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第89話 動乱の王都その四


 マリア達と合流したユウト達は、ローザ達が立て篭もっている娼館へ急行した。しかし――。


 「遅かったか……」

 「もう突破されてるみたいですね」

 「戦っている様子も無いな。なら雇われていた用心棒は……」


 到着したユウト達が見たのは、開け放たれた娼館の扉とそこを出入りするエイシス兵の姿だった。周囲には残された者達の姿は無く、今現在争っている様子も無い。娼館から離れた位置にいるユウト達からは娼館内部の状況は見えないが、おそらく中には用心棒達とエイシス兵が争った痕跡が残っているはずだ。

 娼館では時折居る乱暴な客から娼婦を守るため、怪我などで一線を退いた冒険者を用心棒代わりに雇っているところが多い。マリアの話でも、残された者達の半数ほどはその用心棒だった。両者が戦い、こうしてエイシス兵が健在ということは、その末路は明らかだ。

 だが、それも仕方が無いだろう。なにせ、数に差がありすぎる。


 「というか、幾ら何でも数が多すぎないか……?」

 「そう……ね。百人近く居るみたい」

 「俺には人数の方は分からないが。統制が取れ過ぎてるように見えるな」


 今のエイシス兵は精神支配の影響でまともな判断力を失っている。団体行動が身についているためか、数人から十数人程度の隊を組んで行動はしているようだが、あくまで一緒に居るだけであって、意思疎通をしながら作戦行動をしているわけではなかった。ユウト達が今まで見たエイシス兵は全員そうだったのだが、今娼館の周りに居るエイシス兵達は様子が違っていた。

 まず、数がおかしい。メイアが言った通り、周囲に百人近く居るのだが、城壁からそれなりに離れたこの場所まで百人もの人数が固まって行動しているのは今までに無いパターンだ。加えて、遠目に見た限りでも、見回りをして居る者と入り口を守っている者とがきちんと分担されており、それぞれがその役割を果たしていた。

 ――まさか、誰か指示を出している奴が居るのか?

 ユウトがそう考えたのは、そこに居るエイシス兵達が自分の意思でやっているようには、どうしても見えなかったからだ。それでも統制が取れているということは、逐一兵に指示を出している者が居るはずだ。

 そして、仮にそんな者が居るとすれば、ヴァルドである可能性が高い。そのことに思い至った瞬間、ユウトの瞳に殺意が篭った。


 「ローザさん達は無事……なのでしょうか?」


 だが、エリスの言葉ですぐに我に返った。

 ――そうだ……。今はローザさんの無事が最優先じゃないか。落ち着け。

 深く息を吐いて自分を落ち着かせたユウトは、顔をあげてエリスに答える。


 「確証は無いけど、多分まだ無事だ」

 「娼館の一角に六人くらい固まってるでしょ? 見張りらしいのも居るし。そこに居るのが逃げ遅れたって人達だと思うわ」


 メイアが詳しく説明すると、エリスが安堵したようで強張っていた表情が僅かに緩んだ。

 エリスもメイアやユウトに劣らない“探査”を使うことが出来るのだが、エリスにはローザ達が無事かどうかまでは分からなかった。それというのも、エリスの“探査”は魔力の存在を捉えることが出来ても、その魔力が何者なのかまでは分からないからだ。もっとも、それはユウトやメイアも同じであり、そこを補うために予測と想像を用いているのだが、圧倒的に経験の少ないエリスにはそれがまだ難しかった。

 なので、あくまで二人が言っているのは、そのはずだという可能性でしかない。実は既に手遅れだったということも考えられる。また、仮に命は無事だったとしても、心や体(・・・)が無事とも限らなかった。

 だが、それでも命が無事なら、まだ救いはある。――そう信じて。  


 「捕まってる人達を救出する」

 「はいっ」


 エリスがしっかりと答えると、メイアとロアも声にこそ出さなかったが強く頷いた。




 ユウト達が“探査”で捉えた娼館の一角。そこにはユウト達が予想した通り、逃げ遅れた娼婦達が集められ、軟禁されていた。


 「ちっ。まだ来ねぇのかよ。いい加減我慢の限界だぜ。なぁ、あんたもそう思うだろ?」


 集められた娼婦達を見張っている男が苛立ち混じりに舌打ちし、ローザに視線を向けた。しかし、ローザは男の視線を真っ向から受け止め、何も言わずに睨み返した。


 「ふん。全く気の強い女だ。まぁ、そんな顔をしてられるのももう少しだ。ユウトとかって小僧をぶち殺したら、自分から俺が欲しがるくらい従順になるまで調教してやるから楽しみにしていろよ」


