皇女、ミカンダへ
カサブランカは王都から退避していたウォーデン家の職員に頼み込み、半ば強引にウォーデン領へ同行してから1週間、ようやくウォーデン領の近くまで来た。
夜になり、カサブランカが切り株に腰を掛けて休憩を取っていると、王都のウォーデン家邸宅で執事をしていたという老人がうやうやしく頭を下げながら報告にやって来た。
「カサブランカ様。まもなくミカンダからの迎えが到着するそうです。」
「ミカンダ?」
「失礼しました。ミカンダ地方とはウォーデン領のことです。」
「分かったわ。ありがとう。」
老人が馬車へ戻っていった後、カサブランカは息を吐いて真夜中の空を見上げた。さすがに夜は冷えるのでカサブランカ・セブンと身を寄せ合って体を温めている。焚火のパチパチとする音以外、何も聞こえない。
「こんなこと言ってはいけないけど、少し気持ちが安らぎますね。」
カサブランカが綺麗な星空を見上げていると、隊士たちの中から声が聞こえた。
隊士はみんな寝ていると思っていたが、第5隊士のマルティナだけは目を覚ましていたらしい。久しぶりに穏やかになっているカサブランカの顔を見つめている。
「そうね。思えば王都の外に出たのはいつ以来かしら。」
カサブランカも笑顔を見せた。
今までは貴族との関係性、レオとの関係性で心休まる日がなかった。しかし皮肉にも逃亡中の今だけは、身分を忘れて久しぶりのリラックスができているような気がした。
「今夜はあちらが夜の警備をしてくれるそうだから、私たちはもう寝ましょう。」
そう言ってカサブランカは深い眠りに落ちて行った。
翌日、一行の逃亡劇は終わりに近づいた。ウォーデン家から彼女らへの迎えが到着したのだ。
「領主からの命令でお待ちしておりました。イアンナ=ウォーデンと申します。こちらは冒険者兼第4都市町長のリシュ―です。」
「領主のアーク=ウォーデン男爵の姉です。」
第1隊士のフランがすかさずカサブランカに耳打ちをする。貴族の家族関係は彼女の頭の中に叩き込まれているのだ。
貴族の姉と聞き、カサブランカは馬から降りて礼をする。
「急に押しかけてしまってごめんなさいね。王国副王のカサブランカよ。といっても最近の混乱でみんな私が副王だったことなんて忘れてしまっているけどね。」
「押しかけるなんてとんでもございません。カサブランカ様を歓迎いたします。」
イアンナらは膝を地面につき皇族に対しての最大限の礼儀を尽くした。
それからはリシュ―ら冒険者が荷物を運び、道を先導したためスムーズに進むことができた。ミカンダ地方の境界のところまでは、、、。
「でけえ、、、てっぺんは雲がかかっているし」
「なんて大きさなの、、」
カサブランカ・セブンたちが口々に圧倒される。カサブランカもあっけに取られていた。
世界を分断するようにそびえたっている大山脈。皇族としては情けない話だが、自分の国にこのような巨大な山脈があるとは全く知らなかったのだ。
「この山脈を越えたところがミカンダになります。この山々を越えるのは一苦労ですが、今判明している最も簡単なルートを通ります。ご了承ください。」
リシュ―はカサブランカの顔色を窺いながら言葉を選んで言っていたが、意外にも彼女は上機嫌だった。
「ふふふ。今は立ちふさがっている壁かもしれないけど、一度越えれば私を守る要塞になる。いいじゃない。行きましょう。」
心のどこかで拭えないレオへの恐怖。しかし彼女にとってこの山脈は、自然が味方をしてくれると考えたようだった。
その後、一行は二日かけて山を越え、ウォーデン領へと入った。
「ここが第1都市です。ウォーデン領の中心都市になります。」
イアンナの先導でついにカサブランカは町に入る。今まで視察等で見てきた他の町とは違い、城壁がない。城門の代わりに少し大きな見張りの塔が立っており、その下ではアークを除いたウォーデン家の面々が出迎えていた。
「カサブランカ様。お待ちしていました。」
先頭の二人が頭を下げる。イアンナが二人を紹介した。
「こちらは弟で軍事を担当しているテュール、妹で教育を担当しているミネルヴァです。」
「殿下。姉弟が協力して領地を運営している貴族は多くありません。」
何て声をかけようか迷っていたカサブランカにすかさずフランの補足が入る。
「一人に権力が集中するのではなく、兄弟の絆で領地を運営している。それはとても素晴らしいことだわ。」
「ありがとうございます。」
大勢の民衆たちがカサブランカを一目見ようと集まってきていた。そんな中、冒険者たちが民衆の整理をしながら開けた道を導かれるように進む。大きな広場の向こうにひときわ大きな建物が見えた。役場兼ウォーデン家の館らしい。
その役場の最上階、「領主室」と書かれた大きな部屋にカサブランカ一行は入った。中にはアークが待っている。
「カサブランカ様。お待ちしておりました。ミカンダ領主のアーク=ウォーデンです。」
「久しぶりね男爵。ハバロフ招集の晩餐会以来かしら。」
