領地へ
山から降りてミカンダ地方に入った一行は、一番近くにあった街に入る。塀で囲まれているわけでもなく、戦争になると守りようがないだろう。どうやらここの住人は戦争とは無縁らしい。まあ、こんな田舎の街を攻める勢力がいないだけだろうが。
「ここがこの地方の中心か、、?」
一応地図ではミカンダ地方の中心という扱いになっているが、とてもそうは思えないほどにがらんとしている。こんな街が地方の中心なら、この地方はどれだけ人が少ないのか不安でしかない。
「人もほとんどおらずとてもすっきりしていていいね、、、」
ミネルヴァがこの状況に茫然としながら、力のないフォローをする。
「とにかく役所へと入ろう」
一行は町の中心に立っている2階建てのそれっぽい建物に入った。王都だったら一般の家並みの広さであるが、この町では一番大きい。
それぞれ部屋を物色する。予想よりは物が散らかっておらず綺麗になっているが、これは単に散らかるほど物が置いていないだけだ。
イアンナが眉をひそめて机の引き出しや棚をあさっている。
「姉さんどうしたんだ?」
机の下を探っていたイアンナは机からひょっこりと顔を出して、困ったように首を振った。
「行政文書がない。人口も戸籍も統計も何にもない。」
行政文書がない。
アークたちウォーデン家が来る前は、貴族ではなく国家の土地として中央から派遣された地方長官が治めていたはずだ。中央に送る税の額や、地方の財産状況など書類にしなければならないものは大量にある。それなのに行政文書がないというのはあり得ない話だ。
「お姉さま!これ、、」
ミネルヴァが暖炉を指さしている。暖炉をよく見てみると黒い炭が大量に入っていた。
「書類が燃やされている」
炭は明らかに木ではなく紙を燃やした時のように薄っぺらい。それに、季節的に最近暖炉を使うことはありえないはずだ。
「いやがらせか!?」
テュールが気色ばむが、イアンナは冷静に首を振った。
「確かにウォーデン家は他の貴族と相性が良くなかったけど、こんな地方長官にまで嫌われている覚えはないわ。これはきっと証拠隠滅ね。おおかた中央への報告より多くの税をとって私腹を肥やしていたんでしょう。」
こんな辺鄙な場所に派遣されるというのは一種の左遷だろう。左遷されるような人間が立派な政治をするはずもなく、自分のためにせっせと重税を取り立てていたのだろう。町の中に漂っている少し疲れたような雰囲気もきっとこれが原因であろう。
「商人としては見習わなければいけないな。、、、何でもない」
思わず言葉が出てしまったアークはミネルヴァに睨まれるとすぐに撤回した。
「この地方についての情報をまた一から作らないといけないわね」
「姉さんがいてくれて助かったよ」
アークはため息をついたイアンナの背中をポンと叩く。ウォーデン家の商業活動で最も重要な役割をはたしていたのがイアンナだった。各地の人口や年齢層、性別まで徹底的にリサーチをしてターゲットを絞り、需要がある商品をピンポイントで売り込んでいったのだ。こういった国勢調査の能力は国や貴族よりも優れている。
「よし、一からこの地方を開発していくんだ。アーク、兄弟で役職を決めてくれ」
テュールが気合を入れて言った。
「わかった。とりあえず姉さんは開拓官、兄さんは軍務官だね。」
イアンナは地方の現状把握、テュールは地方の軍事を任せる。
テュールは父の商人教育が身に合わなかったらしく、しばらくの間軍人学校に行っていた。成績も優秀で軍からのスカウトも来ていたが、爵位の高い貴族の子弟が優遇される軍部に嫌気がさして戻ってきたのだ。軍事の才能は非凡であるので、一切を任せることにする。
「ミネルヴァは、、何がやりたい?」
「私の希望はありません。お兄様が好きなようにお決めください。」
ミネルヴァはとても器用で博識だ。父はイアンナやテュールを自立させて鍛えたのとは対照的に、特に可愛がっているミネルヴァはずっと手元において鍛えるという方法をとった。医療、音楽、食、教育は一通りできる。
何でもできるため何をやらせればいいか迷ったが、アークは今後の領地経営で最も重要なことを任せることにした。
「じゃあ教育官にしよう」
アークが言うと兄妹たちは沈黙する。何かまずいことでも言ったのだろうか。
「治めている民衆は馬鹿であればあるほどいいって言っていたアークが教育に力を入れるなんて、、、」
「信じられない、、」
「やっぱりお父様が亡くなり、領主としての重圧がお兄様を変えてしまったのですね!」
三者三様に感慨深そうに言う。確かに、かつての領地ではそんな考えを持っていたが、そこまで言われるのはショックだ。
「これほど広い領地を4人だけで治めることは不可能だ。それに優秀な人材を育てることが国力増強の近道になるはず。前の領地は他国や他の貴族の領地と接していて、ちゃんと金を払えば優秀な人材を集めることができた。しかし、今は巨大な山脈と海に囲まれた陸の孤島だ。優秀な人材は自前で育てなければいけないね。」
「確かに、、圧倒的に人が足りないな」
アークの考えを言うと三人は納得して頷く。
「というわけで、俺は領主兼人材官になる。各地を回って国家を回すために人材を連れてくることにするよ」
アークが最も優れていると自他共に認めるところは人を見る目だ。小さいころからウォーデン家の邸宅ではなく、商会の方で過ごしており、何万人という人々を見てきた結果、その人物が優秀か、信頼するに足りるかを見分けることができるようになったのだ。父もアークの能力を高く買っており、取引相手との交渉の席に成長したアークを同席させるほどだった。
この人材を見極める能力は、この領地を発展させるのに不可欠な要素であった。
「えっ、領地に着いたばかりですのに、もう出てしまわれるのですか?」
「予想以上に過疎っている。一日でも早く人材を補充することが重要だからね。」
まだ領民にもあっておらず現状把握もしていない。しかし、そのようなことは姉たちに任せてアークはアークの仕事をする必要があった。
こうしてアークは、領地まで送り届けた冒険者たちに混ざって都へと再び向かった。




