持久戦
レオたちの前に立ちはだかったのは巨大な砦であった。一つの街がすっぽりと中に入っている要塞型都市とでもいうのだろうか。城壁の前には深い堀が掘られており、城壁も今まで見てきた都市の中で一番高い。3階建ての屋敷くらいある。
レオの兵士たちが城の前まで来て口々に怒鳴っていると、城壁の上からひょっこりと老人が顔を出した。真っ白な口ひげを蓄えている彼は、老人とはいってもがっちりとした体つきで、まだまだ現役のようだ。
レオの反応から察するにあの老人が東辺境伯らしい。
「おい辺境伯!さんざん手こずらせやがって、いい加減戦おうぜ。」
レオが剣をブンブンと振り回しながら叫ぶと、老人は口ひげを触りながら愉快そうに笑った。
「なんのなんの。我らは代々防衛のスペシャリストだ。わしはこの城から動かぬ。戦いたいなら勝手に攻めてくるがよい。相手をしよう。」
レオは早速、現地調達をした捕虜に攻めさせた。
しかし、全く歯が立たない。
上から矢や石が雨のように降り注ぐ中、堀を渡り、城壁を越える力は捕虜たちにはない。次々と倒れていき、その日のうちに捕虜部隊は全滅してしまった。
レオは次に辺境伯を砦の外におびき出す作戦に出た。
兵士たちは辺境伯領にある村々を襲撃してまわる。
住民は次々に殺され、食料は根こそぎ奪い取られた。緑豊かな領地は火の海になった。
しかし周辺の森が燃え盛り、砦の周りが真っ赤に燃え盛っていても辺境伯は動かなかった。
張本人が言うのもなんだが、これにはレオも呆れた。
「自領の民衆が襲われているのに全く反応しないなんてどういう神経をしているんだ。」
次にレオは村を焼け出された住民たちを城まで追い立てた。
後ろから矢を放たれながら逃げ惑う住民たちは、砦の扉の前にやって来て必死に助けを求めた。しかし、それでも城門を開けない。助けを求めて必死にお願いする住民たちの声が響き渡っても、城門は全く開く雰囲気すらなかった。
「おいじじい!助けを求める住民の声が聞こえないか。お前は領主として失格だ。」
またまた張本人が言うのもなんだが、レオは非難をした。
しかし、辺境伯はどこ吹く風だ。
「はっはっは。お前に言われたくないな小童。それにな、辺境伯の仕事は防衛の要として国家を守ることだ。そこで泣き叫んでいる領民を守るのはわしの仕事ではない。民衆を城に入れたところで足手まといになるだけだ。全員殺してくれて構わん。」
「ひゃ、、ひゃひゃひゃ。じじい狂ってやがる。」
「そうか?わしはまともだぞ。」
辺境伯は眼下で住民たちがレオの兵士に殺されていくのを涼しい顔で見ていた。
レオたちは城攻めに苦戦した。何も手出しができないまま時間だけが過ぎていった。
城攻めではレオ軍の利点が消えてしまう。具体的には機動力と個人の能力の高さという点である。騎馬と城攻めの相性は最悪だ。馬に乗れたところで何の意味もない。また個人の能力がいくら高いと言っても、人間として限界がある。空を飛べるわけでもないし、城壁を壊せるほどの怪力を持っているわけでもない。
必要なのはレオが最も不要としていた兵力だった。アークがテュールから聞いた話によると、城攻めは攻撃隊が守備隊の3倍の兵力をもってようやく互角ということだ。敵がどれくらい兵力を持っているかはわからないが、今のレオの兵力では明らかに足りない。
こうして、レオは他に取るべき手段がなくなり、仕方なく兵糧攻めの持久戦に移行した。
東辺境伯との持久戦に入ってから1か月がたった。レオの兵士たちは城を孤立させて兵糧攻めにしている。しかし、もともと隣国からの侵攻を食い止める要塞として想定されていた城だ。非常食も豊富に備蓄しているに違いない。
そうこうしているうちに長雨が続いた。
アークは商人として王国各地を巡っていた頃があったのでよく知っている。これは雨季だ。地方によって異なるが、この地域は王国でも珍しく雨季がある。
一度雨季に入ると当分はジメジメとした日が続く。
雨の降らない日の方が珍しいくらいだ。
この湿気は兵士たちにとって天敵である。
僅かな食料も腐ってしまい、先に飢えてきたのはレオの兵士の方だった。
「ちっ。馬も痩せてしまっている。」
雨に打たれながらぐったりと休んでいる馬たちを見ながらレオが舌打ちする。
馬は干草を食べる。その干草の天敵も湿気だ。
最近の長雨で干草がどんどんと腐ってしまっている。
レオ軍は人も馬も食べる物が無くなってきていた。
「もう食料がないか。」
「馬を食べるしかありません。」
「自分の足を食べる馬鹿がどこにいる。」
レオは飢えのあまり自分の馬を食べようとした兵士を叱った。騎兵隊にとっての馬は兵士の命と同じくらい重要だ。馬がいない騎兵なんてもはや騎兵ではない
レオの判断は早かった。
「撤退だ。今日の大雨は危ないから、明日にでも撤退する。」
あっさりと撤退の決断をした。
事実上の敗北である。
今まで負けたことのなかったレオにとって、自分から撤退の判断を下すというのはどれほどつらいことだろうか。しかも一戦も交えていないのだ。戦わずに逃げかえるというのは武人にとって屈辱であるはずだ。
常人ならこのような判断はできない。ズルズルと引き延ばした結果、最悪の結果を招いてしまう。
アークもここで撤退の命令を下すことはできない。まだ一兵も失っていないのだから。世間体や兵士たちの目を気にして撤退なんてできない。
傷口が浅いうちにあっさりと負けを認め、撤退の判断をしたレオは、戦闘に関してはさすがの才能だと言えるだろう。
だが
これでレオが負けた。
ここ数か月王国各地で反乱を鎮めた苦労が水の泡になる。アークもウォーデン家のため、打てる手を打たなければならない。
アークは急いでユリアが待機している小屋へと向かった。
「アーク様、、」
「ユリア。レオが撤退の決断をした。」
「そうですか。大変なことになりますね。」
「ああ、レオは勝てなかった。いや、貴族たちから見れば辺境伯に戦わずして負けたと言ってもいい。今まで一通り鎮圧してきた貴族たちが再び反乱を起こすことも十分に考えられる。」
「レオの兵士たちは疲れています。人数的にも一度負けたらその時が彼らの最後ですね。」
「その時に俺たちも巻き込まれないようにしないと。」
アークはそう言いながら金属の箱を開け、まだ濡れていない紙を取り出した。
「ユナはいるか?」
「はい。近くの山に身を潜めています。」
アークに従ってついて来てくれているのはユリアだけではない。ユナも少し離れた位置からアークを見守り、必要に応じてミカンダとの連絡係を担ってきていた。
「今から手紙を書く。大至急ユナに届けてくれ。」




