包囲
レオの撤退が王国中に広まった瞬間、今までの反乱鎮圧の努力が無に帰した。ルイや貴族勢力、マリーや教会勢力といった、これまでレオに押しつぶされていた勢力が再び反旗を翻したのだ。
一方のレオの側は、レオポルドを始め全軍の約半数を失った。もともと少なかった兵力が今では千人を少しばかり上回る程度であった。
「陛下!ルイ殿下の軍が領内に侵入しました。あと数日のうちに城まで到達します。」
「そうか。兵士を集めて裏山に行くぞ。町での戦闘は足手まといが多くて邪魔だからな。」
自身の領地に帰ってきたレオであったが、王国各地から反レオの軍勢がこちらへ向かっているためにバタバタで対処を行う。
今まで何十もの戦いで勝利してきたレオであったが、たった一度の敗戦で圧倒的窮地に追い込まれた。彼の日頃の行いで人望が得られないことを考えれば自業自得のことであろう。だが、自分が悪いということはレオ自身よく分かっており、王国のほぼすべてが敵になったことに対しても特に恨み言などもなかった。
そんな中、部屋の扉が開く。
「お父上ー!」
「息子よ。久しぶりだな。」
部屋に入ってきたのはレオの息子と侍従長メイド長のヴェリテだ。
「レオーネです。子供の名前くらい覚えてくださいまし。」
「ひゃひゃ。女みたいな名前だということは覚えていたんだがな。どうしても覚えられない。」
自分の息子の名前を言えないレオにヴェリテは呆れたようにため息をついたが、彼が名前を覚えるのは本当に数人のことだから慣れっこである。
レオは懐いてくる息子に対しては特に思い入れがないようにあっさりとした対応を取っていたが、ヴェリテに対しては少し真剣な顔をして話しかける。
「ヴェリテ。今まで侍従長としてご苦労であった。母親はこいつを生んですぐに死んでしまった。お前がこいつの母親のようなものだ。」
「たかが侍従の私には畏れ多いお言葉です。しかし、私もそのつもりで育ててまいりました。」
「俺の息子はたぶん凡人だ。もし俺がいなくなって、この息子と二人この世に残されたときは、遠慮するな。自分の生きたいように生きろ。」
遺言だ。
部下たるもの、主人が遺言めいたことを言った時、否定して励ますことが大切なことだろう。だが、二人の間にそのようなことは不要であった。
レオが死を覚悟しているのならば、見え透いた励ましや、上っ面の否定は無用。ヴェリテはレオの覚悟を尊重した。
「私はレオーネ様に最期までこの身を捧げる所存です。」
「最後の命令だ。今日中にこの城を出て行け。お前がここで死ぬのはあまりにも惜しい。」
「、、、、ご武運を。」
ヴェリテが当時皇太子であったレオの元にメイドとして赴任したのは彼女が18,レオが10の時であった。それから20年近く主従関係を築いていた二人にとって、あまりにもあっけない別れであった。しかし、逆だ。常に二人でいたために最期に特に伝えることなどなかったのだ。
数日後、真っ先にレオの元にたどり着いたのはルイの軍隊だった。彼は貴族と共に2万の兵を率いて襲来した。
ルイはレオの本拠地である城を対して抵抗を受けないままに占領すると、レオが付近の山に籠城していることを聞いた。
「よし、山狩り開始だ。」
ルイの兵士たちは早速山を登り始めるが、山に足を踏み入れた途端に猛烈な抵抗を受ける。
「ぎゃあ」
「矢だ!矢が来るぞ!」
「大岩だ!大岩が降ってきた!」
木々の隙間や木の上など見えないところから正確に矢が飛んできた。山に潜んでいるレオの兵士たちからすると、登って来るルイの兵士たちは丸見えである。
レオも東辺境伯と同様、隣国からの防衛の役割を持っていた。そのためこの山にもさまざまな設備が整っている。
レオが城を放棄して山に逃げ込んだと聞いたルイは、はじめ自領の住民を戦闘に巻き込みたくないというレオの領主としての良心が芽生えたのだと思っていた。しかし、レオは最後までレオだった。彼にとって、城よりも山の方がルイの軍を迎え撃つことに適していると冷静に分析した結果ただそれだけなのだ。自分の住民たちがルイの兵士たちに報復でどれほどひどいことをされようが、彼にとってはどうでもいいことだったのだ。