「ぜひ男爵ではなく名前で呼んでください。我々は領地を挙げてカサブランカ様を歓迎いたします。」
「ありがとうアーク。迷惑をかけるわ。」
意外と挨拶はあっさりと終わった。アークはカサブランカが都を脱出した理由も、こんな田舎にやって来た理由も何も聞かなかった。それとも既に知っていたのだろうか。
何はともあれ、カサブランカたちには大きな客間が用意されていた。大急ぎで用意したのだろうか、人数分の大きなベッドが用意されており、長い旅路で疲れ切っていたカサブランカたちは着替えもそこそこに、ベッドに飛び込んだ。
みんなが休んでいる中、第1隊士のフランだけが館の外に出た。ウォーデン家の領地に違和感を覚えたからだ。彼女は皇女であるカサブランカを支えるために徹底的に教育を受けてきた。その中で各領地の人口規模、農業生産量、工業生産額なんかも頭の中に入っている。
その彼女にとって、ミカンダ地方のイメージは「ただでかいだけの田舎」というものだった。非常に大きく、肥沃な土地や様々な鉱石があるものの、大きな山脈に阻まれているため、開発が行われないままほったらかしにされている。
そのためこんなに人口が増えているとは予想外だ。ウォーデン家がミカンダ領主になってからというもの、何かが変わっているはずだ。そもそも彼らはもともと商人である。土地の開発なんてお手の物だろう。
カサブランカがウォーデン家と手を結んでよいのか。この地方を自分の目で見て確かめなければならない。
フランが館を出るとその瞬間、館の前に直立不動で立っていた若い女性が歩み寄ってきた。服装を見たところ冒険者だ。見知らぬ人物に近づいてこられるのは職業柄警戒してしまうが、相手は満面の笑みだったので一応お辞儀をする。
「親衛隊のフラン様ですね!本日領主からフラン様の都市の案内を仰せつかりました。3級冒険者のミーアと申しまする!領主からはこれからカサブランカ様との関係を深めていくにあたり、何も包み隠さずに紹介するようにとのご命令が来ておりますゆえ、何でも聞いてください。わたくしは一介の冒険者に過ぎませぬが、このミカンダで生まれ育った叩き上げの冒険者です!わたくし以上にこの地方を知り、経験している人物は他にいるでしょうか、いや居ませんぞ!」
「え、ええ。よろしくお願いいたしますね。」
握手をブンブンとされてフランは迫力に飲まれながらも頷いた。しかし、今目の前にいる冒険者以上に気になったのは、どうしてフランが出かけるのが分かっていたのだろうか。散歩の名目であちらこちらを偵察するつもりだったのに、いまこの冒険者が迎えに来ている。まるでフランの癖というか特徴がウォーデン家に知れ渡っているようだった。
しかしせっかく案内してくれるのならば、堂々と質問をしてやろう。別にカサブランカとウォーデン家は敵対しているわけではないのだから。
「それにしてもここは随分と新しい町ですね。」
「ええ。我が領地は先日大学を開校いたしました。私は上層部ではないので詳しいことはわかりませぬが、なんでもミネルヴァ様が役人の学校、テュール様が軍人学校、リシュ―様が冒険者学校を建設して欲しいとバラバラに訴えたそうであります。その結果3つの学校をまとめた大学校ができたそうですね。」
大学校か、、この町には田舎に似つかわしくないほど若者が多いと思っていたが、様々な種類の学校が建設されていたというわけだ。
「そんなにあっさりとできるものなんでしょうか、、」
「わたくしを含めたミカンダの人々も驚きました。テュール様やリシュ―様でも数年の準備を考えていたそうです。しかし、ミネルヴァ様は違いました。やはりあの人は商人の血が色濃く受け継がれておられる!」
「どのような方法を使ったのですか?」
「いやなあに。言われてみればたいして難しいことではございません。ただ現在の混乱している王国に怯えている人々にアッピールしただけです。『ミカンダはこんなに安全だ』ってね。あとは役人にも冒険者にも軍人にもなれる選択肢の多さを強調したりしたと聞いておりますね。その結果、国中から優秀な生徒や教師たちが集まってきたというわけです。」
「なるほど。」
ミーアと名乗る冒険者は自分のことを監視する役目を持っているのかと警戒していたフランだったが、あまりにもベラベラと内情を話してくれる彼女を見ているとどうやら本当に案内係だったらしい。ウォーデン家がフランへの好意で用意してくれていたようだ。
「これからミカンダは成長しますよ!生まれてこのかたミカンダで暮らしてきたわたくしが言うには間違いありません!王国を地盤から支える大貴族になること間違いなしです!」
興奮したように話すミーアを見ながら、フランも少し熱くなっていた。
(確かにここのウォーデン家は物凄い貴族だ。ミカンダに来てからそんなに月日が流れているわけでもない。しかし、既に成長する下地を整えつつある。カサブランカ殿下はとんでもない貴族と知り合えたものだ。この幸運を絶対に手放してはならない。何としてでもウォーデン家をカサブランカ陣営に引き込みたいものだ。)




