第3都市(2)
ラゴンヌが起きてきてアークに対して平身低頭謝罪をするが、原因が姉にあるからアークも強く非難することができない。大急ぎで朝食を食べてもらい、早速視察が始まった。
肌感覚であるが、この町の住人はグセルブたち第2都市の住人とは違って、そこまで領主に対して嫌悪感を持っていないようだ。税金が7割取られていたならばそうはいかないため、この町はそんなに税を課せられていなかったようだ。
身の危険を感じることもなく、固まって行動をする必要がないことから、アークはタドント夫妻に別行動を命じる。ユナを補助につけてこの町の正確な地図を作ってもらう。
アークとイアンナはユリアを連れてラゴンヌと共に視察を継続する。
「前の領主は、この町にどのくらい税をかけていたんだ?」
「およそ3割でした。しかしここから長官様が暮らしていた町までは遠かったため、実際に税を届ける必要はありませんでした。」
「そうだったのか?意外だな。」
ラゴンヌの説明に首をかしげる。前にミカンダ地方を治めていた長官とは直接会ったことはないが、第2都市に対する仕打ちを見てみると、自分の私腹を肥やすために税金に対しては高い税率で厳しく取り立てをしていた人物だ。そんな人物がこの町に対しては税率を3割と設定し、しかも実際に徴収を行うことはなかったというのは、まるで別人が治めていたのかと思われるほどに変な話だ。
しかし、きっとラゴンヌの話は事実なのだろう。もちろん第2都市のグセルブのように嘘をついている可能性もなくはないが、町の人々の領主に対する態度を見る限り、過酷な税金を課せられているわけではなかったということは容易に想像することができた。
意外にも甘やかされていたことにアークが戸惑いつつも頷いていると、横からイアンナが口を挟んだ。
「その代わり?」
「えっ?」
「税を払わなくていいから、その代わり何があったの?」
「そ、それは、、」
「昨日のようなこと?」
口ごもってしまったラゴンヌに対して、イアンナが面白がるような口調で追い打ちをかける。
ラゴンヌは俯いてしまう。イアンナの言葉に肯定するということだ。
そもそもなぜ昨夜、ラゴンヌはアークに対して色仕掛けをしようとしたのか。きっとこの町にとって領主に対して色仕掛けすることは今回が初めてではなかった。以前成功体験があったのだろう。その結果として安い税率を手にすることができたのだ。
今回この町は、ラゴンヌは、味を占めてアークも誘おうとしたのだ。
「そう。身体で税を払っていたというわけね。」
イアンナがからかうような口調をやめて、少し冷たく見下したように言う。自分は性に奔放であり、多くの女性と遊んでいるにもかかわらず、「女」というものが道具のように使われることに対しては存外嫌悪感をもつ人であった。
「まだ私は幼かったので私ではありません。町の中で美しく魅力的な女性が選ばれていました。」
ますます顔が曇り眉をひそめるイアンナを見て、ラゴンヌは慌てて付け加える。
「しかし、決して悪い話ではなかったんですよ!長官がこの地方を離れる時に捨てられましたけど、長官の愛人になるなんて女性としては玉の輿でした。だから自分から希望する女性ばかりで、無理やり連れて行ったなんてことは一度もありません。」
ああ、なるほど。
イアンナは自分の思い違いだったことが分かり、荒れていた感情を元に戻す。
町の男たちに半ば強制されて、女性が性奴隷のような扱いをされていたわけではなく、女性が自ら望んで権力がある男の愛人をやっていただけであるのならば、イアンナが怒る道理はなかった。
「そっかあ。じゃあラゴンヌもアークの愛人を希望していたのね。」
「うっ」
急にからかいモードになったイアンナについていけず、ラゴンヌは真っ赤になる。
「わ、私は町長として仕方がなく!」
「その割には昨日の夜、勢いよくベットに飛び込んできたじゃない。」
「あーーーーー聞こえない聞こえない!」
必死にごまかそうとするものの、ニヤニヤとからかってくるイアンナにはあまり効果はなく、ラゴンヌはやけくそになって叫んでいた。
そんな二人を見ながら気まずい思いをしていたのはアークである。ラゴンヌが愛人を狙っていたなどという話を本人の隣でしないで欲しい。
なんとか話題を変えようと、というよりそもそもの目的を思い出してもらおうと、アークはこの町の人々の暮らしについて確認することにした。
「じゃあそんなに税を支払っていなかったならば、生活は苦しくはないんだな。」
この質問に対して、第2都市に比べてかなりの税金を優遇されているといったにもかかわらずラゴンヌは暗い顔になった。
