降伏(1)
「はっ」
ランドルが目を覚ますと見慣れない天井だった。野営用のテントのような天井を見て、テュールの討伐軍に捕らえられたことを思い出す。
「あっ目を覚ました!テュール様!テュール様!!」
ランドルが目を覚ましたことに気づいたミーアが大きな声をあげてテュールを呼ぶ。ランドルはあまりのうるささに顔を背けた。
「はいはい。今来るから」
奥からテュールの声がした。
それを聞いたミーアは顔を背けているランドルに向き直り、勝手に自己紹介を始める。
「初めましてランドル君!一応はこの前会いましたけど、その時はすぐに気を失ってしまって自己紹介もまだでしたしね。わたくし冒険者のミーアと申します。いやあ大変でありました!まさか3日三晩も目を覚まさないんですから。よくよく見てみると体はやせ細っているし、ろくに睡眠も取れていなさそうでしたから、疲労やその他もろもろが重なってこんなに眠っていたのだとわかるのですが。テュール様には殺さず生け捕りにするように言われていたのに、わたくし、てっきり仕掛ける毒の量を間違ってしまったかと思いました。」
「毒?」
長尺の自己紹介、頭の中を駆け巡る大量のセリフの中に聞き捨てならない単語があったので、ランドルは思わず聞き返す。
「ええ。あれ?気づいていませんでした?ランドル君たちが忍び込んだ食料庫には似つかわしくないやけに大量の肉があったかと思うのですが。」
茫然としているランドルに向かってミーアは何でもないようにあっさりと頷いた。
ランドルは襲撃時に大量の肉があったことを思い出した。自分は一口だけしか食べずにあとは部下に食べさせたが、まさかあれが罠であったとは。
「あれ、全部毒でありました。でも心配には及びませんとも!時間と共に薄くなっていく弱い毒です。ほら、今は何ともないでしょう?」
「しゃべりすぎだミーア。交代しよう。」
部屋に入ってきたテュールがミーアを注意しながらランドルのそばにあった椅子に腰かける。ミーアは弾かれたように立ち上がった。
「了解であります。ではわたくしは夕食の準備にでも出かけましょうか。まったく、以前は兵士の皆さんも手伝ってくれたというのに、今では冒険者が作る飯がうまいとか言って我々に丸投げであります。これは冒険者と兵士の関係を良好にしなければならないのによろしくない傾向ですなあ。」
「そういう話はあとで聞くから。」
注意された仕返しとばかりに兵士に対して苦情を言いながら部屋を出て行くミーアを軽くかわして、ランドルに向き直った。
「すまんな。まあ、戦場は空気が沈みがちだからあんな奴が一人いるだけで部隊全体が救われるんだ。」
ランドルはテュールに当然の疑問をぶつける。
「なぜ、俺を殺さなかったんだ?反乱軍のリーダーだぞ。」
「ん?殺されたかったのか?」
「あっ、、いいや」
それから二人の間を少しの沈黙が支配した。
そして少しの間が空いた後、テュールは咳ばらいを一つすると、姿勢を改めて言った。
「改めて自己紹介をさせてもらう。俺はテュール=ウォーデンだ。弟のアークが男爵としてミカンダ領を治めている。なあ、ランドル。俺はお前をウォーデン領に迎えたい。」
「どういうことだ?」
ランドルは事情が呑み込めない。もともと反乱を起こした時から負ければ殺されることを当然と思って戦ってきた。それなのに殺されないどころか相手陣営からスカウトが来るなんて思いもよらない。
「俺は討伐軍の一員としてお前の戦い方をずっと見てきた。農民の統率力は圧巻だった。ぜひうちに招きたいと思っているんだ。」
「そんな急に、、今の今まで敵だった相手に言われたって、、」
「決めるのはお前の自由だが、迷える立場にない。反乱軍のリーダーとして処刑されるか、俺に仕えるか二つに一つだ。」
混乱しながら何とか理解する時間を欲するランドルに対して、テュールは首を振る。断れば即殺されるだろう。別にランドルは命が惜しいと思っているわけではない。そんなのは反乱を起こした時に覚悟が決まっている。しかし、彼には一つ、一つだけこの世に心残りがあるのだった。
「妹次第だ。」
「は?」
「俺に妹がいることは知っているか?」
「ああ、この前短刀を投げてきた子だろう?もう怖くって怖くって、危うく死にかけるところだったんだぞ。」
テュールは死にかけて副官のハルに滅茶苦茶怒られたことを思い出して少し苦笑しながら言う。
「俺が反乱を起こしたのは妹を、ライカを救うためだ。他の農民たちも食わせる必要があったがそれは二の次。」
無責任かもしれないが、反乱のことなどどうでもいい。自分の命も関係がないことだ。ただ、ライカが許されて生きながらえること、これがランドルのたった一つの願いだった。
「なるほど、妹とセットというわけか。いいだろう。ウォーデン家は二人を迎え入れる。」
テュールは即答した。




