第3都市(1)
「ああ。やっと見えてきた。」
「しっかりしなさい。もうすぐ着くわ。」
長旅で疲れている一行をイアンナが励まして数日、ようやくミカンダ地方3番目の町が見えてきた。
相変わらずこの地方は広大だ。第2都市から1週間ほど時間がかかってしまった。馬に乗り続けてお尻が痛くなってきたら徒歩で移動することを繰り返し、ようやくたどり着くことになった。
「何か不気味な雰囲気がしますね。どす黒いというか。」
「おそらく土の色でしょう。」
タドントに言われてみれば確かに地面や周囲の山肌は真っ黒である。町は何やら陰鬱な空気に包まれているが、この土の色のせいかもしれない。
「、、、やっと来た。」
「待たせたなユナ。」
町の入り口にはユナが待ち構えていた。第2都市を出たのはアーク一行よりも少し前の話だったけれども、ユナのことだからものすごいスピードでたどり着いたのだろう。どうやら数日間待っていたようでかなりイラついている様子だ。
そんなユナの隣で若い女が跪いていた。
「領主様。お待ちしておりました。この町の町長のラゴンヌと申します。」
「新しくミカンダ地方を治めることになったアーク=ウォーデンだ。」
馬を下りて自己紹介をした後、すこし沈黙があった。
若い。かなり若い。
アークより少し上、イアンナと同じくらいの年齢だろう。第2都市の町長のグセルブがかなりの老人であったこともあり、町長が若い女であることに一瞬思考が停止していた。
「それにしても若いな。一瞬、君が町長とは思わなかった。」
「先日、父が町長を引退しまして、新しく就任したばかりです。」
ラゴンヌと名乗った町長はアーク一行を役場まで案内した。客を迎えるかなり広い部屋があるようだ。建物の作りや外観だけで判断すると、第2都市に比べてあまり貧しくはないように思える。しかし、同じ領主に統治されているのにはたして違いが出るのだろうか。
「もう日も沈みますし、視察は明日から行えばよいではないでしょうか。今晩は私どもからささやかな歓迎の席をご用意しております。」
「じゃあそうしよう。」
馬に1週間も乗っているのだから当然かなり疲れている。ラゴンヌの言葉に甘えて視察は明日から行うことにした。
早速食事が運ばれてくる。たくさん盛り付けられているのだが、一つ一つがやせているように見える。
「これは、、」
「いかがしました?」
「とってもおいしいよ。」
正直に言うとあまりおいしくない。少なくとも第2都市に比べて作物の質が低いように思える。向こうは栄養がたくさん含まれた土壌によって育てられているのだから農作物もおいしかったが、ここは土が悪いのだろうか。
幸い酒は外から購入したものらしく、疲れた体に酔いが染み渡る。しかし、外から酒を購入できる余力があるという点も第2都市とは異なっている点だ。
酔いが回って来て非常に眠たい。こんな違和感は明日ラゴンヌに聞いてみるとしよう。
「みなさまに個室を用意しております。それぞれの部屋に入ってお休みください。」
「おお。そいつは助かりますな。」
がぶがぶと酒を飲んでいたタドントが真っ先に立ち上がると、ふらふらと案内人に着いて行った。アークたちもその後ろに続く。ユリアやユナは酒を飲んでいなかったが、やはり疲れがたまっていたらしい。アークと同様に今にも閉じてしまいそうな目を擦りながら案内された個室へと入っていった。
「皆様を部屋にお連れしました。」
「ご苦労様、貴方も今日は休みなさい。」
「かしこまりました。では失礼いたします。」
新領主一行の全員が部屋に入ったことの報告を受けたラゴンヌは部下を全員下げた。食器の片づけを一人でしながら、しばらく時間が経過するのを待つ。その後、一人で体を清めた。何とかして新領主の文字通り懐に飛び込まなければならない。
「私はこの町の長。何としてでも仕留めてみせる。」
領主の部屋の前に来るとラゴンヌは少し緊張して胸に手を置いた。何度か深呼吸をして息を整える。そして、音をたてないように慎重にドアを開けた。部屋の中は静かで真っ暗であった。何も見えないがベッドの位置は分かっているラゴンヌは、息を殺しながら感覚でベッドの前まで足を進めた。
今、目の前に領主がいるだろう。ラゴンヌの心臓はバクバクとなり続けている。ひょっとしたら心臓の音で目を覚ましてしまうのではないかと心配してしまうほどうるさかった。
ラゴンヌは覚悟を決めて領主が寝ているベッドに飛び込んだ。
ぽふっ
ベッドの柔らかな弾力がラゴンヌをはじき返す。
そんなはずはない、ここには領主が寝ているはずだ。では、なぜ何の感触もないのか。?
