クライツ男爵領(4)
タドントの家は大会会場の隣の都市の住宅街の中にあった。典型的な中流階級だ。いや、家の外観が薄汚れて古くなっているところを見ると中の下くらいか。
「おい、帰ったぞ」
タドントが家に帰ると台所で料理をしておりこちらに背を向けている女性がいた。夫の声に反応して振り返る。タドントと同じくらいの年齢だろうが、顔には皺がより疲れた顔をしている。
「おかえりなさい。結果はどうでした、、、、あの、そちらは?」
「えっと」
タドントはアークたちを見て少し言いよどんだ。おそらくウォーデン協会の人間だろうとはわかっているだろうが、確かにアークの自己紹介をしていなかった。
「そういえばまだ名乗っていなかったな。アーク=ウォーデンだ。」
「えっウォーデン家のお方が何の御用で?」
「旦那さんから聞いたのだが、あなたは正確な地図を作ることができるとか。ぜひ、私の前で実践してみてほしい。」
「急にいわれましても、、」
タドント夫人は汚れた手を慌てて拭きながらも、突然の要求に戸惑っている。
その妻の様子を見て慌ててタドントが言った。
「おいっ、この方は協会の方だぞ!私がトライアスロンで上位に入ったことに興味を持ってくださったのだ。もしかしたら大金が転がり込んでくるかもしれない。」
「わかりました。」
まだ事情を飲み込めていなかったであろうが、夫の勢いとアークの要望に押し切られる形になって夫人は頷いた。
「じゃあ、この部屋の地図を正確に書いてくれ。」
「この部屋ですね。お任せください。」
夫人は紙を用意した後、隣の部屋に消える。しばらくして商人が使うようなきちんとした定規と分度器を持ってきた。
「あんた、歩数を頼んだよ。」
「あい分かった。」
タドントが部屋の隅に立って、先ほどアークたちに見せてくれたのと同様に、端から端まで歩いた歩数を数えていく。
「縦に12歩、横に15歩」
「3、4から5、6に机、8,9から10、11に椅子そこから2、2に戸棚」
アークたちには何も示しているのか良くわからない数字を羅列していき、夫人がその数字をもとに図面に配置を書き込んでいく。後ろから見ていても目の前に広がる家具の配置と図面に書かれていく家具の配置が同じことが分かる。
「できました。これがこの部屋の地図です。」
夫人が立ち上がり、完成したばかりの地図を渡す。
「家具の位置、全体の比率に指1本の誤差もありません。この部屋の20分の1の縮図です。」
「完全に正確な地図か。」
アークは手に持っている地図と部屋の配置を交互に見比べた。素人目でも配置通りに図面が描かれているのが分かる。
「はい、この作業を繰り返したら、この地方の地図を作ることもできるし、この国の地図も作ることができます。」
「素晴らしい、、、素晴らしい、、」
「はい、とてもすごい技術です。」
感動したように繰り返し呟くアークと目が合い、ユリアも一応褒めてみる。しかし、褒めては見たもののユリアには正確な地図のすごさがいまいちピンとこなかった。
「夫妻はどうやって生計を立てているのですか?」
「冒険者に地図を売っているんですが、冒険者たちは一度買ったらもう買ってくれないでしょ。なので荷物運びや薬草採取なんかで生活していたんですが、この老いぼれを雇ってくれる冒険者はなかなかいなくてですな。一発逆転の賞金狙いで大会に参加したのです。」
タドントは寂しそうに笑った。確かに若ければ若いほど稼ぐことができる冒険者を続けるには少し年を取りすぎている。それに長年の経験でなんとなく場所が分かっている冒険者にとって、正確な地図にそれほど需要があるとは思えない。
アークは踏み出して夫妻の手を取った。
「タドント夫妻。ぜひ我が領地に来て欲しい。その技術を私のために使ってくれないか。」
タドントは驚いて目を見張る。ウォーデン家に雇ってもらえるという状況が信じられずうまく理解できていないようだ。
「お言葉は嬉しいのですが、、こんな年寄りを雇っても」
謙遜するタドントだが、アークは彼の手を強く握り熱心に勧誘を続ける。
「正確な地図を作ることは領地の開発でも軍事的でも大変重要な武器になる。生活の面倒はすべて私が見る。ぜひ力を貸してくれ。」
「しかし、、」
戸惑ったままうじうじとしている夫の背中に夫人がそっと手を添えた。
「あんた、そんなに断ったら失礼ですよ。」
妻の言葉で覚悟を決めたのか。タドントはようやく頷いた。
「わかりました。きっとお役に立ってみせましょう。ありがとうございます。ありがとうございます、、、」
「良かったね、、あんた。地図を作り続けて本当によかったねえ。」
今まで続けてきた地図作りが報われた夫妻は静かに抱き合って泣いた。




