帰還
こうしてランドルが起こした農民反乱はテュールの活躍によって鎮圧された。ミカンダ地方はテュールの活躍に沸き立ち、帰ってきた一行を大歓声で迎えた。
領内の民衆がミカンダから誕生した新たな英雄に歓喜して連日お祭りをしていた中、ウォーデン家の館では大論争が起こっていた。問題となっているのはもちろんランドルとライカについてだ。アークは兄が勝手に反乱軍のリーダーを自陣に引き込んできたことに激怒していた。
「今からでもまだ間に合うはずだ。早くあの二人を都に運ぼう。」
「都には既に別の死体を送っている。いまさら二人を送ったら王国を騙していたこともバレてしまう。」
アークは必死に兄がしたことの隠蔽を図るが、テュールは首を振って頑として聞き入れない。
「そこは買収している王国の役人たちに手を回して何とかする。反乱軍のリーダーをミカンダにいれることに比べたらはるかにリスクが低い。」
「アーク。お前がそんなに王国に忠誠を誓っているなんて驚いたぞ。」
「別に忠誠を誓っているわけじゃない。反乱軍のリーダーをミカンダに入れるにはあまりにもデメリットが大きすぎるって合理的に考えているだけだ。」
もともと軍事に関しては軍務官であるテュールの意見が優先するように兄弟間で決めていた。しかし、反乱軍の首謀者を引き入れるというのはもはや軍事的な話ではない。政治的な問題である。
領主として、アークは兄の暴走を何とかストップさせ、政府に事がバレないように揉み消しを行わなければならないと必死だった。
しかし、テュールは頑として譲らない。手に入った大物の魚を逃すなんて馬鹿なことはしないのだ。
「ランドルもライカもこれまで何度も鎮圧軍を撃退している。戦いは素人の農民たちを率いてだぞ?間違いなく逸材だ。俺がこの目で見て実際に戦ってみた結果からも問題ない。」
「そのランドルって子、リーダーなのに他の農民たちを見捨てて一人だけ助かったんでしょ?とても責任感があるとは言えないわ。」
横からイアンナが口を挟む。イアンナは今はまだ第3都市に留まって工業化に力を入れている最中だっただが、この緊急事態にアークが呼び寄せたのだ。
姉の力で何とかテュールを説得してもらうつもりで呼び寄せたものの、アークの期待とは裏腹にイアンナはさっきから中立的で客観的な立場で静観している。ちなみにミネルヴァは姉弟会議に参加せず、別室でランドルとライカのお世話をしている。
「あいつはライカを救うために反乱を起こした。目的は妹の保護であって農民たちを守ることではない。決して無責任とは思えない。」
イアンナは一つ頷いて引き下がる。姉があっさりと引き下がることはアークの苛立ちを加速させる。
「僕たちが不利になったら妹と一緒に逃げそうだな。」
アークが露骨に悪意を持ってランドルを貶めると、テュールも苛立ったように説得を続ける。
「戦の素人の農民たちと一緒にするな。俺がいるし、お前もいる。俺たちなら二人を守れる。だから絶対に二人は裏切らない。」
二人の議論は平行線をたどる。軍事を重視しているテュール、政治的安定を取るアーク。二人の優先しているものが違うため、このような議論になってしまうことは当然ともいえた。
議論が水掛け論になっていくにしたがって、二人の苛立ちも高まっていく。
「仮に二人が逸材だったとしても、王国を敵に回してまで連れてきた意味が分からない。」
「いいか。これから先、ラプラス王国は必ず混乱期に入る。ゼロルド1世の引退、後を継いだ国王ルイスと副王カサブランカの不仲、何より長男のレオが不穏だ。乱世に突入するにあたって優秀な人材が一人でもいたほうがいいだろ?」
「それはそうだけど。もしバレたらどうなるんだ?僕たちは王国の敵としてすべての貴族を敵に回すんだぞ。」
「だから替え玉を都に送って打てる手は打っておいたって言っているだろ。」
「もしバレたらどうなるのかって聞いているんだ。」
「もし仮に!!」
先に苛立ちが爆発したのはテュールの方だった。珍しく大声をあげて机を叩く。アークとイアンナは突然の大声にビクッとなる。
テュールは立ち上がり、部屋の隅に掛けられている大きな地図のところに行った。その地図はミカンダ領をとても詳細に描いたものである。タドント夫妻が現在進行形で製作している地図だ。非常に精巧に造られていて、地形の起伏や都市の規模まで詳細に記されていた。
テュールはその地図の山脈を指でなぞる。
「もし仮に王国100万の軍勢が敵になったとしても。俺とランドル、天然の要塞である大山脈でウォーデン家が勝つ。俺はそう思う。強がりではない。本当にそう思う。」
最後の方はうわ言のように呟いていた。
テュールが次第に落ち着いてくるにしたがって部屋の中を気まずい沈黙が支配した。見かねたイアンナが地図のところに立ったままのテュールの元まで行き、元の席に座らせる。
アークはずっと黙ったままだ。この合理的な青年は別に怒鳴られたことに腹を立てているわけではない。気まずそうにしているテュールを見るに今ごろ反省をしているだろうし、テュールが感情的になってまで主張する彼の意見をもう一度初めから検討しているのだ。
弟からの贔屓目を除いたとしてもテュールは客観的な見方ができる軍人だと思う。その彼がこれほどまでに主張することが今までにあっただろうか。
しばらくの沈黙の後、アークはついに折れた。
「わかったよ。軍事についてテュール兄さんがそこまでいうならもう僕は何も言わない。イアンナ姉さんもいいね。」
イアンナはすぐに頷く。もともとアークほど悲観しているわけでもなかったようだ。
「ありがとう。さっきは怒鳴ってすまなかった。」
テュールは立ち上がって感謝と謝罪をした。兄にそんな態度を取られるわけにはいかない。アークは慌てて立ち上がりテュールの肩に手を置いた。
テュールは頭を下げたまま後ろに下がると、すぐに部屋から出て行った。足音を聞くに部屋を出てからランドルたちがいる部屋まで走っていっているようだ。領主から許可が出たと伝える気持ちを抑えきれないらしい。
「テュールにとってそんなに喜ばしいことなのね。」
イアンナがそう言ってアークの頭を撫でる。兄弟喧嘩が本格的に始まる前にアークが折れたことへの称賛だろう。少なくともアークはそう受け取ってしばらく頭を撫でられていた。
この時、二人を迎え入れたテュールの予想、最終的に許可を出したアークの決断は正しかったのか。少なくとも失敗ではないのではないか。そのように思わせる大事件がラプラス王国を襲うことになる。




