剣闘士ユリア(2)
「その奴隷売ってくれるか?」
ユリアが目を開けると、戸口に若い男が立っていた。
「誰だあんた」
「客だ。その奴隷を売ってくれ」
客だとわかりオーナーは営業スマイルを浮かべる。しかし、まだユリアを剣闘士として使うつもりであるため、売る気は全くなかった。
「この奴隷はまだ売り物ではないんですよ。この剣闘士ショーの看板選手の一人でして。それに、金貨10枚とか金貨20枚で買いたいというお客様もいるんです。いずれにせよ剣闘士としての限界が来た後にオークションに掛けますので、それまで楽しみにお待ちください。」
「30枚やる」
男はオーナーの言葉を完全に無視して話を遮った。そしていきなり金額を言ってきた。
「は?」
「30枚出すから今売ってくれ」
「えっ、、ちょっ、、何を」
「どうだ?」
完全に男のペースになっており、オーナーがしどろもどろになっている。
オークションに掛けられる剣闘士の値段は男が平均20金貨、女が平均15金貨だ。容姿が整っており、買い手が多い女剣闘士でも30金貨の値が付くことはまずない。間違いなく「史上最高額の女奴隷」になる。
「一応看板選手なんです。今いきなり売れと言われても、、」
「50」
「いま何と、、?」
「50だ」
状況が呑み込めなくて戸惑うばかりのオーナーに対して、男はさらに金額を上げた。50金貨なんて前代未聞の数字だ。優秀な男剣闘士を2人買ってもお釣りがくる。
「冷やかしですか?そんな大金持っているはずないでしょう。そんなに金を持っている証拠を見せなさいよ!」
あまりに非現実的な数字を見せられて、逆に我に返ったオーナーが少し声を荒げると、男は静かに一枚の紙を取り出してオーナーに渡した。
「ほらよ。これを全国どこでも商業ギルドのウォーデン協会に持っていけばいつでも換金してやる。」
「ウォーデン協会の小切手、、ばかな!あんた一体何者だ!?」
オーナーは驚きのあまり声が裏返る。
ウォーデン協会はユリアでも知っていた。王国最大級の商人の組織であり商人ギルドで最も強い力を持っている組織の一つだ。いや、商人ギルドを事実上独占している協会といっても過言ではない。そして、その力は経済だけではなく、政治にも及んでいる。
「アーク=ウォーデン。位は男爵だ」
「あんたウォーデンの2代目か!?あの金貨1000枚で爵位を買った商人貴族の、、、」
「さあ、売るのか売らないのかはっきりしろ。」
「・・・・・・・」
宿舎と競技場を往復するばかりの生活を送っていたユリアにとって、敷地の外に出るのはとても久しぶりだった。話の展開が速すぎてユリアは状況が全くつかめない。
かろうじて認識できたのは、これからこの男がユリアの新しい主人になるということだけだ。
「私はアークだ。君の名前はユリアだったか?」
「はい。ユリアです」
「ユリア、付いてこい」
アークは馬をゆっくり走らせ、ユリアはその馬の後ろを走った。
(これはその気になれば脱走することが容易にできるのではないか)
走りながらユリアはふと我に返ったが、脱走奴隷が生きていけるほどこの国は優しくはない。それにアークはユリアが恐れていた変態飼い主のような雰囲気は持っておらず、「アタリ」のような気がしていた。
しばらく行ったところ、貴族たちの居住区の一番端にある質素な屋敷の前でアークは止まった。屋敷の中から数人のメイドたちが出てくる。
「おかえりなさいませアーク様」
「この者を風呂に入れてやれ。そして新しい服と食事を用意してほしい」
「かしこまりました」
メイドに引かれてユリアは風呂に入った。最後に風呂に入ったのはいつだったか思い出せないほど本当に久しぶりの風呂だった。メイドたちが髪や体を洗ってくれる。埃や泥、血なんかで汚れていたからだが、みるみるうちに綺麗になっていった。
そして広い風呂場から出ると、新品の服が用意されていた。泥や血がこびり付いておらず、汗の匂いもない。そもそも色がついている服を着るのが初めてだ。メイドが良く似合っていると褒めてくれた。
メイドに言われた部屋に入るとアークは椅子に座って読書をしていた。この部屋にベッドがあろうものなら覚悟してしまうが、どうやら書斎のようだったのでホッとしている。
「アーク様。こんなに良くしていただいてありがとうございます。それで、私は何をすればよいのでしょう」
アークは本から顔を上げた。
「ユリアは私の護衛だ」
「護衛ですか?」
「これから私は王国各地を巡って、優秀な人材を集めなければならない。毎回冒険者ギルドに護衛を頼むのも面倒だからな。ユリアに護衛をしてもらう。」
「どうして私なのでしょう」
ユリアは当然の疑問を発した。普通護衛のような仕事は男剣闘士の仕事のはずだ。女剣闘士はただ主人を喜ばせるのが仕事のはず。
「ここ数日、男剣闘士も含めてかなりの試合を見させてもらったが、ユリアが一番強かったからだ。かなり手加減をしていたのだろう?」
「私は貴族であるが同時に商人でもある。人を見る目の良さは父譲りだと思っている。だから、俺はユリアを選んだ。それだけだ。」
アークにまっすぐ見つめられても、ユリアは目をそらすことができなかった。
剣闘士になって以来、自分の強さで怒鳴られることはあったが、自分の強さを褒められることはなかった。それが今日初めて自分の強さをちゃんと評価されたのだ。孤児院で一生懸命練習していた昔の自分の苦労が初めて報われたような気がした。
負けたらオークション勝ったら終わりのない試合、周りの仲間が次々といなくなる中で孤独に生きていたのが過去のことになった。
「これからよろしく頼むよ」
「こちらこそ、、、命に代えましてもお守りいたします。」
ユリアは低い声でぼそぼそと答えた。気を抜くと涙声になってしまいそうだったから。




