2日目の晩餐会
「今日はマリーは来ないわよ。」
2日目の晩餐会。
ベランダで待ちぼうけているアークの後ろからカサブランカの声がした。
会場はルイスにお祝いを述べる貴族たちの熱気に包まれている。貴族たちの中心には、酒で顔が真っ赤になっているルイス、、ルイ1世が豪快に笑っていた。ルイ1世の周りを囲んでいる貴族を見てみると、選帝侯や侯爵、伯爵などそうそうたる面子だ。彼らはこれからは自分たちの時代になると言わんばかりに卑しく笑っている。特に自分の信念や主張などは持たず、お人よしのルイ1世はさぞかし担ぎやすい神輿であろう。
一方で副王となったカサブランカは、1日目と同様に特に話しかけてくる貴族もおらず、一人ぼっちであった。アークは1日目に話しかけた結果、貴族の不満をたらたらと聞かされた反省を踏まえ、今晩は近づかないことにしていた。しかし、カサブランカの方から話しかけてきたのならば仕方がない。
アークはわざとらしい愛想笑いと揉み手をしながらカサブランカに笑いかけた。
「これはこれはカサブランカ姫。副王へのご就任おめでとうございます。」
カサブランカは、アークの「カサブランカが嫌いそうな貴族のモノマネ」は無視し、アークの隣に並んで真っ暗な外を見た。
「まだ就任したわけじゃないけど。まあ、祝辞はありがたく受け取っておくわ。どうせ実権なんてほとんどないのだろうけれど。」
「私はルイス様に権力が集中すると思っておりましたから、カサブランカ姫の副王就任は正直言って意外でした。」
「そうね。私も正直思ってもみなかったわ。でも、これはお父様が決めたこと。私の考えをある程度認めてくれるということね。」
カサブランカは何でもないように言っているが、内心はかなり嬉しいはずだ。
弟とは異なり、自分の信念に基づいて貴族と対面した結果、貴族たちからは総スカンをくらった。それでも、父は自分を評価しており、副王のポストに指名した。
自分の信念にますます自信を深めるだろう。貴族であるアークとしてはヒヤヒヤだが。
「で、話をそらさないで。マリーは来ないわよ。」
カサブランカは目を合わせて問い詰めるように言ってくる。どうやら誤魔化すことはできなかったらしい。アークはそれでも、表情を変えずにとぼけ続ける。
「マリー姫には昨日ここでご挨拶させていただきました。」
「それだけ?」
「どういう意味でしょうか?」
「マリーは風邪を引いたのよ。」
風邪を引いたのか。それは悪いことをした。いつも運動をしてないであろう王女様をあんなに走らせたら確かに体調を崩すだろう。
「風邪ですか!?大丈夫でしょうか。」
アークは内心では冷静に分析しながら、大げさに驚く。驚いたのは事実であるが、もともと感情の起伏が少ないので、大げさにしないとかえって疑われるのだ。まあ、実際に原因はアークなのだろうけれど。
「一日休めば回復すると思う。でも、ここで夜風にあたるだけで風邪を引いたりはしないでしょ。」
知っているのか知らないのか、カサブランカはしつこく聞いてくる。
「それにマリーはとっても幸せそうだったわ。」
「幸せ?」
「本当に楽しそうに寝込んでいたの。何を言っているのかわからないと思うんだけど。」
そうか。マリーは幸せそうだったのか。後悔はしてないのか。
アークは昨日の出来事を思い出しながら、少し赤くなった顔を背ける。
不覚にも、マリーの柔らかな体を思い出してしまった。
昨日、口づけをしていたら気持ちが高ぶってしまって、、、結局押し倒してしまい、、その、なんていうか、、致してしまった、、。
はじめはいたがっていたマリーも段々と可愛い声を聞かせてくれるようになり、最後は二人同時に絶頂に達した。最後、荒い息を吐きながら抱き合っていた時は何とも言えない幸福感が湧き上がっていた。
「貴方が妹をたぶらかしたんじゃない?」
アークの反応に気づいたのか気づいていないのか、カサブランカは少し笑って冗談めかしく聞いてきた。
「とんでも、、ございません。」
「いま、彼女は部屋で一人寝ているわ。部屋の場所を教えてあげましょうか。」
予想外の応援にアークはぎょっとしてカサブランカを見る。
彼女は今までの仏頂面が嘘みたいに優しい笑顔をしていた。貴族の悪口を言っていた人物とは思えない顔だ。ただ純粋に妹の幸せを応援する姉の顔をしている。
自分が副王となった喜びを大切な妹に分けてあげようと考えたのだろうか。
しかし、アークはカサブランカの優しさに甘えたくなる自分を必死に抑えた。今弱っているマリーに会いに行く度胸はない。弱弱しく笑う彼女に言い寄られれば、彼女の言いなりになってしまうだろう。そのままミカンダに連れ去ってしまうかもしれない。
それに、昨日の逢瀬は一夜限り。これ以上会っても婚約が決まっている彼女の胸を搔きむしるだけであろう。
「いえ。マリー様のご回復を祈っております。」
アークの返答を聞き、カサブランカは見るからにがっかりしたような顔になる。
「意気地なしね。」
「自分でもそう思います。」
アークは自分の情けなさに自分で苦笑しながら言う。
カサブランカは手に持っていた飲み物を侍女に渡し、うーんと背伸びをすると、種明かしをするようにおどけて言った。
「残念ね。私としては、あなたがマリーを寝取ってそのままライハ侯爵家と潰しあいをしてほしかったのだけれど。」
アークは自分の耳が信じられなかった。
恐る恐るカサブランカの方を見る。
さっきまでの優しい姉の顔は初めからなかったかのように、カサブランカの顔があった。口は笑っているものの瞳は全く笑っておらず、会場から漏れる様々な色の光が不気味に反射していた。
ああ、そうか。
アークはカサブランカに抱いている印象を決定づけた。
自分の信念を持ち、その実現のためならばいかなる手段もためらいなく実行する。
アークは彼女にそっくりな者を良く知っている。他でもないそれはアーク自身だった。
「カサブランカ姫はこっち側なのですね。」
アークの呟きは誰にも聞かれることなく、漆黒の闇に消えていった。




