旧領民たち(2)
ガチャ
アークとミネルヴァが迎賓館のドアを開けると中にいた商人たちが一斉に振り返る。20人くらいいいるか?予想より少し多かった。
「アーク様!」
「おお!アーク様」
「お待ちしていました!」
アークの元へ一斉に駆け寄ってくる。旧ウォーデン領での商売を捨ててミカンダに来てくれた者たちだ。アークは一人ひとりに握手を求めて感謝した。
「みんな良く来てくれた。遠かっただろう」
「ええ。まさかこれほどまで田舎だとは思わなかったですぞ。」
商人団の団長であるハウサが言った。たしか旧ウォーデン領の商人ギルドでギルドマスターを務めていただろうが、それを辞めてきたのだろう。
「天然の要塞のような山脈がそびえたっており登るのに一苦労でした。荷物なんか最大限まで減らしてみんなで助け合ってやっと登りましたのでね。」
「大変な苦労を掛けてしまい申し訳ないな。結局何人くらいが来てくれた?」
「商人が20名、その他冒険者が30名ほど来ました。」
「冒険者が30人も!?」
アークは驚いて声をあげる。
商人に領民募集の情報を流してもらったため、何人かの冒険者が来ると思ってはいたのだが、まさか30人もやってくるとは思わなかった。
「ええ。どちらかというと、目当てはアーク様とは別にあるみたいですが、、、」
ハウサが少し苦笑しながら言っていると、扉が大きな音で開かれた。どかどかと人々が入ってくる音がする。
「ウォーデン様が帰ってこられたとは本当か!」
アークがその声に振り返ると冒険者たちを引き連れた女性がアークを見つけて満面の笑みで近づいてきた。マントには2級冒険者のピンバッジが付いていることから、冒険者としては超一流だということが分かる。
ハウサの「別の目当て」という言葉が早くも理解できた。超一流の冒険者とカリスマ性を感じられ、少しボーイッシュな雰囲気もいい魅力になっている。後ろの冒険者たちが男女を問わず彼女に対して心酔していることは、彼らの彼女を見る顔で容易に理解できる。
「久しぶりだアーク君!君を追いかけてここまで来たんだ。やっと会えてうれしいよ。」
彼女はマントから出した両手を広げてそのままアークに抱きついた。後ろに立っていたミネルヴァが息を呑む音がアークの耳まで届いた。
アークはさっきから彼女の名前を必死に思い出そうとしている。アークに抱きついてくるほど親密でボーイッシュな冒険者、、、記憶にはあるが名前がどうしても出てこない。
「あっ。えっと、君はリ、リ」
「リシュ―だよ。全く、、、『初めての相手』を忘れるなんて男として失格じゃないのかい?」
名前が出てこなかったアークに対してリシューと名乗った彼女は呆れるように言う。しかしリシュ―は続けてとんでもない爆弾を投げ込んできた。あっそういえばそうだった、、、
さっきまで熱気にあふれていた迎賓館はあっという間に氷点下まで落ちて静まり返る。リシュ―の後ろでわざわざ彼女を追ってきたであろう男女の冒険者たちが崩れ落ちるのが見えた。
しかし、アークに冒険者の心配をしている余裕はない。
アークの首筋には冷たい刃物がピタリとつけられている。
「お兄様。これはどういうことでしょう。」
「あの、、ミネルヴァさん。どうか落ち着いて。ね?」
アークのことになると人が変わるミネルヴァが「昔の女」の登場に黙っているはずもなかった。ミネルヴァは短刀を突き付けていつもより数段低い声で言う。
「お兄様。私は落ち着いておりますよ。ただどういうことかと聞いておりますの。」
ミネルヴァの性格をよく知っている商人たちはリシュ―の爆弾発言の直後には既にコソコソと部屋からの脱出を果たしていた。
「いや、俺は何も知らない。こんな女性は知らない。」
アークは必死にとぼける。
ミネルヴァは、あたふたしているアークを見てニヤニヤしているリシュ―に向き直った。まるで浮気相手を問い詰める本妻のような剣幕だ。
「この領主はこう申しておりますが、貴方、、えっと」
「リシュー」
「こほん、、リシューさん。この領主と何か交流があったのですか?」
「ボクはアーク君の学生時代からの知り合いでね、彼が商人として修行していた時はボクも冒険者としてよく世話になったんだよ。」
そうだったそうだった。
冒険者見習いは金を持っていないので商人たちは見向きもしなかったが、アークは競争相手が居ないここに注目して薄利多売でそこそこの利益を出したのだった。これがアークの商人としてのデビューであり、リシュ―たち当時の冒険者見習いは最初のお客さんであった。
「ああ。そうだったんですね!確かに私も以前あなたを拝見したことがあったような気がします。」
「ミネルヴァ様はアーク君といつも一緒に居たがったからね。ボクはミネルヴァ様をよく覚えているよ。」
どうやら二人は面識があったらしいということで、少し打ち解けた雰囲気になる。できればこのまま穏やかに終わって欲しいのだが、、、
「で、では『初めての相手』というのは、、?初めてのお客さんとかそういう、、」
「ふっ」
少し吹き出してしまったリシュ―に対して、ミネルヴァは再びヒートアップしてしまう。
「いま笑いました?笑いましたよね??まだまだ子供だなって笑いました??」
「笑っていませんよ。純粋で可愛らしい方だと思っただけだよ。」
「ううう」
リシュ―の大人な対応に感情をぶつけられなくなったミネルヴァが白旗を上げる。とりあえずミネルヴァが何も言えなくなったことで感情的にも落ち着いてくれそうだ。
アークがほっとしたのもつかの間、ミネルヴァが落ち着いたのを見たリシュ―がご丁寧に燃料を注いで来る。
「アーク君。君もあの時初めてだったんだろうけど、ボクもあの時初めてだったんだよ。」
リシュ―はアークの方を見ると、恥ずかしそうにマントで真っ赤になった顔の下半分を隠しながら言った。
「ボクは君に『女』にされたんだ。」
「あああああああああああああ」
せっかく落ち着きかけていたミネルヴァだったのに、リシュ―の挑発で今までに聞いたこともないような絶叫をする。今までのおとなしくて優しいミネルヴァはどこかに行ってしまったのだろうか。そしてそのまま「女の戦い」に怯えている冒険者の集団をかき分けて部屋から飛び出して行ってしまった。




