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月の女神の涙  作者: aqri
月の女神の涙
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エピローグ 貴族は、闇へ

「海賊を逃して女王陛下暗殺を企てたモルドーはただの公開処刑か。思ったりも地味だな。馬車に繋いで市内駆けまわるくらいはやるかと思ったのに。ま、お忙しいか」


 ぽいっと興味なさそうに号外を放り投げる。替え玉を準備していると思っていたが、まさかあの場で入れ替わってしまうとは。ふふんと面白そうにマルセルは笑った。

 まずはツイードが使いこなせるようになってね、とツイードは拳銃の訓練が始まっている。チェシャはモルドーを支持していた者達の残党狩りだ。

 ギラギラと生きる力にみなぎったあの少年と戦って、珍しく声を張り上げていた。感情に何か変化でも起きるかなと思っていたが特に変化はない。相変わらず、無気力なくせに鋭くて面白いままだ。


「飽きないなあ、この国は」


 どんな激動となり、どんな国へと成長するのか。そしていつ他の国に滅ぼされるのか。まったく退屈しない。楽しい毎日だ。

 チェシャが戻った。思ったよりも早く終わったようだ。


「予想より早いな。全員一緒にいたのかな?」

「仲良く教会の地下に隠れてたから神父ごと切り落としてきた」

「へえ、それはそれは」


 あまり残党に興味がないらしく会話はそれで終わりだ。放り捨てた号外をチェシャはちらりと見る。号外にはドラグ海賊団の賞金上乗せの記事も載っている。


「海賊共はいいのか」

「クイーンのご命令はあくまで『どうにかしてね』だ。殺せって言われてない」


 確かにマルセルは今回海賊に対しては動きが鈍かった。最初からあまり相手にする気がなかったのだろう。殺せ、という命令ではないのだ。追い払う方法はいくらでもある、ということだ。


「強い海賊はいても良い存在なんだよ。他国の産業技術を奪って世界に流してくれる。世の中を良くも悪くも掻き回すからね。次ウチに近づくなら、喜んでお茶会する(ブチころす)よってわかってもらえればそれでいい」


 クイーンが海賊に火薬の製法が渡るように仕組んだのではないか、とさえ思ってしまう。海の荒くれ者たちが、ドラグ海賊団を目の敵にして襲い掛かるように。その間に海軍を強化できる。同じ製法を知っていれば、対処方法もわかるということだ。この国の脅威にはならない。


 手綱さえない連中をも操ってみせる。クイーンとは、そういう存在なのだ。


「チェシャ、そろそろポケットに入ってるものをちょうだい」

「……冗談だろ」


 心底嫌そうにズボンのポケットに手を入れて、盛大にため息をついて紙を取り出した。マルセルに手渡し、しばらく考え込んでいる。すれ違った人物全員を思い出しているのだろう。相変わらず記憶力がいい。


「おや、早いなもう次のご命令だ。今まではちゃんと普通の手紙に紛れてきてたのに、この方法がお気に召したみたいだね」


 手紙のしめには「坊やだけは隙がないから困っちゃうわ」と書かれている。ふふんと笑いながその部分をチェシャに見せると、冷めた目で見られる。


「よかったな。クイーンにもバケモノだって認識してもらえたみたいで」

「あはは、褒めてくれてありがと。さて」


 紙をピン、と弾いた。紙はピュッとチェシャの方に飛んでくるので指で挟む。くい、と顎で示されて中を見る。珍しくチェシャが驚いた表情を浮かべた。


「クイーンからのご命令だ。議会の三分の一から支持されているスライヴ卿、海軍増強に反対するため余計な根回しをしようとしている」


 スライヴは昔から続く貴族の家柄だ。ならず者たちを招き入れることに難色をしめし、規律と誇りを尊重する。古臭い考え方の者。この国に、もはや不要となったおもちゃ。


”お人形の世代交代の準備ができたから、スライヴを上手く使ってね”


「女王暗殺の反逆組織のトップになってもらおう。スライヴが命令したって証拠は僕が作っておくから、チェシャ」


 ”アリス”は笑う。悪魔のような笑顔で。


「スライヴ派がやったように人形を殺しておいで。他の派閥がうじゃうじゃいるから、僕に迷惑かけるようなことになったらブチ殺すからね」


 すげ替わったばかりの人形の始末。当の本人は知らないだろう。自分はもっとうまくやれるとやる気に満ちているころだ。一番警戒心が強く、自分の私兵もいるだろう。その情報はもちろん共有されていない。


 この男に賭場で勝負に負けて、弟になれと言われた時は絶望した。だが、結局いろいろな事に慣れてしまった。人を殺しても、拷問をしても何も思わない。闇に紛れて何ごともなかったかのように人の命を奪い、世の中を掻き回していく。

 おもしろさもやりがいも感じたことはないが。他にすることがないのでまあいいか、と思うようになった。


 生きてるくせに、死人みたいだ。


 あの海賊が言っていた。だからどうした、何か悪いのか? くだらない事には興味がないだけだ。それを、海賊ごときに言われる筋合いはない。餌を撒くと口をパクパクさせて寄って来る魚のような奴ら。放っておけばさっさと死ぬくせに、生死を語るとは何を言ってるんだかという感じだ。


「今までちょこちょこ僕の手伝いをしてもらっていたけど。これをもってクイーンにお披露目パーティといこうか。僕らのファミリー、”チェシャキャット”のね」

「わかった」

「ふふ、良い返事だ。悪い子だなあ、本当に」


end

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