「ああ、ごめんなさいね。弟なら私の部屋で寝てるわよ。」
暗闇の中から声が響き、ラゴンヌは驚きのあまり心臓が飛び出そうになる。クローゼットに寄りかかった女の影が見えた。
「こっちのベッドの方が広かったから交換してもらったの」
そう言いながら女の影は近づいてくる。窓の隣を通った時、その横顔が月光に照らされて美しい顔が浮かび上がった。彼女は領主の姉のイアンナだ。
「で、これはどういうことかしら?」
「、、と言いますと?」
「どうしてあなたは素っ裸でベッドに飛び込んできたの?」
イアンナに言われるまで自分が裸であることをすっかり忘れてしまっていた。暗闇でそれほど見えていないことや、恥ずかしがることはみっともないと思っていたこともあり、イアンナは特に反応することもなく堂々と答える。
「男を籠絡させる古典的な手法の一つですよ。色仕掛けです。」
「ふふっ」
イアンナはおかしそうに笑う。
「素っ裸で来るか、それとも短剣で来るか。私の中では五分五分だったんだけどなぁ。」
「あなたの体筋肉質で抱き心地あまり良くないと思うんだけど、体に自信があるのね。」
「イアンナ様の美しい肉体にはかないませんよ。」
「まあいいわ。暗殺しに来なかっただけ評価してあげる。」
殺すより籠絡させる方がメリットが大きいしデメリットも少ない。ラゴンヌは最初から領主を誘惑するつもりでいた。しかし、イアンナに見破られて計画は失敗に終わったというわけだ。
部屋に入る前に覚悟を決めたことが損したように感じられてラゴンヌは少しぶっきらぼうに言う。
「せっかく心を決めて飛び込んだんですけどね。イアンナ様相手に裸を見せても需要も供給もありませんので今夜はこれで失礼します。」
出て行こうとするラゴンヌの前にイアンナがそっと体を滑り込ませる。
「あら、供給はあるわよ。私、両刀なのよね。」
イアンナの艶めかしい目、荒い息遣い、湿っぽい体温。なぜアークの代わりにイアンナがこの部屋にいたのかラゴンヌはようやく理解した。待ち構えていたのだ、ラゴンヌがアークを誘惑にやってくるのを。捕食者から獲物を逃がすだけではなく、捕食者を狩るつもりだったのだ。
「いやっ!ダメです!」
ラゴンヌは逃げようとしたが、手首を掴まれそのままベッドに押し倒される。暗闇でもわかるほど赤く火照っているイアンナの顔が間近にあった。
「最近ご無沙汰なのよね。誘ってきたのは貴方の方じゃない。」
「イアンナ様を誘った覚えはありません。いやあああああ」
必死に抵抗しようとするラゴンヌを楽々と抑え込んだイアンナは獣のような声を上げてラゴンヌの唇に嚙みついた。
----------------
翌日、アークとイアンナは朝食を取っていた。タドント夫妻は齢のせいか早く目が覚めたようでとっくに朝食を取り終わり、外出して町を散歩している。ユナとユリアはすでに朝食を食べ終わり、食後の水を飲んでいる。
しかし、ラゴンヌはまだ起きてこないのか姿を見せなかった。一応アークは新しい領主なのにもかかわらず、その視察一日目に早速寝坊とはあまり感心しない。
「ラゴンヌはどこいるんだろう?」
アークがなにげなく口に出すと、イアンナが何事でもないように答えた。
「まだ私のベッドで寝てるわ」
ぶふぉ
ユナとユリアが同時に水を吹き出す。
アークは苦笑いをしようとしたが、笑い声の代わりにため息しか出てこなかった。
この姉は本当にもう、、、
イアンナの欠点は性にだらしがないこと、これに尽きる。父の教育で王国各地の施設に修行に出かけていたが、そのほとんどでトラブルを起こしては追い出されるばかりであった。特に貴族や商人の箱入り娘と遊んだ結果、その娘に本気になられて暴走されることが多く、もしイアンナが男であったら今頃手を出した娘の父親に殺されていただろう。
「姉さん。あまりそんなことは」
「あら、昨日部屋を変えない方が良かった?」
「いや、そういうわけではないけれど。色仕掛けをしてきた相手の誘いにわざわざ乗ってどうするんだよ。」
「そのことなら心配いらないわ。昨日たっぷり可愛がってあげたもの。」
