悪魔の戦い
南部の貴族の連合軍を散り散りに敗走させたレオは、引き続き残っている反抗的な貴族たちの制圧を進めようとしていた。
「今から南部の貴族どもの残党を殲滅する。30分で出発するから兵士たちに準備をさせておけ。」
「へ、陛下。」
いつものように僅か30分での準備を命じたレオに向かってクーレオが恐る恐るといったように体を縮こませながら申し上げる。
「ああ?」
「我が軍は連戦連勝ですが、絶えず何倍もの敵を相手にしております。兵士たちの疲労は極限まで達しておりますのでどうかしばらくの休息をお与えください。」
アークはこのクーレオという武将を評価していた。戦いでは常に最前線で大斧を振り回しており、一般の兵士以上に戦っている。また、毎回レオの八つ当たりの矛先になり、殴られ蹴られ散々ひどい目に合っているが、それでも自分が言うべきことは言う。兵士たちからの信頼が厚い理由もよく分かる。
「やれやれ。何のために占領地で略奪を許可していると思ってんだ。ご馳走めがけて発奮させるためだろうが。さては昨日の町で女相手に精力を出し尽くしたかあ?」
レオはぶつくさと不満を呟いていたが、さすがに最近兵士たちを働かせ過ぎているという自覚はあったらしい。部下に言われたことに苛立ちながらも最終的には認めた。
「くそが。2日だけ休みを取ってやる。兵士たちを休ませろ。」
「ありがとうございます。」
「ああ、そうだ商人。」
レオがアークの方を向く。その隙にクーレオがそそくさと出て行った。
アークもできるだけレオと関わりたくないのだが、向こうから話しかけて来られたら応じざるを得ない。
「これからの相手はお前と因縁があるそうじゃねえか。」
「誰ですか?」
すっと心の奥が冷える。
まさか、、
「えーっとなんだっけ。ここいらで一番大きな貴族。確か侯爵だったような。」
「イワン侯爵ですか。」
レオはいつも通り名前を覚えていなかったが、きっとイワン侯爵で間違いないだろう。
イワン侯爵。
南部の貴族たちと戦うと聞いたときからもしかしたらと思っていたが、やはり反乱軍に参加していたのか。いや、イワン侯爵は南部では最も高位であるからむしろ反乱軍の中心かもしれない。
顔は直接知らない。
だが、その名前は一生忘れないだろう。
アークがこの若さで領主であるのも、ミカンダのような田舎で一生懸命開発を進めているのも、すべてはこの貴族が原因である。
もう1年以上前のことになってしまった。
突如としてイワン侯爵の率いる兵3000が旧ウォーデン領に侵攻を開始した。アークたちは慌てて兵をかき集めて対抗しましたが、奇襲攻撃に耐え切れず敗走。当時の当主であった父はその最中に矢を受け、間もなく死亡した。
アークは襲撃してきた侯爵家の厳正な処罰を国に求めたものの、王国はイワン侯爵家に対してたいした処罰をしないばかりか、ウォーデン家の側に領地の鞍替えを命じたのだ。
そう。すべてはここから始まったのだ。
もしこんなことが起きなければ、まだ父は存命であっただろう。アークたちはこんなしんどい思いをせず、幸せに暮らしていたはずだ。イワン侯爵には何も罰さずに甘やかしていた王国に代わり、罰を受けさせなければならない。
ふと、幼いころに父に読んでもらった悪魔の本を思い出した。
「アークよ。この悪魔を見なさい。どうしてこんなに長生きできたと思う?」
「はい父上。悪魔が強かったからでしょうか。」
「ははは。この本をちゃんと読んでみよ。悪魔は最期、村の少女によって倒されるんだぞ。」
「そうでした。じゃあどうして弱いのに人間を追い詰めることができたのでしょうか。」
「この悪魔はな、毎晩毎晩自分の眷属を作り出した。そして人間との戦いでは眷属に戦わせて自分は戦わなかった。」
「なるほど。それだけのことだったんですね。言われてみれば簡単なことです。」
「商人も同じだアーク。戦いは血の気の多いやつに任せておけ。勝とうが負けようが戦った時点で金がかかる。私たちは後ろで商売しながらのんびりするのだ。」
「わかりました。父上。」
唐突に思い出した悪魔の戦い方。そして、その戦い方の応用をひらめいた。
久しぶりに父のことを思い出したからだろうか。
それともこの戦い方でイワン侯爵家を絶望のどん底に落とせということだろうか。
だが。
本当に良いのだろうか。
もし、この戦い方を伝授すればレオ軍はしばらく安泰だ。兵士たちの疲労も圧倒的に軽減することができる。しかし、これは同時に王国にとって地獄の時間が伸びるということだ。誰も幸せにならない時間が伸びるということだ。
しかし、俺は今レオ陣営だ。どうせレオと一心同体。
決してイワン侯爵が憎いからではない。レオ陣営の一員として、レオにとって有益な情報を提供するただそれだけ。ただそれだけなのだ。
「陛下。一つ戦い方に関して提案がございます。」
アークは静かな声でレオに提案した。




