前夜祭(3)
マリーと呼ばれる女性が連れ出したことによって群衆から抜け出すことができた。しばらく歩いていると教会にたどり着いた。
教会には孤児院もあるので、この少年は孤児院の出身らしい。そしてマリーは修道女か?しかし彼女の来ている洋服は、明らかに修道女の服装ではない。
連絡を受けたのだろうか、孤児院の前には大柄な男が待ち構えていた。おそらくこの孤児院の舎監であろう。舎監はアークがやってくると同時に土下座をした。
「貴族様に大変なご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありませんでした!」
そして、少年の腕を乱暴につかんで連れて行こうとする。
「嫌だ!お願いだよ。殴らないで、、殴らないで、、」
少年の怯えた声が教会の敷地に響く。
「そうはいくか。お前は何度言っても聞きやしないんだから。力ずくで教えるしかないだろう。」
「殴らないでーーーー!」
少年はパニックになって金切り声をあげた。今から折檻されるのだろう。少年の激しい抵抗から折檻は常態になっているようだ。
少年を力ずくで連れて行こうとする舎監をマリーが止めた。
「舎監さん、暴力はいけません。一度でも殴られた子供の心には一生傷が残ってしまいます。」
「し、しかし、、こいつは盗みをしたんです。」
「貴族様には私から謝ります。その子には後で私が話しておきましょう。」
「もう終わったことですから子供に暴力をふるうことまでしなくてもいいですよ。」
マリーと舎監が話している中、アークが口を挟んだ。
確かにミネルヴァは怒っているが、アークは別に少年を殴ってくれとは言えない。それにそもそも少年を殴ることはアークにとって全くメリットがない。
アークのとりなしにより、舎監はようやく折れて少年を小突きながら戻って行った。
その姿を見ていたマリーは、アークの方を振り返って改めて頭を下げる。
「今回は大変ご不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。」
「別に貴方に謝られる筋合いはありませんよ。それに謝ってもらったところで取り返しは尽きませんし。」
マリーはひたすらに恐縮している。
「見たところ修道女ではなさそうな気がするのですが。」
「ええ。私は修道女ではありません。ただ、親のいない子供たちを一人でも多く助けたいという気持ちでお手伝いしております。」
アークとミネルヴァはピンときた。
「それは何とも立派な志をお持ちで。」
「とても素晴らしいことだと思います。」
二人そろって媚を売るように褒める。
修道女でもないのに孤児院に手伝いに来ているマリー。確実に高位な女性だ。年齢的に貴族の娘か大商人の娘。向こうはこちらを「貴族様」と呼んでいるが、向こうもあまり喧嘩を吹っ掛ける相手ではないことは確かだ。
「ところでいつもあのように子供を庇っているのですか?」
「ええ。力ずくで支配するのではなく、きちんと話してあげることで子供たちはきっと分かってくれます。」
マリーは自信満々に答えた。
「それは非常に、、何というか、、」
アークは何とかしてお世辞を言おうとしたが、「甘い」という言葉がこびり付いて他の言葉が出てこない。
前言撤回。この女性は商人の娘ではない。確実に貴族の娘に違いない。なぜなら人の善を信じすぎている思考は商人とは全く相いれない考え方だからだ。
アークが口を開くより早く、ミネルヴァが臨戦態勢に入る。
「ではここの子供たち全員が盗みをした場合、それでもみんなに言って聞かせるのですか?」
「もちろんです。膨大な時間がかかってしまいますが、貧しくてもみんな根はいい子ばかりです。必ずわかってくれます。」
貧乏人を舐めてはいけない。
金がなくなると真っ先に貧しくなるのは心とはよく言ったもので、商人に対する貧乏人からのやっかみや恨みにはすさまじいものがあった。
ミネルヴァは特にずっと父に従っていたため、自らは何の努力もしていないにもかかわらず、努力して財産を築いた父を恨む貧乏人には思うところがある。
「じゃあ、お兄、、兄の財布を盗んだあの子は初犯だったのですか?」
マリーは少し言いよどむ。
「あの子は、、2回目です。」
「あら、あの子は1回では改心しなかったと?」
「きっと私の言葉が足りなかったのでしょう。今度はその反省も踏まえて改心させて見せます。」
ミネルヴァにとってマリーの頭の中はお花畑に見えただろう。さらにしつこく尋ねていく。
「仮にあの子が3回目の盗みをやったらどうしますか?それでも言葉での説得を続けますか?」
「それは、、」
「今回、貴方があの子を庇って代わりに謝った。これではあの子は増長しませんか?」
あなたは舐められているのだ。
ミネルヴァは要するにそういっているのだ。マリーは自分が言って聞かせたから子供たちはいい子になっていると思っているかもしれない。しかし、実際は「この人は殴らない」程度にしか思われていないのではないか。
「暴力をまるで絶対悪というように考えておられるでしょうが、それならば一度刑罰をすべて撤廃してみるとよいでしょう。罰があるから罪を犯さないと考えている者は結構多いのですよ。」
ミネルヴァがとどめのように言ってのけるとマリーは青ざめた。
赤の他人、しかもおそらく貴族の娘にあまりにも言い過ぎだ。ミネルヴァも自分が言い過ぎたことに気づいたのか、一転して逃げ足になる。
「お兄様、せっかくの機会が台無しになってしまいましたね。戻りましょう。」
そう言ってそそくさと退散しようとすると、後ろから声が飛んだ。
「人間の本質は善です!」
振り返るとマリーが青ざめた顔のまま、必死に訴えていた。
「人間にはすべて良心があります。その良心に訴えかけることによって、きっと人間は本来の美しい心を取り戻すのです。確かに実際に説得するのはとても難しいかもしれません。でも、それは諦める理由になってはいけない。私はこれからも言葉で訴え続けます。」
頑なに自分の甘さを認めようとしないマリーに対して、ミネルヴァは適当に受け流すことにした。
「とても素晴らしい考えだと思いますよ。もっとも私は賛成できませんが。」