 そう言うと、手足を縛られて床に座らされているローザの体を嘗め回すように見ながら厭らしい笑みを浮かべた。そこでローザが初めて口を開いた。


 「貴方こそ、そんなことを言ってられるのも今のうちです。ユウト様が貴方程度に負けるはずがありません」

 「はっ。ようやく口を開いたと思ったら、そんなことか。随分とその小僧に夢を見てるようだが、俺はエイシス軍で最強の男だ。冒険者風情じゃ相手にもならねぇな」

 「最強? 夢を見ているのは貴方の方では? 本当にそんな実力があるのなら、たかだか娼館の占拠に駆り出されるはずがありません。見栄を張るにしても、あまりに分不相応なことを言っていては滑稽なだけですよ」


 自慢げに語った男をローザが嘲笑する。ローザは普段から人と接する時は丁寧な口調を心がけており、殆ど癖になっている。それ故、今も一応は丁寧な口調のままだが、普段客に接している時とは違っている。意識しているかいないかという点もそうだが、それ以上にローザが男に悪感情しか持っていないことが原因だった。

 そのことが男にも伝わったのか、目つきを鋭くして怒りを露わにすると、ローザに近づき、その胸に手を這わせてから、握り潰すかのように力を込めた。


 「あまり調子に乗るなよ。今すぐ滅茶苦茶にしてやっても良いんだ」

 「……っ」


 胸に感じる強い痛みを我慢しながら、顔を出さないように平静を装う。こういう男は、苦痛に怯える女の表情を見て喜ぶタイプだ。ほんの僅かだろうと、この男を喜ばせるようなことをしてやるつもりは無かった。


 「汚い手で私に触らないで」


 吐き捨てるような言葉に、男が僅かに怯む。そこを見逃さずに、ローザが更に言い募る。


 「女性の扱い方も知らないのですね。その様子では……あぁ、そういうことですか。母国では相手をしてくれる女性が居ないので、わざわざ他国にまで女性を襲いに来ているのですか。哀れな男」

 「てめぇ……」


 男の顔から表情が消えかかる。本気で怒った時は無表情になるとは良く言うが、少なくともその男に関しては事実だったらしい。

 パァンッと大きな音がしてローザの体が横に倒れる。しかし、ローザはジンジンとした痛みを頬に感じながらも嘲笑の表情を崩さなかった。男の叩いた手が拳ではなく平手だったのは、僅かながらに理性が残っていたからだろう。その最後の理性も、変わらないローザの表情が吹き飛ばした。

 男は手を伸ばすと、倒れたローザのドレスを掴んだ。


 「良い度胸だ。こいつらの見てる前で突っ込んで――」

 「そこまでだ」

 「っ!?」


 突如背後から届いた声に、男が勢い良く振り向く。そこには、外套のフードを被って顔を隠した者が居り、声の主がその者だと分かった男が息を吐いた。


 「なんだ、あんたかよ。メイザース」

 「言っておいたはずだ。ユウトを殺すまでは女共に手を出すな、と」

 「確かに聞いてるがよ。どうせ奴は殺すんだし、その後は好きにして良いって話だろ? なら、先でも後でも関係無いじゃねぇか」

 「これは命令だ」


 言い含める様子も無く、ただ言うことを聞けというだけの言葉だった。僅かな時間、男はメイザースを睨んでいたが、最後は不承不承に頷いた。


 「……分かったよ」


 男はローザから手を放し、距離を取ると、置いてあった椅子にどさりと腰をかけた。男がその気を失ったことに安堵した娼婦達がホッとした様子で息を吐き、ローザも心の内で安堵していた。


 「お前もあまり無謀な真似はしないことだ。負う必要の無い(・・・・・・・)傷をわざわざ負うこともないだろう」


 そんなローザにメイザースがそっと告げると、男の方に近づいていった。

 ――負う必要の無い……?

