決別
レオの兵士たちは逃げる敵を追って本拠地に入城した。イワン侯爵は本拠地すら捨てて逃げ出したらしい。他の貴族に匿ってもらおうとでも思っているのだろう。
これまでに征服した都市ではレオの兵士による略奪、暴行、放火など散々な目に合ってきた。しかしこの町は侯爵領ということもあり、結構豊かな町であったため、大量の食料と金貨を差し出して町の安全は確保された。
レオの兵士は敗残兵を次々と捕まえて陣営に帰って行く。逃げられたら代わりに町の住民を攫っているケースもあった。
そんな中、アークはレオに呼ばれる。
「よおしアーク。レオポルドを連れて逃げた侯爵を追ってこい。」
「はっ。」
ウォーデン家とイワン侯爵家の因縁を知りながら、わざとアークに追わせるのか。ひょっとしたら彼なりにアークに気を使ったのかもしれない。「イワン侯爵をどんな目に合わせてもいいぞ」ということか。訂正だ。気を使ったというより褒美のつもりだろう。レオは大真面目に褒美のつもりでアークに任せたに違いない。そういう人間だ。
ユリアを含めた3人で山道の中、馬を走らせる。レオ軍と反対方向にある雑木林に適当に入っただけだったが、明らかに直前に大人数が通ったと分かる跡がある。きっとこの先に侯爵はいるだろう。
「いやあアーク君はすごいなあ。こんなに早くレオ様に名前を覚えてもらえて。」
レオポルドは子供のような体形をしているが、子供とは程遠いようなねっとりとした口調で話しかけてくる。
「名前ですか?」
「あの方は人の名前を覚えるのが苦手で、、苦手じゃないか。もともと覚える気がないんだよ。どれだけ人に興味がないんだって話だけど。」
「確かにレオ陛下が人の名前を呼んでる記憶がありません。」
「5人もいないんじゃないかな。名前を覚えている人。あのクーレオだってまだ名前覚えてもらってないんだぜ。」
「そうなんですか。側近なのに。」
「あんなに早く覚えてもらった君がすごいの。レオ様の一番弟子であるこの僕より早いんじゃない?あの方に認められたのって。」
ニヤニヤしながら話しかけてくる。なぜだか分からないが少し苦手だ。
商人時代からそうだ。見るからに乱暴そうな男より、意外とこういうネチネチとしたような人間が襲ってきたりするものだ。
「あっもう見えてきた。敵の背中が」
アークが目を凝らしてみると、木々の間から兵士たちがチラチラと見える。ざっと50名ほどだろうか。馬に乗っている者はおらず、徒歩で逃げているため、思ったよりも早く追いつくことができた。
レオポルドが矢を放つ。物凄い早さだ。しかも飛んでいく矢を見て初めて気づいたことであるが、同時に2本の矢を放ったようだ。
「ぐあっ」
背中に矢が刺さった兵士が悲鳴を上げて倒れる。だが、他の兵士たちは助けることもなく逃げていく。
「侯爵をお守りしろ!」
覚悟を決めたのか逃げていた騎士が振り返り、剣を抜いてこちらへ向かってくる。騎士だけ豪華な鎧を着ており、レオポルドの矢がうまく刺さらない。
「ここは私が」
矢継ぎ早に放たれる矢を体中の鎧で受けながらどんどん突進してくる騎士にアークはビビっていたが、後ろにいたユリアが馬を走らせる。ユリアは騎士と交差する直前に馬から飛び上がると、あっけに取られて一瞬反応が遅れた騎士に頭から剣を叩き込んだ。
「ヒュー」
鮮やかに仕留めたユリアをレオポルドが楽しそうに茶化す。
その後、残っている兵士たちはユリアとレオポルドによって次々と倒されていった。
アークは木々の間をぬって逃げようとしている者を見つける。間違いない。金色に光る鎧、美しい青で染められたマント。貴族だ。イワン侯爵に違いない。食い止めようと必死に戦っている部下を見捨ててさっさと逃げようとしている。
アークはユリアたちの乱戦に巻き込まれないように遠回りしながら、侯爵のあとを追った。しばらく馬を走らせていると、侯爵が休んでいるのが見えた。遠目に見てもかなり太っている侯爵は長く逃げられないらしい。
アークは近づいて声をかける。緊張のあまり息がカラカラになっていた。
「イワン侯爵ですか?」
「おお。なんだお前?」
