剣闘士ユリア(1)
王都ホリヌスの競技場は今日も大観衆が入っている。不作や戦争で徐々に生活が苦しくなっていくのとは対照的に大盛況だ。人々はストレスの発散のため、少ない金を使って見に来ているのである。そして、特に人気だったのが女剣闘士の試合だった。
「いまだいまだいまだ!!!」
「やれぇ、早く脱がせえええええ」
男たちが客席から喚く。男たちの視線の先では二人の女剣闘士がお互いの服を破りながら組み合っていた。
片方が間合いを取り、剣を抜いて斬りかかった。しかし、半裸になっているもう片方の剣士はその剣を華麗にかわす。
「せやあああああ」
そして、かわした反動を使って、裏拳を叩き込む。相手は声もなくぶっ倒れた。
「勝者ユリア」
審判の声が響くと客たちは勝った剣闘士を讃え、負けた剣闘士を思う存分に罵った後ぞろぞろと帰り始める。
「相変わらず強ええなあ。剣すら使わないなんて」
「引退するときいくらで売れるんだろ」
楽しい試合が終わり現実に引き戻された客たちがそんな会話をしながら競技場から帰って行った。その日暮らしの労働者や冒険者たちにとって最も楽しい時間だ。
試合に勝利した剣闘士ユリアが待機場に帰ってくると、オーナーが顔を真っ赤にして待ち構えていた。また怒られるのか、とユリアはため息をつく。
「ユリア!お前はもっと苦戦して試合時間を伸ばせと言っただろう。そんなあっさりと決着がついたら客がつまらないだろうが!!」
「すみません。反射的に手が出てしまって」
「いいか?白熱したバトルとか力と力のぶつかり合いなんていうのは男剣闘士で腹いっぱいなんだよ。てめえら女剣闘士の仕事は男の喜ぶことをすることそれだけだ。その引き締まった体に汗を光らせながらくんずほぐれつするだけでいいんだよ。」
そして、手に持っていたワインをユリアにかける。ユリアは以前顔をそむけたことでさらにオーナーがヒートアップしたことを思い出し、避けずにワインを顔で受けた。
「明日は10分は試合を持たせろ。分かったか?」
「、、はい」
ユリアに説教をぶつけるだけぶつけて満足したオーナーは部屋から出て行こうとするが、その前についでのように敗者のエレメに声をかける。
「あと、エレメ。お前は明日オークションに掛けられることが決まった。せいぜい良い飼い主に買われることを願っているんだな。」
エレメだけでなく待機場にいたユリアたち他の剣闘士も息を呑んだ。
成績が悪い剣闘士は首になる。そして、首になった剣闘士は奴隷であるためオークションに掛けられるのだ。
男剣闘士は運が良ければ軍に入ったり、貴族や商人のボディーガードになったりするが、大半は大地主に買われて屈強な体がボロボロになるまで働かされる。一方の女剣闘士は金持ちの貴族の文字通りペットになる。女剣闘士を買う金持ちはマゾヒストももちろん多いが、強い女を徹底的にいじめたいというサディストも少なくない。特に女剣闘士にとって解雇は死刑判決と同じようなものなのだ。
「エレメ、、」
ユリアはエレメに駆け寄ったが、エレメは意外にも晴れ晴れしたような顔をしていた。
「大丈夫。私はホッとしている。食事も睡眠もろくに取れないでトレーニングに試合、もう疲れちゃったわ。でもそんな生活とは明日でおさらばね。これからは金持ちのペットとして可愛がられながら過ごすの。」
エレメは引きつった笑みを浮かべながら宿舎へと戻って行った。
その夜、ユリアはなかなか眠ることができなかった。これまでも買われていった同僚の女剣闘士は何人もいたが良い話は聞かない。エレメにはなんて言葉をかければいいかわからない。それでも、最後の夜は一緒に居てあげようと思った。
「エレメ?」
ユリアはエレメの部屋をノックする。しかし、何も返事がない。まるでその部屋には誰もいないかのように静まり返っていた。
嫌な予感が体中を駆け巡り、ユリアは深呼吸して部屋に入る。
エレメは居た。その姿は外から入ってくる月の光に照らされて青白く光っていた。しかし、彼女の足は宙に浮いている。
エレメは死んでいた。鉄格子に服を巻き付けて首を吊っていた。
翌朝、連絡を受けてやって来たオーナーが損失だなんだとぶつくさ言いながらユリアたちに埋葬を命じた。
男剣闘士が土を掘っている中、ユリアはエレメを綺麗にしながら死に顔を見つめていた。2年前、ユリアがオーナーに買われて競技場にやって来た時、初めて話しかけてくれたのがエレメだった。一緒にトレーニングして、試合もたくさんやって、王都のお祭りの時は宿舎を抜け出して軍のパレードを見たりもした。こんなあっさりと置いて逝かれるなんて思っていなかった。昨日の試合で私が負けていたら、無敗の私が負けていたらエレメの寿命も延びたのだろうか。
「ユリア、出番だ」
男剣闘士に呼ばれてユリアは慌てて準備をする。
「西門ユリア―ーーー」
柵が上がり競技場に入ると大歓声が起こる。今年に入って12勝0敗。ユリアはこの競技場の看板選手の一人になっていた。
対戦相手は確か3勝9敗。今日も負けてしまったらいよいよオークションがちらついてしまう。試合が始まる前から必死の形相をしていた。
「大丈夫。私は強い、私は強い」
ユリアは自分にひたすら言い聞かせた。
(エレメなんかと違う。私は負けない。売られることもない。)
さっきまで見ていたエレメの死に顔が頭に張り付いて消えない。必死に振りほどこうとしたが消えない。
(いつか負ける。今はまだ若いが、体力的に衰えた時に必ず負ける。負けた時、私は買われるのか。)
自問自答を続けていたユリアだったが、観客の歓声が大きくなって我に返ると、相手はすぐそばまで迫ってきていた。このままでは攻撃をまともに食らってしまう。
ユリアは反射的に足を踏み出し、剣が使えない間合いにまで近づくと、相手の顎に肘を突き出した。相手は肘をかわすことができずにそのまま突っ込んでしまい、脳震盪を起こして倒れてしまった。
試合時間はわずか1分、間違いなく史上最速だ。
「勝者ユリア」
審判の声が響くと、会場はブーイングに包まれる。
「はえーーーよ!」
「もっと見せろこの野郎」
結果ではなくあまりに短い試合時間に文句が付けられた。客たちが女剣闘士の試合に期待しているのはお色気だ。できるだけ相手と長く泥臭い試合をして客を楽しませなければいけない。
やってしまった。
重い足取りで待機所に戻ってくると、予想通りオーナーが鬼のような形相で待ち構えていた。
「お前、、昨日あれだけ言っただろうが。試合を長引かせろって。なんだ?奴隷のくせに反抗期か?」
怒りで震える声を出しながら、オーナーは鞭を持つ。
男剣闘士とは違って女剣闘士は体の美しさも商品だったから、鞭で叩かれることは今までなかったが、どうやら今から鞭で打たれるようだ。
言い訳をする気力もないほどにユリアは精神的に疲れていた。さっきからエレメの死に顔が頭の中を支配して離れない。だんだんとユリアも向こうに呼ばれているような気までしてきてしまった。
ユリアは無気力になってしまいうなだれてしまう。とりあえず目の前の痛みに耐えるため、歯を食いしばって目を閉じた。
そのとき、突如として室内に若い男の声が響く。
「おい商人。その奴隷売ってくれるか?」




