旧ウォーデン領の人々
アークがクライツ男爵領に入った日、既に旧ウォーデン領にはアークのうわさが広がっていた。アークに頼まれた商人から冒険者、冒険者から市民へとじわじわと広がっている。
新しい領主による厳しい支配に疲れてきていた人々にとって、ウォーデン家が無事であるという事実は久しぶりの明るいニュースであった。
「おい、男爵様の話聞いたか?」
旧ウォーデン領の南部のとある冒険者ギルドにも噂が入ってきていた。二人の冒険者がギルドに隣接された酒屋で酒を飲みながら話をする。
「イワン様がまた何かしたのか?」
「違う違う。イワン侯爵じゃなくてウォーデン男爵だよ。」
「ウォーデン様!?無事だったのか?」
「いや、男爵様はあの事件の結果亡くなったらしい。」
「そうだったのか」
「んで、今は次男のアーク様がウォーデン男爵になっているんだと。」
「はええ、あの坊ちゃんがね。」
南部にまでわざわざ領主が来ることは少なかったもののアークの顔はみんな知っていた。
「そのアーク様がお忍びで来たそうなんだよ。正確に言えば商業ギルドらしいんだが。」
いつの間にか酒屋の騒がしさは消え、その二人の冒険者以外誰も言葉を発していなかった。みんな二人の話に聞き耳を立てている。
ウォーデンという懐かしい単語に耳が勝手に反応したのだろう。
「アーク様によると、ミカンダ地方に領地が変わって、そこの領主になっているそうだ。」
「ミカンダ地方?聞いた事ねえな。」
ミカンダ地方という名前は聞いたことがない。そもそも地元で生活し、死んで行く冒険者たちのほとんどは領地の外の地名を知らない。王国の西端にあり、ここから正反対に位置しているミカンダ地方を知らないということも当然と言えば当然のことであった。
「ここから反対側だよ」
突然、二人の話に商人が割って入ってきた。
「ここは王国の東端、ミカンダは王国の西端だ。歩きでは数か月、馬に乗っても1週間以上はかかる。」
「そっかあ。ここの領主として戻ってくることはないのだろうか。」
「良かったのにな、ウォーデン男爵。自由で豊かで活気があった。」
冒険者たちはつい数か月前までの話だったが、とても懐かしそうに振り返った。
侯爵家の統治は厳しい。一生懸命に働いてやっと支払うことができるほどに税金は重く、払えない場合は厳しい取り立てが待っている。それに、新しくやって来た役人がとても偉そうにしており、住民たちは精神的な不満も抱えていた。
「募集しているらしいぞ、領民を。」
商人の言葉に冒険者たちは反応する。
「えっ」
「ミカンダは田舎で人がいないからな。アーク様は領民を募集しに来られたそうだ。」
「、、、、」
二人の冒険者、そして聞き耳を立てている周りの冒険者たちは天秤にかけた。
新しい領主の下で苦しみながらも今まで通りにここで暮らし続けるか、前の領主が移ったというはるか遠くの土地に移住するか。
なかなか難しい選択だったが、冒険者たちは自分を納得させるようにうんうんと頷きながら深くため息をついた。
「俺は妻と娘がいるからな。ここで不満を言いながら暮らしていくよ。」
「俺も、、統治が厳しくなったとはいえ冒険者としての環境は悪くないからな。」
周囲の冒険者たちも同じような反応だ。
旧ウォーデン領は男爵が交通網を整備した結果、他国との国境であったことも相まって一大商業の中心地になっていた。商人をはじめとした金持ちもたくさんいることから警護等の仕事が多く、まず仕事がなくなることはない。
ウォーデン家に対する親愛の想いがなくなったわけではないが、やはりここを捨ててミカンダ地方とかいうどこにあるかもわからない田舎に移住するのはリスクが高すぎる。そのため、残念だけれどここに残るという決断をした冒険者がほとんどであった。
そんな中、店の端っこで飲んでいた女二人組のうちの一人が決心がついたように立ち上がる。ソロ冒険者である彼女は冒険者パーティーに誘ってくれていたもう一人に対して頭を下げた。
「さっきの話はなかったことにしてくれ。契約金の金貨をすべて返す。」
「どうして!?2級冒険者がパーティーに加入するってみんな楽しみにしているのに。」
「すまないが気が変わった。もうしばらくソロで冒険者をするよ。また気が向いたら声をかける。本当にすまない。」
そして彼女は、冒険者パーティへの加入を必死に説得している声を振り切り店を出た。
「どこに行くの?」
「ちょっと商人ギルドへ」
彼女はそれだけ言うとすごいスピードで走りだし、あっという間に夜の闇の中に消えていった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ご感想・評価・ブックマークいつもありがとうございます!
これからも続いていきますので応援よろしくお願いします。