「山を囲んでじわじわと包囲網を縮めろ。決して逃がしてはならない。」
ルイは山を包囲して着実に攻めていくことにした。各地から続々と貴族たちが到着していく中で時間がたてばたつほどルイにとって有利だ。焦らずに攻めて良い。
一日に数十歩程度しか進まないが、それでも徐々にレオたちは追い詰められていった。
一方、山の頂上ではレオがクーレオから報告を受けている。
「今日は12人やられました。」
「そうか。あと何人だ?」
「403名です。アーク殿たちを入れて405名。」
「健闘してるじゃねえか。」
「しかし、まもなく矢が尽きます。矢が尽きて白兵戦になった時、死者数は跳ね上がるでしょう。」
レオの兵士たちは山に入ってからは単独行動を続けていた。山の中で自分で場所を選び、矢が尽きるまで相手を苦しめるとそこに罠を仕掛け、少し登ってまた同じようなことを繰り返す。集団でゲリラ戦をしているような少しおかしな戦い方であった。
5日後の夜。
「全軍突撃ー!」
真っ暗闇の中で突如大声が鳴り響き、兵士たちが山の斜面を登っていく。
先に焦ったのはルイたちの方だった。
はじめは一日数十歩でも良いから着実に包囲網を狭めていくことを重要視していたルイだったのに、どうして無理やり攻める方針に転換したのか。
理由は簡単である。他の貴族たちに手柄を与えたくないからだ。続々と貴族が到着するのは兵力的に助かるが、その分一人当たりの手柄が減ってしまう。せっかく早く戦場に着いたのは自分たちなのに、後から来た貴族たちと手柄を分け合うことは我慢できなかった。
しかし、この数任せ力任せのルイの攻撃も今回ばかりは有効だった。暗闇の中であるため、レオたちが得意の矢もうまく刺さらない。機動力を失い、逃げる場所がないレオの兵士たちは次々と死に場所をここに定め、各々が孤軍奮闘しながら次々と討たれていった。
山の頂上にいるアークから見ると、ルイの兵士たちが持つ松明がゆらゆらとこちらへ向かってくる。暗くてよく見えないが、隣にいるレオはどのような顔をしているのだろう。
「山の頂上にまで声が聞こえるようになってきた。」
「陛下、、、ご覚悟を。」
「、、、アーク。これを。」
レオが覚悟を決めたようにアークに小さな袋を渡す。
「これは何でしょうか。」
「麻薬だ。一気に摂取すれば女を抱くときの数倍は気持ちがいい。余っている麻薬だ。お前も使っていいぞ。」
麻薬か。そういえば王国東部は麻薬が裏で流通しているとか。
「陛下。お気持ちはありがたいのですが、麻薬は依存性があると聞きます。ですので、私は結構です。」
少しの沈黙が山頂を支配する。
「ひゃひゃひゃ!!あははははははははは。」
レオは珍しくあっけにとられたようにぽかんとしていたが、続いて涙を流しながら笑い転げている。いつものような人を馬鹿にするような変な笑い方ではなく、純粋なまるで子供のような心から楽しいと思っているような笑い方だ。
さっきまでピリピリしていたクーレオも笑っている。
「お前は本当に愉快な奴だな。この期に及んで健康の心配をするなんて。」
レオが本当に愉快そうに言う。
だが、アークは真面目な顔をして答えた。
「お言葉ですが陛下。私はまだ死ぬつもりはございません。」
アークの声が真剣だったためか、レオは笑いをやめる。
それから再び沈黙が山頂を支配した。
何を考えていたのだろうか。しばらくしてレオが口を開く。
先ほどまでの少し投げやりな笑顔は消え、その目には光が戻っていた。
「そうだな。ここで死ぬのは国王としてあまりにも寂しいことではないか。ああそうだ。アークの言う通りだ。こうなれば生きてやる。土下座をしてでも、靴を舐めてでも生きてこの山を脱出してやる!」




