クライツ男爵領(3)
「アーク様、連れてきました。」
「ありがとう。」
アークが協会の建物の一室を借りて待っていると、ユリアがおっさんを連れてきた。おっさんは汗をびっしょりと掻いており、なかなか匂いもきつかった。しかし、ユリアは剣闘士時代にどんな環境に身を置いたのか知らないが、おっさんの発する不快指数に全く気付いていない。
「ひい~すみませんすみません」
おっさんは完全に恐縮している。確かに突然こんな部屋に連れて来られたら不安になるだろう。何もやましくなくても挙動不審になってしまう。
「お名前は?」
アークは緊張をほぐすため、できるだけ優しい口調で尋ねた。
「タドントです。」
「あなたはかなり早くゴールしたね。」
「は、はい。8位でした。」
「うん。どうしてそんなに早くゴール出来たのかい?失礼だけどあなたの体形を見てもとても想像がつかないんだが。」
アークはタドントの体形を見て正直に言った。
タドントは居酒屋で昼間から酒を飲んでいそうな何ともだらしがない体形をしている。腹が少し出て尻も大きい。
「い、いえ決してやましいことはしていません。」
タドントは見るからに慌てる。まるで何か隠したいことがあるかのようだ。
「別に賄賂出しても足が速くなるわけではないから、そういうことは疑っていないけど。」
「何も悪いことはしていません。」
必死に答弁をするタドントを横から見ていたユリアが気になっていた違和感の正体が分かり口を挟む。
「アーク様、この人膝まで汚れていますね。」
「ギクッ」
指摘されたタドントは見るからに動揺した。本当にやましいことがあったのだろうか。
「普通の道を歩いたのなら汚れるのは足までのはずですが。」
「ショートカットしたのかい?」
「ルール違反ではないはずで、、その、、大丈夫だと思って、、」
「ショートカットしたの?」
「、、はい」
「しかし、あの複雑な山脈で道を外れて道に迷わなかったの?」
「ええ、なんとか、、へへへ」
タドントは乾いた愛想笑いを浮かべながら、少し左のズボンを庇うようなしぐさを見せた。アークがユリアに目配せをすると、ユリアはタドントの手を抑えつけ、ズボンのポケットを探る。
「わっ、ちょっと、、あああ」
「こんなものが」
タドントの抵抗むなしく、ユリアは一枚の紙きれを見つけてアークに渡す。
「これは地図か。なんとまあ、、、物凄く細かく書かれている。」
アークは驚きを隠せない。
地図はアークも持っている。どこに誰の領地があるかや、都までの道のりといったことがうっすらと書いてあるだけで方向感をつかむことくらいしかできない。
それに対してこの地図は、山の場所、川の流れ、民家一軒にわたるまで非常に細かく記されているとても詳細な地図だった。こんな地図は貴族や商人どころか国王だって持っていない。
「これはこの領地の地図?盗んだの?」
「めめ滅相もない!これは私が作ったのです。」
「作った?こんな正確な地図を?」
アークは手に持っている地図と目の前の小太りの男を交互に見る。こんな高精度の地図を作ることができるなんてにわかには考えられない。
「ええ、正確に言えば私の妻とですが。」
「どうやってこんなに細かい地図を?」
タドントは椅子から立ち上がる。そして、少し自信が溢れる顔をしながら言った。
「私の1歩は常に正確なのです。」
そして、部屋の隅に行き端から端まで歩いてみせる。
「この部屋は縦に15歩で横に20歩ですね。ということはギルド会館の1階の大部屋より12倍狭い。このようなことの繰り返しです。私が距離や面積を正確に計算し、妻がそれを正確に地図に落とし込む。」
自慢げに語るタドントをアークは手品を初めてみた子供のようなキラキラとした目で見つめた。やはりアークの見る目は間違っていなかった。
正確な地図を手に入れることができれば、戦争でも防衛でも日頃の統治でも冒険者の安全でも計り知れないほどのメリットがある。これは物凄い人材に出会ってしまった。
「奥さんは?」
「今は家で休んでいますね。」
アークは椅子から勢いよく立ち上がった。
「すぐに会いたい。あなたの家に行っていいか?」




