「消えた娘の記録」
午後四時。薄曇りの空の下、伊藤祐一と柚山紗香は、再びあの富豪の屋敷へと足を踏み入れていた。
一度は捜査を打ち切られた場所。今ではほとんどの家具が撤去され、屋敷全体が“保管施設”として仮管理されている。
「秋庭さんが言ってた“映像記録”って、本当にここにあるんでしょうか」
紗香がつぶやくと、祐一は無言で首を縦に振った。
秋庭から渡された地図には、この屋敷の地下室のさらに奥に、“隠し部屋”が存在すると記されていた。
「ここだ」
祐一が足元の床板をゆっくりと外す。
そこには古びた金属の扉――電子錠ではなく、アナログのダイヤル錠がついていた。
祐一が慎重にダイヤルを回すと、「カチリ」と低く鈍い音がして扉が開いた。
階段の先に現れたのは、埃と鉄の匂いが混じった、ひどく湿った空間。
そして壁際にぽつんと置かれた、小型のモニターとテープレコーダー。
「……再生してみる」
紗香が震える指でスイッチを押す。
ざらついたノイズと共に、映像が流れ始めた。
画面に映っていたのは――あの“失踪した娘”だった。
まだ幼い頃の記録だ。少女は部屋の中で笑っていた。
しかし、すぐに場面が切り替わる。
今度は、冷たい実験室の中。
彼女の背後には、白衣の科学者たちと、まばゆいほどの機械群。
そして、どこか不気味な透明なカプセル。
《……記録ファイル No.31。「対象・K」に対する石化促進試験の映像。》
《対象・K=鏡花 結月。年齢 13歳。》
紗香が息を呑む。「……ゆづき?」
「おそらく……屋敷の娘の名前だ」
映像の中で、少女の目がうっすらと青白く光っていた。
彼女の血が、注射器で採取され、カプセルの中の“黒い塊”に注入されていく。
すると――その塊が、わずかに“動いた”。
《注入後、対象物反応あり。心拍に似た振動を検出。》
《……これは、生きている。》
「……まさか、あれが“最強生物”……?」
祐一の背筋に冷たいものが走る。
映像はさらに進み、やがて科学者たちの一人が言った。
《この娘の血液には、“石化を抑制する因子”がある。》
《我々は“封印”を解く方法を手に入れた。次の段階は――》
《完全な覚醒と、現代への適応実験だ。》
再生が止まる。
室内には重苦しい沈黙が漂っていた。
「……つまり、娘は“鍵”として扱われていたんだな」
祐一が静かに言うと、紗香もまた、小さくうなずいた。
「鏡花 結月……彼女は、私と同じ姓。もしかすると……私の“いとこ”か、もっと近い関係かも」
その言葉に、祐一がゆっくりと振り向く。
「紗香……君の家系は、“石化”に何か特別な繋がりがあるのかもしれない。父親が関わっていた以上、偶然とは思えない。」
「……それなら、父が命を懸けて私に何を託したのか――はっきりさせなきゃいけない」
その時、階段の上から物音がした。
「誰か、いる……?」
祐一が咄嗟にライトを向けるが、そこには誰の姿もなかった。
ただ、一枚の写真だけが落ちていた。
拾い上げて見ると、それは**実験室で結月と共に映る“ある人物”**の姿。
白衣を着たその男は、顔の半分を仮面で隠していた――
その人物こそ、鏡花誠一が“灰の目のNo.1”と呼んでいた男だった。




