戦い
政府軍の右翼後方に配備されていたウォーデン軍にも雰囲気が変わったことが伝わった。レオの軍勢が姿を現したのだ。人が多くて前方が良く見えないが、ざわざわとした雰囲気が伝染する。
「敵が見えたぞ!」
「少ないな!」
前方から兵士たちの声が聞こえてきた。
「よしユリア。みんなに準備をさせろ。俺は前に出て敵の様子を見てくる。」
アークはそう言うと部隊から抜けて前方へと向かう。まずは自分の目でレオの軍勢を確認しなければならない。
右翼前方には後ろの貴族たちがアークと同様に様子を見にやって来ていた。
アークが目を凝らすと少し遠くの草原にレオの軍勢が整列しているのが分かった。
パッと見たところ5千人くらいか。ユナの報告よりも少ない。草原で伏兵もいないだろうからこれが全軍である可能性が高い。しかし、レオの軍勢は騎馬隊だ。兵士が全員馬に乗っている。
「よ~し。こっちに来るなよ。」
貴族の一人が冗談めかしく言った。政府軍は左翼、中央、右翼に別れているから単純な確率で戦う羽目になるのは三分の一である。
しばらくしてレオ軍が移動を始めた。彼らから見て右に、アークたちから見て左に移動を開始する。つまり、右翼軍から見ると離れていっている。
「そうだ。向こうに行け!」
「これでこっちは安泰だ。」
貴族たちは一斉に安堵した。左翼に配置されていた貴族たちは気の毒だが、ひとまずこちらは安泰だった。アークも胸をなでおろしながら、目はしっかりと敵を追っている。
レオ軍は丘に登り始めた。ちょうど戦場の側にあった小高い丘だ。
「なんだ戦わないのか?」
「逃げていく?」
敵が何がしたいか誰もわからない。みんな目を凝らしながら行方を追っていた。
突如、騎馬隊が方向転換した。丘の傾きを利用して勢いを付けながら左翼の軍に突入を始める。
「おおっ来るぞ!」
映像から少し遅れて音が聞こえる。馬のいななき、剣がぶつかり合う音、兵士たちの叫び声だ。ついにレオ軍と政府軍の戦いが始まった。
アークたち右翼の軍はまだ観衆のように他人事で様子を見ている。彼らとの間には何十万という政府軍がいる。自分たちの出番はないはずだろう。しかし、展開は予想以上であった。
「馬鹿な!?」
「相手はたったの5千、こっちは50万なんだぞ、、、」
驚愕の声が聞こえる。アークも自分の目が信じられなかった。
なすすべもなく政府軍の兵士が飛んでいく。文字通りに吹き飛ばされていくのだ。遠くから見るとまるで子供が無邪気に積もった落ち葉を蹴り上げるように見えた。左翼の政府軍があっという間に崩れていく。
アークは慌てて自陣へ戻る。
戻る途中、他の貴族の兵士たちがのんびりと地面に寝っ転がっているのが見えた。こんなに緊張感のない兵士たちだったら、敵が来たらあっという間に総崩れであろう。
幸い、ウォーデン軍にはそんな馬鹿な兵士はおらず緊張感を持って整列していた。
「アーク様!様子はどうですか?」
「こっちではなく反対側に行った。」
「それは良かったです。」
「だがこっちも危険だ。このままでは負けてしまう。」
アークは警戒を崩さずにいつでも移動できる体制を整えることにした。
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一方で中央にいるゼロルド1世は混乱を極めていた。
左翼が大いに崩れており、レオから逃げ惑う兵士たちが中央軍の方向にやって来る。もはやだれがどこの貴族の所属かわからずに兵士たちが入り乱れ、全体が大いに混乱していた。
あっさりと左翼が突破されると報告を受けたゼロルドは驚愕し、近衛隊長を呼び寄せて問い詰める。
「どういうことだ!相手はたったの数千人だろう。どうして軍勢はこんなに乱れておるのだ??」
「わかりません!とにかく左翼は混乱し、まもなく敵軍がこの中央にまで到達するかと思います。」
「余は逃げも隠れもしない。必ずここで敵を迎え撃つ!こちらは人数差が圧倒的に有利だ。じっくりと待ってやる!」
混乱が全体に伝播しそうであったが、このゼロルドの判断により中央軍は持ち場を整え、混乱はひとまず収まる。中央軍は左翼の救援を諦めて態勢を整える。しかし、まさか少数相手にこのような戦い方をするとは思っていなかった。左翼に配備されていた15万の兵士たちが5千のレオたちに追い立てられて逃げ惑っていることをただ茫然と見ている。
しばらくして、左翼を壊滅させたレオがその勢いのまま中央軍に突っ込んできた。総大将であるレオが先頭に立って突入する。兵士たちはレオを狙って群がっていくが、レオの後ろに続く大男が斧を一振りすると、兵士が2、3人まとめて飛んでいった。
ゼロルドはレオの軍の強さに驚愕するが、あくまで20万という数的有利を活かしてどっしりと構えた。20万人近く配備された中央軍が必死に食い止める。
「皆の者!各々奮戦を期待するぞ。」
中央軍の兵士たちは後ろに前王がいるという自覚があった。それにここは大貴族たちやゼロルドに忠誠を誓っている近衛軍が担当しているため、左翼の軍とは違いレオの猛攻があっても崩れない。
がっちりと陣形を守れば所詮は多勢に無勢である。いくら兵士を失おうが、最終的にレオの軍勢が疲れるのを包囲してじっくりと待ち、全滅させればよい。
ゼロルドにとってはただ敵が疲れるのを安全なところで待っているだけの簡単な戦いのはずだった。しかし待てども待てどもレオの軍は疲れない。20万人という分厚い敵に対してゆっくりとだが確実にゼロルドのところに近づいてきている。
しだいにゼロルドの心に焦りが生まれてくる。先ほどまでの膨大な人数差で安心していた自分を疑い始めた。これはひょっとしたらひょっとするかもしれないのではないか。
「近衛隊長!これは本当に大丈夫なのだろうな?」
「まもなく左翼の残兵や右翼からの援軍が来るでしょう。大丈夫です!」
近衛隊長は落ち着いて答えるが、ゼロルドの不安は一度火が付いた後、どんどん燃え広がっていくように止まらなくなる。
「援軍が来ないとまずいのか?中央軍20万だけではだめなのか??」
「いえ!念のためというだけです。われわれ中央軍だけでも十分です。」
「だが今もなお押されているではないか!」
「それは、、、敵が疲れるのを待てばよいかと。」
「余はずっと待っているぞ!奴らは疲れないのか。」
「もう間もなくでございます。それまでご辛抱ください。」
近衛隊長は必死に説明をする。実際、人数差を考えると依然として政府軍が圧倒的に有利だ。このままどっしりとしてくれることが一番の勝利への近道である。
しかし、ゼロルドは焦っていた。このままじっくりと攻めていいのだろうか?早く決着を付けなければならない。このような思考に支配されていた。
「一旦後退させて態勢を整えさせろ。」
我慢で比べに負けたようにあまりにも直感的な命令を下す。
当然近衛隊長は仰天した。
「こ、後退ですか?」
「そうだ!後退だ!!」
しかし、ゼロルドの気持ちは固まっていた。




