旧ウォーデン領(1)
ユリアを買い取った翌日、早速旧ウォーデン領に向かうことになった。目的はかつて従っていた部下たちを引き抜くことだ。さすがに新しい領地は田舎なので何人来てくれるかはわからないが、圧倒的に人手が足りない状況なので少しでも人材を揃えておきたい。
「では行ってくる」
「アーク様、やはりイワン侯爵家に見つかった時が心配です」
「大丈夫だよセバス。ユリアも雇ったしそんなに長居をするつもりはない」
使用人たちが心配そうに見送る。特に先々代の商人時代からウォーデン家に仕え、現在は都の邸宅の管理を任されている執事のセバスは目に涙を浮かべていた。
「そうだった爺。いまミカンダ地方の開拓を行っているのだが、如何せん人手が足りない。この屋敷からも人を可能な限り送って欲しい。」
父は余裕こそが緊急事態時に最も大切になるという信念の元、かなりの人数を屋敷で雇っていたはずだ。優秀な人物ばかりだろうから何人かミカンダ地方に送りたい。
「かしこまりました。手の空いたものが3名ほどおりますので、とりあえずその者たちから派遣します。」
「ありがとう。ではユリア行こうか。」
他に都で優秀な人物がいたらスカウトすることも頼んでおいた。長らく父の右腕として多くの人と関わってきた老年ならではの経験が役に立ってくれるだろう。
王都から旧ウォーデン領までは馬車で1週間ほどかかるが、今回は馬に乗って飛ばしているから3日ほどで着きそうだった。あまりのんびり行っていると盗賊や魔物に狙われるリスクがある。
今回の訪問は新領主となったイワン侯爵に見つかると面倒くさい事態になってしまうので、なるべく隠密に行う必要がある。そのため冒険者の護衛なんかは雇わず、ユリアと二人だけの旅だ。
「ユリアはなぜ奴隷になったんだ?」
2日目の夜、野営の準備をしながらアークは尋ねた。前日はお互いに気を遣って会話もないまま寝てしまったので、思い切って身の上の話をしようと思ったのだ。
「ああ、言いにくい質問だったら答えなくていい。ただ会話のネタが欲しかったものだから。」
ユリアは少し時間をかけて思い出していたが、話すことがまとまったようでぽつりぽつりと話し始めた。
「私は気づいたときから孤児院で育てられました。孤児院は貧しく、小さい子供たちは満足にご飯を食べられることができず、冬の間は薄い布にくるまりながら身を寄せ合って生きていました。だから、私はみんなのために強くなろうと思ったんです。」
「そして、6歳ころから毎日必死に剣の素振りをしました。10歳ころから地元の剣の大会に出場するようになり、15歳の時についに大会での活躍が商人の目に留まり、買っていただいたのです。」
小さなころから他の子供たちのために一生懸命に努力をしていたユリアに感心した。やはりアークの目に狂いはなかった。努力を根底にした実力は揺るぎようがない。
「そうだったのか。少しつらいことを思い出させてしまったかもしれない」
「そんなことありません」
暗闇に少しの沈黙が訪れる。
「ねえアーク様、私からも一つ聞いていいですか?」
「どうした?」
「もし私よりも強い剣闘士がいたとしたら、私ではなくその剣闘士を買ったということでしょうか。」
アークは一瞬戸惑ったが正直に言うことにした。
「俺は今から始まる旅の護衛のために剣闘士を探していたからな。人格や年齢なんかもあると思うけど、基本的にはそのつもりだったよ」
ユリアは分かってはいたが、改めて言われるとやはりショックだ。
あの日もし実力を発揮できていなかったら
あの日もし自分の出番がなかったら
もし自分より強い剣闘士がいたなら
自分はここにはおらず、今でもじめじめした宿舎で寝ていたことだろう。そう考えると今の状況はまるで夢の中で、今にも目が覚めて現実に引き戻されそうな脆さがあった。もうあんな所には戻りたくない。ユリアはこれが夢じゃないように何度も心の中でお願いした。
俯いているユリアの頭にアークが優しく手を載せる。
「そんな顔をするな。選ばれたのはユリアだ。ユリアがあの日、あの場所で一番強かった。俺はそれに惹かれたんだ。」
「、、、ありがとうございます」
アークはユリアを慰めるように背中をさすった後、落ち着くのを待って優しく言った。
「まだ出会ってたったの三日だ。お互いのことはこれから深く知っていけばいい。」
「ふ、、深く!」
「ん?」
「あっ、いえ。何でもないです。」
女剣闘士の末路を知っているからこそ、いつ自分もアークにお手付きにされるのか気になってしまう。昨日もおとといもいつ夜這いに来るか気になってあまり寝られなかったのだ。ユリアの頭の中は完全にピンク色だった。
アークにその気はないだろうが、どうしても言葉の端を捉えて変に勘ぐってしまう。これではまるで期待しているみたいではないか!
「明日も早いからもう寝ようか。」
「はい、おやすみなさい。」
ユリアは変な妄想をしてしまう自分を戒めながら目を瞑った。




