エピローグ 海賊たちは、海へ
あれから二日経った。船の上ではそれぞれ配置について己の仕事をしている。船はダイニーがしっかり守ってくれていたので、皆苦労なく出航できた。
海軍が二隻ほどいたが、主要部隊は壊滅していると女王の口から聞いた。それなら今いるのは待機分の雑魚だと確信し、あっという間に沈めてこうして大海原を渡り歩いている。
ハーヴェストは仲間たちが逃げる時ついでに奪ってきた宝石の仕分けをしていた。自分は逃げるだけで精いっぱいだったが、仲間たちはちゃっかり宝石店を襲っていたのだ。クズ宝石と価値のある宝石を見分ける目利きを今修行中である。中には宝石ですらない偽物もある。
「宝石屋だからって全部本物じゃないんだね」
「飾ってあるのは偽物の事が多い。盗まれたら大変だからな。だいたいは奥の倉庫にあるのさ。ちなみにたった今お前が本物に仕分けたのはクズな」
「え、うっそお。色濃いのに」
「色の濃さじゃだけじゃねえんだよ。ルビーで大事なのは透明度だ。まだまだだなあ」
「ちぇー」
結局月の女神の涙とやらは拝めなかった。とんでもない宝だ、としか聞いていない。
「何だったんだろうな、宝の正体」
一緒に宝石を見ていた仲間は、さあてねと肩をすくめる。
「俺が聞いた伝説は、これが噂話に上がる時必ず帝国が荒れるそうだ。ヒデエ有様になるから、それを予見して女神さまが泣いてんじゃないのかっていう。まあ、実物じゃなく揶揄じゃないかって話だが」
「そうなのか? 俺が聞いた話は違うなあ」
他の作業をしていた船員たちが手を止めて集まって来る。どうやら一区切りついたようだ。
「月は月でも新月の夜に産まれる災厄の子をあらわしてるって話だぜ? 人に裁きをするための女神の落とし子。至宝でありながら破滅を呼ぶ存在ってな。こいつはいわゆる英雄、って呼ばれる奴らだって話だ。人じゃないから強いってな」
「ああ、だから戦争に英雄はつきものってことか。上手くできてんなあ」
「なんか、本当にいろいろ伝説があるんだね」
わいわいと自分が知っている月の女神の涙についての話で盛り上がり始める。少しだけ宝の話に飽きてしまったハーヴェストは空を見る。
宝の価値など、自分にはよくわからない。それが欲しい者にとっては財産を投げだしてでも欲しいのだろうが、欲しくない者からしたら石ころと同じ価値しかない。
――あいつも。あの野郎にとってもきっとそうだ。生きることも死ぬことも、価値がないんだ。冗談じゃない、ふざけるな。生きてるくせに。
思い出すと再び苛々する。いつもと違う戦いになった。ハーヴェストからすればこれも自分が生きるための糧となる。騎士や海賊とは違う戦い方の連中と戦うことができた。
「シャイル、って呼ばれてたっけな。あのクソ野郎」
ふん、と息をはくと風にあたっていたドラグが振り返る。
「チェシャだ。そう会話してたぜ」
「し? ちゅ、ちしゃ?」
「チェ、だ。チェシャ」
ハーヴェストは生粋の英語圏の人間ではないので、いまだに英語に訛りがある。発音もチとジが苦手だ。
「何で名前が二つあるんだろう」
「シャイルの方が偽名っぽいな。女王に紹介してた『チェシャ』が本当の名前なんだろう」
ドラグの言葉に在庫確認をしていたダイニーが持っていた在庫表の端にチェシャと書いて見せてくれた。基本の読み書きがようやくできるハーヴェストにも読むことができる。
「Cheshire. Che、を抜けばシャイルと読める」
「変な名前」
「チェシャ猫。不思議の国のアリスって物語に出てくる、ニヤついてる猫だな。アリスに出てくるキャラの名がついてる奴らが、悪の貴族ってところなんだろう」
「あいつ全然笑ってなかったし。名前似合わなさすぎじゃん」
「まあいいじゃねえか。お前は名を体現してんだから」
「刈り取れなかったな、今回」
収穫でありながら。富も命も刈(狩)り取れ、とドラグがつけてくれた最高の名前だ。悪の貴族たちの命を収穫できなかった、そう言いたいのはわかる。だがドラグは叱る様子もなく、むしろ苦笑している。
「あれは刈ったらだめな部類だ。一粒でも混ざれば他の苗を根こそぎ腐らせちまう、毒みたいなもんだ。ほっとくのが吉って奴だよ」
「ふうん?」
白黒つけられなかったのは納得いかないが、ドラグがそう判断するのならと諦めた。ちょっとだけ共闘してしまったのも何だか腹立たしい。一瞬で息を合わせることができてしまった。似た者同士のようで、もやもやする。
「兄貴、ちょっと手合わせしてよ」
「いいぜ、ちょうど暇だ」
ドラグに勝てる者などいないのに、何十回負けてもハーヴェストは手合わせを申し込む。その様子を船員みんなで楽しむのがこの船の新たな催しとなっていた。酒をもってこい、と盛り上がり始める。
「なんだかなあ。俺みんなの酒を楽しませるためにやるんじゃないんだけど」
「じゃ、ちょいとやる気あがること言ってやろう」
「なに?」
「たぶんな。あっちの子猫ちゃんの方がお前よりちぃっとだけ背たけえわ」
「……。驚いた、とうとう兄貴老眼が始まったか」
「残念だが老眼は近くの物が見えなくなることなんだなあ」
「じゃああいつ靴底が厚いブーツだったんだよ、貴族だし!」
叫びながら剣を抜く。手合わせは本気でやるため剣だ。ドラグも剣を抜いた。
「ああ、まあ言われてみりゃ確かにそうだったな。おおかたナイフ仕込んでたんだろ。使われなかったなあ?」
ニヤニヤ笑うドラグに、ブチ、と何かが切れる音を聞いた気がした。
「あのクソ猫おおおお!」
わあああ、と船員が大盛り上がりする中、すぐに終わる手合わせが始まるのだった。




