イワン侯爵との戦い
数日後、レオとイワン侯爵が戦闘状態に入った。
アークは戦場から少し離れたところで様子を見ている。イワン侯爵軍が目に見えて動揺しているのが遠くからでもわかる。
イワン侯爵が戦っているのは味方だ。正確には味方だった兵士たち。ともにレオに対して反旗を翻した南部貴族の連合軍だった。
「まさかこんなに戦闘を楽にする方法があったなんて。」
「アーク殿は素晴らしい作戦を思いつきましたな。」
レオの兵士たちが口々にアークを讃える。彼らの仕事は捕虜がしっかりと戦うように後ろから弓矢を構えているだけだ。たまに逃げ出そうとする捕虜がいたり、手をぬいている捕虜がいれば射殺するだけである。
「ひゃひゃひゃ。もともと味方だとしても関係ない。生きたければ敵を殺せ。」
レオも満足そうだ。
悪魔の作戦とは仲間同士に殺し合いをしてもらうというものだ。こうすればレオの兵士自身は手を汚す必要なく反乱を鎮圧することができる。
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数日前
「陛下。今まで戦ってきた貴族の捕虜や敗残兵はどうしておられたのですか?」
「ああ?えーっと。全員殺していた。」
「悪魔は自分の眷属を作り出し、自らは戦わずして勝利を得ていたと伝えられています。それと同じです。1を占領するとそこで得た捕虜に2を攻めさせる。2を占領するとそこで得た捕虜に3を攻めさせる。これで陛下の兵士が直接戦わなくても永遠に敵を倒すことができます。」
「ほう。」
初めてアークから作戦を聞いたときのレオの反応は意外にもいまいちなものだった。武人としての実力は確かなものがあるレオにとって、その作戦の穴は容易に指摘できた。
「敵同士で戦ってもらうというわけか。面白い案だが致命的な欠点がある。捕虜が俺のために敵と全力で戦うわけがない。どうせすぐに寝返って敵と一緒に襲い掛かってくるだろう。」
「対処は簡単です。後ろで陛下の兵士たちが弓矢を構えておけばいい。少しでも戦うことを躊躇えば射殺すればよいのです。あるいは『裏切れば故郷が灰燼に帰す』とでも脅せばよいでしょう。」
「ひゃひゃひゃ。なるほどなあ。面白い。早速次の戦いで使ってみよう。」
一応、最大の懸念事項である士気の問題についてはアークの言葉に納得をしたようだった。
仲間同士を戦わせるというのはいかにもレオが喜びそうな非道の作戦である。実際、レオは非常に満足し、戦いが待ち遠しいとそわそわし始めた。
「商人。お前の名前はなんだ?」
「アーク。アーク=ウォーデンと申します。」
「アークか。覚えておこう。」
人の名前をめったに覚えないと聞かされていたアークだったため、名前を聞かれたことには驚いた。これはレオに認められたということだろうか。少しだけ嬉しいが、全く誇らしくはない。それどころか、嬉しさの何十倍もの後ろめたさを感じた。
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この前まで一緒に戦っていた味方の貴族の兵士たちから攻撃されて、イワン侯爵軍は混乱状態になる。
「どうしてだ!?」
「一緒にレオを倒すと誓った仲ではないか!」
イワン侯爵の兵士からそのような言葉を発せられても、捕虜たちは攻撃をやめない。それどころか血気盛んに攻撃を続ける。
「くそう、、斬れない。俺はできねえよ。」
一人の若い捕虜が剣を空に投げた。仲間同士で戦うことが馬鹿らしくなったのか。捕虜としてレオのために戦う自分に嫌気がさしたのか。彼は攻撃をやめた。
「馬鹿!手を止めるな!」
隣の同僚が慌てて注意しながら振り返る。するとその兵士は既に立っていなかった。頭と胴体の鎧を見事に避けて、首に矢が深く突き刺さっていた。
「くそっ」
誰が彼を殺したか分かっているが、捕虜たちは誰も振り返ることはできない。戦っていないとみなされて矢が飛んでくる。
「許してくれ、、お前らを殺さないと俺たちが死ぬんじゃ!」
捕虜たちはそう叫びながら打倒レオで団結した盟友たちに斬り込んでいった。
数は2倍以上の差があるものの、捕虜たちは文字通り命がけである。すぐ後ろでレオの兵士たちが矢を向けて立っているという事実だけで普段の数倍の力を引き出した。
こうして戦線は、徐々にイワン侯爵軍が押されていった。
この様子を見ていたレオの仕上げのタイミングは絶妙だった。
「よしお前ら、そろそろ行くぞ。騎乗!!」
戦場を眺めるだけでお預けを食らっていた兵士たちは、自分たちの出番に歓声を上げて馬に乗る。
「突撃いいいいい!!!!!!!」
レオの一言でレオ軍の騎馬が戦線に突入してきた。
捕虜相手ですら膠着していたイワン侯爵の軍はひとたまりもなかった。戦線はあっという間に総崩れになり、レオ軍の勝利に終わった。
一瞬で結果が決まり、少し拍子抜けしたレオが物足りなそうに剣の血を洗っていると、先ほどまでボロボロになって戦っていた捕虜たちが恐る恐るレオの元にやって来る。
「おれらは元の町へ帰っていいのでしょうか。」
レオはニヤリと笑った。
アークは嫌な予感がほとんど確信に変わり、レオの側で待ち構える。
「ひゃひゃひゃ。お前ら全員で殺し合って生き残った一人が、、、」
やはり予想通り!
「陛下!」
「なんだアーク?」
アークのツッコミに対して、レオは心の底から分からないというようなきょとんとした顔になる。会話に割り込んでくるなど、普通なら激怒してもおかしくない。しかし、よほど機嫌がいいのか、それともアークを気に入ったのか、レオは特に怒ることなくアークの発言を許した。
「約束と違います。彼らは戦いに勝ったら解放されると信じて必死に戦ったのです。」
「別にいいじゃねえか。殺すも生かすも俺の勝手だ。」
どうせレオだからこんなこと言って約束を反故にすると思っていた。そのため、反論も用意している。そんな簡単に約束を破ってしまうと後々困るのだ。
「必死に戦ってもどうせ死ぬとなると、これからまともに戦ってくれません。それどころか敵に寝返ってしまいます。」
「む。確かに。」
捕虜の気持ちを考えたこともなかったのか、そもそも人間の気持ちには興味が全くないのか。レオはアークの指摘に虚をつかれたような顔をした。
「俺はこの作戦が気に入ったんだ。しばらくはこれをやりてえな。よし!いいだろう。約束通りお前らを解放する。どこへでも行きやがれ。」
レオはしっしっと手を振ると、解放された捕虜たちは心の底からホッとしたような顔を見せながら、気が変わらないうちに急いで出て行った。
「ひゃひゃ。アークの作戦のおかげでなかなか楽しかっ、、おおおおおおおおおおおい!!!!!てめえら何休んでんだああ!?ほとんど何もやってないだろう。さっさと次の戦いに向けて男を一人でも多くとっ捕まえてこいやあああああ!」
アークの働きを労おうと近寄ってきたレオは、その視線の先にのんびりと休んでいる兵士たちを認めると、アークへの言葉はすっかりと抜け落ちて大声を張り上げた。間近でレオの癇癪が発動してしまったため、アークは一礼だけすると慌ててレオから離れていった。




