総崩れ
「後退ー!後退ー!」
連絡兵からの報告を受けて、最前線で必死にレオを抑えていた貴族たちは絶句した。
「後退だと!?」
「後退の命令が下されました。」
自分の耳が信じられずに慌てて確認を取るが、本当に命令が下されている。
「馬鹿な!?今戦いの真っ最中なんだぞ?」
「しかし、他の貴族たちは後退してしまいます。これでは戦場に取り残されてしまいますぞ!」
「くそっ後退の命令を出せ。」
ここの持ち場は持ちこたえている。ということは他の貴族がしくじったか!?貴族たちは自分の部隊を次々と後退させていった。その様子を見ていた他の貴族たちも動揺する。
たくさんの貴族が入り乱れているため、情報の伝達がうまくいっていなかったのだ。まだ自分たちには命令が来ていないにもかかわらず、他の貴族たちが次々と部隊を引き上げているのを見てたちまち焦りだす。そんな貴族たちは慌てて部下に状況を探らせた。
「撤退か!?」
「撤退だそうです!」
貴族たちは情報の伝達の訓練なんかやったことがない。そもそも連合軍として戦う経験もほとんどないのだ。そんな素人同然の指揮官たちが適切に状況を判断して、最善の命令を下すことなどできなかった。最前線はたちまちパニックになる。
ゼロルドが命じたのは「後退」であった。しかし貴族たちに伝達されていくにあたって、「後退」は「撤退」になり、「敗走」だと早とちりする貴族も出てくる。
「我が軍は負けるのか!おい撤退だ!」
「逃げろーー!」
最前線のパニックはたちまち中央軍全体に伝播してしまう。
「我が軍は持ちこたえているのに、他の貴族が負けたようです!ぞくぞくと逃げ出してます。」
「見殺しにされる前に逃げるぞ!」
互角に戦っている部隊でも、逃げ遅れたら敵に包囲されてしまう。残って戦おうにも周囲の貴族は次々と逃げ始めている。このような状態では、もはや逃げることしかできない。最前線の各所がたちまち崩壊を始めた。
「レオ様!敵が混乱を始めました。」
「みりゃ分かる!ひゃひゃひゃ。烏合の衆の貴族どもだから、こんなことになるのは分かり切っていただろうにな。」
敵が崩れ始めたところをレオが見逃すはずもなかった。彼は返り血で真っ赤に染まった顔をくしゃっと歪めて笑顔になった。先頭に立ったまま群がってくる敵兵を次々と切り伏せていたレオは馬の上で立ち上がる。非常に危険な行為であるが、一気に視界が開けた。そして彼の目に映ったのは、背中を見せながら次々と逃げ出していく貴族たちであった。
「テメエら今だぞ!全員で突っ込め!!」
戦いっぱなしの肉体から出たとは思えないほどの大声で号令を下した。
政府軍の怯え、レオ軍の士気を確実にしたその言葉で、ついに前線は崩壊した。
「雑魚兵は放っておけ!鎧が豪華な奴、馬に乗っている奴だけでいい。貴族どもをぶっ殺せえええええ」
戦場にレオの絶叫が響き渡る。レオ軍は逃げる一般兵には目もくれず、貴族や貴族直属の騎士だけを狙って襲い掛かっていった。貴族は豪華な鎧を着ていたり、馬に乗っていたり、騎士たちに周囲を護られていることが多いため、戦場では探す必要がないくらいにはよく目立っている。
一方で、前衛から逃げてきた兵士で大混乱になっている中央軍の後ろでは、ゼロルドが真っ青な顔をしながら崩壊していく政府軍を見ていた。その隣に控えている近衛隊長は崩壊していく前線を見ながらずっと迷っていたが、レオの声が微かに聞こえてくるようになってきたほどに至ってついに決断を下した。「敗走」である。その決断をするには少し遅かったかもしれないが、前王のプライドや敗戦による王国への壊滅的な影響を考えると仕方がないことだった。
「もはや支えられません。ここは近衛隊が命を懸けて踏みとどまります。ゼロルド様は一刻も早くお逃げください。」
「なぜこんなことに、、、」
近衛隊長は茫然としているゼロルドを馬車に載せた。馬車に載せた後、馬車は遅く、目立ちすぎるという当たり前のことに気づき、慌てて馬に変更した。そして少数の部下を護衛につけ、逃げる兵士たちに混じって逃がした。
「あんな馬鹿げた命令は命に代えてもお止めすべきであった。戦のプロとして、いくら皇族でも素人に口を出させるべきではなかった。」
馬に乗って戦場から離脱するゼロルドの背中を見ながら、近衛隊長はそう言ってため息をついた。しかし、後悔してももう遅い。取り返しのつかないことを引きずる余裕はなかった。彼はすぐに近衛隊士2千人を整列させた。
「我らはゼロルド殿下の近衛隊である。我が軍は敵を恐れて次々と逃げはじめ、全軍が崩れかかっている。しかし我らは誇り高きゼロルド近衛隊である。諸君!敵は5千だ。殿下のために命を捨てると誓った我々は、最後までここに留まり、敵を食い止めようぞ!」
「おおおおお!!」
近衛隊は王宮が実施する厳しい試験を合格したものや、王国の騎士トーナメントで優秀な成績を収めた者たちからスカウトする。剣士だけでなく、国民全体から憧れられる職業であり、隊士たちも誇りを持っている。農民から徴発された素人で、今逃げ惑っている貴族の兵士とは全く別の人種であった。
死を恐れない近衛隊の抵抗でレオの軍勢が止まった。前線を崩壊させた後、貴族を討ちながら進み続けたレオ軍が中央軍の後方においてはじめて止められたのだ。一進一退の乱戦に入る。
「レオ様。敵の抵抗が激しくてこれ以上進めません!我々は所詮わずか5千の兵士なので、勢いが止まればそのまま包囲されてしまう恐れもあります。」
「だからなんじゃああああああああ!!!!?????」
レオは撤退の進言に怒鳴り声で返した。
レオの兵士からすると、100倍以上の軍隊に会心の一撃を与えたつもりだった。このまま撤退しても何も文句はない。とてもいい戦いだったと誇れるだろう。しかし、レオは全く満足していない。返り血で真っ赤になっているこの狂人は、まだまだ破滅を要求していた。
「これだけで満足して帰れば引き分けと同じだろうが!俺は50万に勝ちに来たんじゃあ!将軍たち、兵士ども、俺に続けええええ!!遅れた奴は斬り捨てる。全員で地獄まで行くぞ!」
レオの一喝で兵士たちは再び気合を入れた。