二人の話が微妙にかみ合わない。
そう言われてからよく見てみると、心なしかイアンナの肌がつやつやしているように見える。小悪魔のような笑みを浮かべているが、ラゴンヌにとってはまさに悪魔だっただろう。色仕掛けをしてきたのは向こうだったからとはいえ、まさか女に待ち構えられていたとは思わなかったであろうラゴンヌには少し同情する。今もまだ寝ているということはきっと一晩中致していたのだろう。
「、、、だからイアンナ様苦手。」
昨夜を思い出しているのか、喜びをかみしめているイアンナを遠巻きに眺めながら、ユナがボソッと呟いた。ユリアは空になったユナのコップに水を足してあげる。
「確かに新しい一面を知っちゃったね。」
「、、、ときどき、私のこともエッチな目で見てた。」
「えっ」
ユナのような少女の口から「エッチ」なんて言葉が出てくるとは思わなかったからユリアは驚いた。ユナとはだいぶん仲良くなり、自分の話もしてくれるようになったものの、あまり生々しい話はしたことがなかったからだ。でも、確かに言われてみればユナはイアンナに対して警戒していることも多々あった。イアンナがユナにベタベタしようとするから、嫌がるユナが目立つという点もあるが。
「、、、ユリアも気を付けて。」
「う、うん。わかった。」
まさかそんなことにも警戒しないといけないとは思わなかったが、ユナが案外真剣な口調で言うものだから、ユリアは戸惑いつつも了解した。
アークとイアンナの食事が終わってもラゴンヌはまだ起きてこない。アークはしばらく待っていたがやはりこちらから起こさないことには自力で起きてくる気配がないので、イアンナを向かわせることにした。
「姉さん。そろそろ視察に行きたいんだけど、ラゴンヌを起こしに行ってもらっていい?」
「そうね。そろそろ起こさないと」
カーテンが開き、ぐっすりと眠っていたラゴンヌに日光が直撃する。眩しさから顔を背けてゆっくりと目を開けると、誰かがベッドに腰かけているのが目に入った。
「ラゴンヌ起きて。視察に出かけるわよ。」
「...ん?」
まどろんでいたラゴンヌの意識が一瞬で覚醒する。慌てて起き上がると何かいつもと違う。嫌な予感がしつつも恐る恐る目線を下げると、自分が真っ裸であることが目に入った。
裸!?なんで??
シーツで体を隠しながら半ばパニックになって昨日あったことを必死に思い出していると、ベッドに腰かけているイアンナが体を寄せてくる。
「昨日は楽しかったわ。」
イアンナにふっと息を吹きかけられて思わず生唾を飲み込む。昨日の夜、今いるこのベッドで何があったのかを思い出してしまった。そのせいでこのベッドのシーツのシワ一つ一つがいやらしく見えてしまう。
「はい。どうも」
どうしよう目を合わせられない。
ラゴンヌは俯いてぼそぼそと言った。しかし、無理やり視界が上がる。イアンナがラゴンヌの顎をくいっと持ち上げたのだ。強制的に視線を合わせられてしまう。
目が合うとイアンナはニコッと優しく微笑んだ。同性であってもドキッとしてしまうような美貌だ。それとも、昨日の夜にあんなことがあったものだからラゴンヌが過剰に意識しているだけなのだろうか。
「あら、声がカスカスじゃない。ごめんなさいね、あんまりいい声で鳴くものだから。いじめすぎちゃった。」
ラゴンヌの顎を優しく持ち上げていた右手を下に下ろしてきて、そのまま首筋をなぞる。なぞられた首に鳥肌が立つ。
「んふ」
嫌そうな顔をしているもののあまり抵抗らしい抵抗をせずに、イアンナの手を受け入れている様子のラゴンヌにさらに顔を近づける。
「そんなもの欲しそうな顔しないで。また今夜可愛がってあげるから。」
ラゴンヌは少し意識が別の方向へ飛んでいたが、イアンナの唇がすぐそこまで迫っていることにようやく気づいて慌てて顔をそむけた。
「そんな顔してません!」
そしてその勢いのまま、ベッドの反対側から立ち上がり、シーツを体に巻いて全裸を隠したまま慌てて部屋を出て行く。
起きたばかりのラゴンヌには刺激が強すぎたのだろう。彼女の心臓はドキドキと激しく鼓動していた。