「いえ。人々は少ない農作物で厳しい生活を送っています。ご覧ください。これがこの町の農作場です。」
「第2都市と全然違うわ」
案内された農作場でアークとイアンナは少し戸惑った。
土地が瘦せているということが素人の二人でもわかる。肥沃な土に恵まれた第2都市を見てきたばかりだから違いもはっきりと見ることができる。土の色からして違うのだ。さらに葉はスッカスカで、作物も痩せている。
昨日の夜に出された料理がお世辞にもおいしいとは言えなかったことが思い出された。ここの作物は質も量もいまひとつのように見えた。
外の視察がだいたい終わったアーク一行は役場に戻ってこの町の詳細について確認する。
「こちらがこの町の役場になります。どうぞお入りください。」
「行政書類はあるかしら?」
「行政書類ですか?」
「町の人口とか作物の生産をまとめた資料よ。」
「少々お待ちください。」
ラゴンヌは別の部屋に入ってごそごそと棚を漁っていたが、しばらくして両手いっぱいに書類を抱えて戻ってきた。しかもそれを何往復もする。すべての書類を持ってきた時、広い机は積み上げられた机で一杯であった。
「私の父は厳格にやっていたものですから、ちゃんとまとめておりました。」
「ありがとう。確認するわ。」
イアンナはそう言うとものすごいスピードで書類を確認し始めた。こういった作業はイアンナの得意な分野だ。アークは彼女が読みやすいようにひたすら書類を整理することに徹した。
「人口は5000人もいるのね。でも平均年齢が若い。」
書類を流し読みしながらイアンナが言う。人口統計の書類でも読んでいるのだろう。
「え、ええ確かに若い人の町です。」
「言い方を変えるわ。老人がほとんどいない。」
イアンナはそう言ってアークに書類の束を渡す。確認してみると、住民の横に年齢が記載されているのだが、確かに40歳以上があまりおらず、60歳なんてほとんど見かけない。
「皆さん60歳になる前に亡くなってしまいます。私の父も健康がすぐれず町長を引退しました。」
「何か原因がありそうね。」
その後もイアンナは水を片手に書類をひたすらに読んでいく。アークは彼女が読み終わった書類を片付けて、これから読む書類を読みやすいようにまとめておいた。たまに気になることがあるとラゴンヌに質問しているが、さすがは町長といったところか、疑問に的確に回答するためスムーズに書類が減っていった。
数時間後、机にいっぱいに積まれていた書類は綺麗に片付けられていた。すべてを読み終わったイアンナは満足そうにソファーに腰かけている。アークは書類の内容をよく見ることができなかったが、イアンナが文句を言わないのならば特に不備などはなかったのだろう。だったらわざわざアークが確認するまでもない。
イアンナのおかげで予想以上に早く仕事が片付き、少し早いが昼食を食べようかと考えていたところに突然ユナが入ってくる。
「、、、アーク様」
「ユナ?どうしたんだ。」
「タドントさんが呼んでる。村の外れの畑で。」
アークたちは早速タドントのいる村の外れにまでやって来た。測定の様子を興味津々に眺めている町の人々に囲まれながらタドント夫妻がいた。
「アーク様。お呼び立てしてしまってすみません。」
「かまわないけどどうした?」
「いえ、用があるのは女房の方なんです。」
アークはタドントの隣にいる夫人に目を向ける。今回の視察は地図を作るという仕事上どうしても裏方的な役割に徹していた夫人だが、なにか分かったのだろうか。
「私は地図を作るにあたって地質の勉強をしていたのですが、ここの土は鉄や銅といった鉱物を多く含んでいるんです。」
タドント夫人はそう言いながら、手元にある土を掴み上げてすりつぶす。すると、何か黒い粉のようなものが夫人の手にこびり付いた。これは鉄の元になる砂鉄らしい。
「昨日の歓迎の席で出してもらった食事の味が、、、いまいちだったのはこの土のせいですね。」
夫人はアークの後ろにいるラゴンヌに気を使い小声で言った。幸い食事がいまいちだったことはラゴンヌには聞こえていないようだった。
「この土地は耕作に絶望的に向いていません。」
「ええっ」
要点を簡潔に言った夫人の言葉に、後ろにいたラゴンヌが反応した。
「夫人。もし、ここの作物を長期間食べていたらどうなるのかしら?」
「少量ならば問題ありません。しかし鉱物は人間の体にとって毒のようなものです。間違いなく体調を崩すでしょう。」
手を挙げて話に割り込み、質問をしたイアンナは夫人の回答に納得して頷いた。そして、先ほどの事実と照らし合わせる。
「じゃあここの住民の寿命が短いのって土のせいってことね。」
話についていけないラゴンヌはポカンとイアンナを眺めていた。




