クライツ男爵領(1)
商人たちや教団と無事に連絡を取ることができ、旧ウォーデン領に来た目的は果たせられた。今度は、できるだけ早く出て行かなければならない。イワン侯爵側の人間に正体がバレてしまったら面倒くさいことになってしまう。
「アーク様、今度はどちらに行かれるのですか?」
「今から入るのはクライツ男爵領だ。クライツ男爵とは仲がいいが、相手の立場も考えて今回は挨拶しない方がいいかな。」
クライツ男爵領はイワン侯爵領と反対側で旧ウォーデン領に接している。もともとクライツ男爵家とウォーデン男爵家は関係が良好で、イワン侯爵の襲撃事件の時も都へ逃げるアークたちを領地に通してくれた。
しかし、もし今アークがクライツ男爵と会ったということがイワン侯爵の耳に入ったら、クライツ男爵とイワン侯爵の関係が悪化する恐れがある。そのため、今回は男爵にも秘密で領内に入らせてもらうつもりである。
クライツ領に入り、しばらく進んでいると第二の都市スラヴィアが見えてきた。城壁に囲まれた中では、巨大な建物を取り囲むように家が密集しており、多くの人が暮らしている。
遠くからでも見ることができる中心の建物は間近で見てみるとさらに圧倒されるほど大きい。高さは5階建てで他の建物から頭二つも飛びぬけている。
「ここは領主さまの屋敷ですか?」
大きさに圧倒されるユリアが聞く。
「いや、男爵はこの街には住んでいない。これは商業ギルドだ。」
「こんな大きい商業ギルドがあるなんて、、、」
「3階から5階までは全部ウォーデン協会が所有している。ここのギルドはウォーデン協会の本拠地でもあるんだ。」
実は商人としてのウォーデン家の中心はこの街なのだ。
「えっ、私てっきりウォーデン協会は旧ウォーデン領にあるものとばかり思っていました。」
「あそこは父が男爵の爵位を買収した後に国王陛下からいただいた土地だから。ウォーデン家は元々ここで商人をやっていたんだ。」
アークとユリアは商業ギルドの中に入った。
中ではたくさんの商人が店主や客たちを相手に取引の交渉を行っており、ものすごい熱気だった。顔見知りの商人も何人かいたが、誰もアークには気づかずに夢中になって商売をしている。
二人は騒ぎになって商人たちの商売の邪魔をしないように注意をしながらウォーデン協会がある三階へと上って行った。
「ハング来たぞ」
三階にある代表室のドアを開ける。
「やあアーク。久しぶりだな。」
そこにいたのは代表のハングだ。アークのいとこで数年前から若くして代表を任されてた。自分で店を経営することはなく、商人たちにコンサルタントをすることで協会の利益を上げている。
「いとこのハング=ウォーデン。ウォーデン協会の代表を任されている。こっちは従者のユリアだ。」
「ユリアと申します。」
ユリアが頭を下げるとハングはユリアの手を取って顔を近づけて嬉しそうに言った。
「おおっ、少し年上のお姉さんって俺の好みドストライクじゃん。アーク、この子をぜひ売ってくれ!」
ユリアが奴隷であることを一瞬で見抜いた。そして、当たり前のように商品として扱われたことにユリアは久しぶりに鳥肌が立つ。ハングの口調や態度は丁寧だからこそ一層不気味だ。
いくら奴隷とはいえ、同じ人間をここまで当たり前のように商品扱いするハングは、さすが商人といったところか。あまり近づきたくはない。
ユリアはアークの後ろにそっと避難した。
アークはハングの冗談を完全に無視し、ハングも何事もなかったかのように会話を続ける。少し申し訳なさそうな、深刻な顔をしてアークに頭を下げた。
「それはそうとアーク、この前の事件は残念だった。親父さんのお悔やみを申し上げる。俺も都での葬式に出なければならない立場だったんだがな、、、隣国に商談に出かけていて、できなかったんだ。」
「いや、大丈夫だ。商人にとっては商談の方が大事だからな。」
「すまない。イアンナ姉さんたちにもよろしく伝えてくれ。」
ハングは真剣な顔を崩して笑顔で問いかける。
「それで今日は何の用だ?わざわざこんなところまで来てくれたんだ。何か重要な用事があるのだろう?」
「ああ。お前の耳にも届いているだろうが、ウォーデン男爵家はミカンダ地方に領地が移し替えられた。あの田舎をなんとか開発しているんだが厳しい状況が続いている。」
「ん?ウォーデン協会の資金は自由に使っていいぞ。既に結構使っていると思うが。」
協会は全面的に男爵家に協力してくれている。もともと、どちらも父によってコントロールされていた組織だから当然と言えば当然であるが、それでもありがたいことだ。
ユリアを買った金や、ここまでの旅費、教団に支援する金など多額の費用を当たり前のように出費していたが、それは協会の圧倒的な経済力がバックにあるからできることなのだ。
「おかげさまで資金の心配はしていないんだ。問題は人材だ。」
「確かにあんな田舎じゃあ人もいないだろうね。なるほどね。だからこうやってあちこちを回っているのかい?」
「そういうことだ。クライツ男爵領でいい人材はいない?」
「急にいわれてもなぁ。」
少しハングは考え込んだが、しばらくして思い出したかのようにピンと指を立てる。
「そういえば今度あれがあったんだった。」
「あれ?」
「山脈走破競争ウォーデン杯」