「男爵のアーク=ウォーデンと申します。」
「男爵か。さっさと助けろ。」
まさかレオに味方する貴族などいないと思っているのか、周辺の貴族から情報が何も入ってきていないのか、侯爵はアークを仲間だと思ったらしい。そして男爵という爵位を聞いた途端に横柄な態度になった。
アークは息を呑んだ。
何ということだ。侯爵は覚えていないのだ。ウォーデン家を覚えていないのだ。
アークが茫然としていると、何もしようとしないアークに苛立ったのか侯爵は少し大きな声を出した。
「なんだ?見返りが欲しいのか?これだから低級貴族は。分かった分かった。もし私が助かれば、その時はルイ陛下に上奏して子爵にしてやろう。」
「ほら、これでいいだろ。さっさとわしにその馬をよこせ。」
アークは侯爵の言葉を無視してうわ言のように呟く。
「ウォーデンという名前に聞き覚えは。」
「は?ウォーデン?、、、、!!!」
侯爵の顔は一瞬で驚愕の表情に変わった。
どうやら覚えてくれていたようだ。
不思議なことにアークは少し嬉しかった。いや、忘れられていたことにショックを感じたことの裏返しだと考えれば、別に不思議なことではないかもしれない。
「お久しぶりです。イワン侯爵。といってもお顔を拝見したのはこれが初めてですが。」
「どうしてお前がここにいる。はっ、ま、まさか。」
「ええ。今はレオ陛下の下で動いております。」
侯爵の顔は真っ青になる。
ああ、レオの配下になって良かった。
アークは心の底からそう思った。兄たちの苦労だとか、他の貴族からの嫌がらせだとか、民衆からの怯えた眼差しだとか、レオ没落後の心配とか。そんなことは今はどうでも良いことだった。アークは心の底から幸福を感じていた。
「ご存知かと思いますが、1年前のあの襲撃で父が亡くなり、私が後を継ぎました。」
「ま、待て。わしに復讐する気か?だが、あれは亡きゼロルド国王陛下に認めてもらったことだ。お前たちも新しい領地をもらったではないか。」
確かに侯爵の言う通り、旧ウォーデン領への侵略行為は王国に事後承認された。全く納得はいかないが、これに対して復讐することは侯爵だけでなく、王国への反逆行為である。
だが、なんだ。今の国王はレオなのだ。そしてアークはレオに気に入られているのだ。前王時代の取決めに違反したからと言って誰がアークを裁けるだろうか。それに、今から侯爵を殺すのはアークではない。「レオ国王陛下の軍」なのだ。
アークの据わった目を見て侯爵はますます怯える。ついには土下座をして命乞いを始めた。
「わ、分かった。返す。旧ウォーデンの土地はすべてお前たちに帰すように国王陛下に上奏する。君のお父上の賠償もきちんとする。何でもする。だから命だけは、命だけは勘弁してくれ。」
「イワン侯爵。旧ウォーデン領はいりません。これは私の過去への決別です。私はミカンダの領主として生きていきますよ。あなたとはサヨナラです。」
アークはそう言って剣を振り下ろした。
直接人を殺したのは初めてだったが、土下座の格好だったので簡単に首を斬れた。
転がっている侯爵の首には見向きもせず、アークが帰ろうと振り返るとユリアが直立不動で立っていた。
いつからいたのか。
間違いなく見られた。
だが見られたからなんだ。俺は正当な行為をしたのだ。
アークは内心動揺しながら、ユリアの血まみれの顔を布で拭う。
「ユリア、こんなに血まみれになって。」
「アーク様。すべて返り血です。私は傷一つありません。敵兵は全滅しました。」
「そうか。さすがだなユリア。」
アークはそう言って足を進める。
面と向かっては言えなかったが、お互い背中を向けている今なら言える。
「俺のことを軽蔑するか?」
少し沈黙があった。
「アーク様は私を救ってくださった。恩人をどうして軽蔑することがありましょうか。」
意外とはっきりとした口調でユリアは言った。
アークが振り返ると同時に、ユリアも振り返った。
「ただ。」
二人の目が合う。ユリアの目にはうっすらと涙があった。
「アーク様が少し遠くに行ってしまったように感じます。」




