。
「……警告?」
祐一と紗香は、地下室に残されたデータと少女の写真を回収し、いったん村を離れることにした。
だが、背後には仮面の者たちの影が、深く静かに忍び寄っていた。




