旧ウォーデン領(2)
そして二人はついに旧ウォーデン領の中心都市であったテルダへとたどり着いた。
イワン侯爵家の奇襲の時は大混乱で避難したため、あまり領地の様子を見ることができなかったが、ウォーデン家の避難によってたいして戦闘らしい戦闘が起こらなかったことからそんなに荒らされてはいなかった。略奪や暴行などの悪行が行われたわけでもなく、平和的にイワン侯爵領に移ったらしい。
「ここがアーク様の領地、、、」
「『元』だけどね」
あっけにとられたようにユリアは町を見ていた。確かに王国の端っこにあるとは思えないほどの大都市だ。人口や町の賑わいは都ホリヌスと互角なほど発展している。
理由は単純だ。ここは他国と接し、王国と周辺国との間を繋いでいる商業都市である。さらに前領主であった父が商人に寛容な政策をとったこともあり、王国中から商人たちが集まっている。商業ギルドは都にある本部よりも大きな建物が建っているし、ここに売られていないものはないと言われるほど品ぞろえもそろっている。
しかし、父が領主だった時と比べて、こころなしか商人の数が減少したような気がする。その違和感のことも含めてまず初めの目的地は商業ギルドだ。
「人々にバレて騒ぎになる前に早いとこ商業ギルドへ向かおう」
朝早くに着いたため、まだ商業ギルドが開く前だった。しかし、客がいないのはむしろ好都合でアークは構わず中に入っていく。
「申し訳ありませんお客様。まだギルドの開店時間ではありませんので、、」
「私だ。アークだ。」
駆け寄ってきた見覚えのある商人にアークはチラリと自分の顔を見せた。
「あっ、あっ、、アーク様!?」
思わず声を上げてしまい、ギルドで準備をしていた商人たちが一斉に振り返る。
「アーク様だと!?」
「おお、ご本人だ!」
アークの顔を確認した商人たちが押すな押すなでアークの元にごった返して駆け寄ってきた。
「よくぞご無事で」
商人たちは涙を流しながら旧領主の息子との再会を喜んだ。
「おい!正面玄関にカギをかけろ」
慌てたような声が飛ぶ。商業ギルドのギルドマスターを務めているハウサの声だ。
誰も言わなければアークの方からお願いするところだったがさすがは商人、どんな時でも可能な限りの危機管理を忘れない。
「アーク様こちらへ」
カギをかけて外から誰も入って来れない状況にしたところで、ハウサは応接室へと招いた。
「みんなも来てくれ」
アークは建物内にいたすべての商人たちを呼び寄せる。みな見知った顔だ。
「よくぞご無事でいらっしゃいました。」
「ああ。みんなも変わりがないようで安心した。事情は分かっているか?」
「都から少し情報が入ってきておりますが、突然イワン侯爵がやって来て新領主と宣言されて人々は混乱しております。」
商人のことだからある程度は情報を入手していることだろうが、念のためアークは当事者の身から事情をすべて話した。
イワン侯爵家からの奇襲で領主だった父が亡くなったこと。
そして、相手が一方的に悪いにもかかわらず、こちらが領地をミカンダ地方に替えられたこと。
ここはイワン侯爵家がそのまま支配を続けること。
もうウォーデン家がここを治めることがないと知った商人たちが落ち込んでいる。
「それで今はミカンダ地方に新しい領地をいただいてそこの領主になったのですか。」
「そういうことだ。そして商人ならある程度知っていると思うが、とにかくあの地方は人がいない。今は姉弟たちでなんとか運営をしているのだが、力をつけるにはもっとたくさんの人材が必要になるのだ。」
今回の訪問の最大の理由はこれだ。旧領地からの人材の引き抜き。ここは父の政策の成果もあり、優秀な人材が集まる土壌ができている。この人材を引き抜いて人材不足のミカンダ地方に送り込みたい。
「だから、ウォーデン家がミカンダ地方に移ったという情報を広めてほしい。この領地で育ったたくさんの優秀な人材の協力が必要なんだ」
自分で情報を流すのは侯爵家との関係でリスクも高い。露骨に引き抜きするのも同様だ。だから、あくまでウォーデン家の新しい領地を広めてくれるだけでいいのだ。やる気になってくれた人材の方から来てくれるだろう。
「わかりました。喜んでお手伝いさせていただきます。」
「アーク様、我々もミカンダ地方へお供してもよろしいでしょうか?」
商人の一人が言った。アークにとっては意外な言葉だ。
「それはとてもありがたいが、正直商人にとってここに比べてミカンダ地方はそんなにうまみのある土地ではないぞ。」
「それがそうでもなくなったのです。」
ギルドマスターのハウサが解説する。
「男爵様は我々商業ギルドに自治を認めてくださり、毎年一定の税金をお支払いしさえすれば、私たちは自由に商売をすることができました。しかし、新たに領主となったイワン侯爵は我々が稼げば稼ぐほど税金をたくさん徴収するようになり、あまり商売の利益を出すことができないのです。」
「そういうことか」
無知だな、、
税を厳しくすることに何の意味があるのだ。軍事や社会保障に使うのならともかく、どうせ貴族らしい贅沢な生活を維持するために使っているだけなのだろう。商人は利益によってのみ動く。税を重くしたら離れていくのは当然のことだろう。
「商人でももちろん歓迎する。いつでも来てくれ」
「ありがとうございます。準備が整い次第、移住を希望する商人たちを引き連れて移動したいと思います。」
まさか商人まで来てくれることになるとは思わなかったので嬉しい誤算だ。とにかく旧領民たちに現在の居場所を伝えることができたのは今回の目的の一つでもあったので無事にうまくいき一息ついた。
「よろしく頼むよ。じゃあ」
「お元気そうなお顔を見れてホッとしております。本日はありがとうございました。」
商人たちが頭を下げるなか、アークはロビーで待っていたユリアを連れてギルドから出て行った。
「アーク様、お次はどちらへ」
「東に数日行くとソンミ村という集落がある。シービ教団という異教徒たちの根城だ。今回の訪問の目的の二つ目だ。」
目的の二つ目は貴族として、商人としての命ともいえる情報網の復活である。アークは教団が健在であることを祈りつつ出発した。




