灰の目
――翌朝。
鏡花探偵事務所の応接室には、いつもより深い静けさが漂っていた。
机の上には、昨夜藤原から渡された一枚のカード。そこにはただ、番号と「F」とだけ記された文字が刻まれている。
「“灰の目”って、具体的にどういう組織なんでしょうか。」
紗香がコーヒーカップを揺らしながらつぶやく。カップの中の液体が、彼女の動揺を映すように揺れていた。
祐一は、事務所の書棚から古い資料ファイルを持ち出していた。公安時代にコピーし、封印していたもの。
一部はモザイクで隠されていたが、そこには確かに、“灰の目”の名が記されていた。
「戦後すぐ、GHQによる研究施設の解体の中で取りこぼされたある機関――旧理化学研究所の一部が、闇に残った。
彼らは“生物進化の逆転現象”に興味を持っていた。つまり、“人間の先祖より古い存在の力”を引き出すことだ。」
紗香は眉をひそめる。「まるでオカルトですね。」
「ただのオカルトじゃない。実際に複数の“石化実験”が成功していたという記録もある。
それが地下に埋もれ、政府に利用され、封印されていった。だが……“灰の目”は諦めなかった。」
祐一はファイルの中から、あるモノクロ写真を取り出した。
そこには、白衣の男たちの中に一人、異様に黒いフードを被った人物が写っていた。
「これは?」
「この写真の裏に、“グレイ・アイ No.5”と記されていた。おそらく彼らはナンバー制で動いていたんだろう。
顔を隠す、名前を捨てる、それは“人間”であることを超えようとしていた証拠だ。」
「でも、そんな連中が、今も活動してるんですか?」
祐一はうなずいた。「藤原が言った通り、“灰の目”は今も政府の中に入り込んでいる。表では法と秩序を守る顔をしながら、裏では“復活の儀式”を進めている。」
「儀式……?」
「そう。“最強生物”を復活させる。それが彼らの最終目標だ。」
紗香の顔が曇る。
「そのために、私の血を……?」
祐一は静かに頷く。「紗香、お前の血液型は“RZ型”。この型は、世界でも極めて稀少で、古代人類の遺伝子構成に似ているという研究もある。」
「まるで、私が生まれたこと自体が計画されていたみたい……」
その瞬間、玄関のチャイムが鳴った。
「誰か……来た?」紗香が立ち上がる。
祐一は即座に紗香の肩を押さえ、窓のカーテンを少しだけ開けて外を覗いた。
――そこに立っていたのは、年老いた男。スーツ姿だが、どこか威圧感を持っている。
手には封筒。胸元のバッジは、見覚えのあるものだった。
「……内閣調査室、か。」
祐一がつぶやくと同時に、再びチャイムが鳴った。
「伊藤祐一さんですね。国家より、密命にて訪問いたしました。」
男の声は、低く響いていた。
「来たな……国家の“もうひとつの顔”が。」
次回予告:
第二十六話「封じられた真実」
内閣調査室の男が持ってきた封筒には、“灰の目”の機密文書とともに、紗香の父・鏡花誠一が遺したもう一つの「録音」が――。
彼の声が語る、真実と裏切りの記録とは?