 その言葉に違和感を感じながらも、後回しにして男とメイザースから目を離さずに居た。すると、他の娼婦がローザに声を掛けた。


 「ローザさん。無茶をしないで下さい。貴方に何かあったら……」

 「大丈夫。ユウト様がいらっしゃれば、すぐ助けて頂けるわ」


 周りの娼婦達を不安にさせないように、自信満々で言った。

 もっとも、ローザの知るユウトの性格ならば、間違いなくそうなるだろうという確信はあった。ローザはユウトと何度も会っているが、ユウトの性格を確信を持って語れるほど親しいというわけではない。だが、ユウトと個人的に親しい者達から詳しく聞いた話から導き出したものだ。その情報源が情報源なだけに自信があった。実際、ユウトはローザを助けるために行動している。

 しかし、まだ若いユウトを再び利用するようで申し訳ないという気持ちもあった。以前の娼婦誘拐事件の礼もまだ出来ていないのに、と。

 その時には、娼館に来てくれればサービスすると言って置いたのだが、結局ユウトは一度も来ていない。実のところ、そのことで自分の女としての魅力に自信を失い、ほんの少し怒りを覚えたりもしていた。だが、ユウトが来ない理由を理解した時から、逆に微笑ましく思うようになった。

 この人は一途なんだ、と。相手が二人なので、一途と言うのもおかしな話かもしれないが、少なくとも誘われれば乗るような男では無いということに好感を持った。そして、その二人もユウトだけを見て、大事にしていた。それが、とても羨――。

 ――って、何を考えてるの、私は。

 ぶんぶんと頭を振って脇道に逸れかけた思考を引き戻す。


 「ローザさん? 大丈夫ですか?」


 急に頭を振り出したローザを、娼婦が心配そうに覗き込む。


 「え、えぇ」

 「なら、良いですけど……。先程、ユウト様がいらっしゃればって言いましたが、その前に何かあったらどうするんですか」


 少し怒ったように娼婦が言う。この娼婦もマリアと同じ以前誘拐されてユウトに助けられた女性で、ユウトが来れば助けてくれるという点については疑っていなかった。心配していたのは、そのユウトが居ないのに男を怒らせることの危険性だ。いくらユウトの実力に疑いが無くても、ユウトが居ないところで起きたことはどうにもならないのだから。


 「心配をかけてごめんなさい。でも、勝算はあったの」


 しかし、娼婦の心配を余所にローザはそう言った。

 ローザ達が捕まった時、メイザースは男達と一緒に居た。抵抗を試みた用心棒達を全員殺した後、男や他の兵士達がローザ達娼婦に手を出そうとした時、先程と同じ事を言ってメイザースが止めた。

 その様子を見ていたローザは、メイザースが男よりも上の立場にあり、逆らえない相手だと踏んでいた。もっとも、ついやりすぎてしまったのはローザ自身も誤算だった。


 「だからと言って、わざわざ挑発することは無いじゃないですか」

 「あの人達は皆を殺したのよ。何も言えずに居るなんて、嫌じゃない」


 ローザが悔しそうに唇を噛んだ。ローザ達の目の前で殺された用心棒達には付き合いの長い者も多く居た。中には、それこそローザが娼婦として働き出した当初から居るような古株も居た。その親子ほどにも年の離れた用心棒は、時折ローザを娘のように可愛がってもくれた。

 そんな人達を目の前で殺されたのだ。怒りを覚えないはずが無い。やりすぎたのはそれが理由だった。


 「それは……そうですけど」


 ローザの思いを知り、娼婦の声が尻すぼみに小さくなる。ローザよりもまだ若いその娼婦も、殺された用心棒達とは顔見知りだ。同じように、男達に対する怒りはあった。その気持ちが分かるだけに、それ以上注意することも出来なかった。そうして黙り込んだ二人の耳に男の声が届く。


 「はっ。ようやく来たかよっ」


 喜色ばんだ男の声にローザが振り向いた。その視線に気付いた男がローザ達を見て、ニヤリと口元を歪めた。


 「良かったな、お前ら。もうすぐ可愛がってやるからなぁ」


 その言葉が何を意味しているのかはすぐに分かった。といっても、ローザが察したのは言葉そのものの意味では無く、その言葉が意味する事態についてだ。

 ――ユウト様が来てくれた。

 そう思った瞬間、ローザの鼓動がドクンと跳ねた。微かに頬を紅潮させたローザを見て、勘違いをした男が更に笑みを深くするが、メイザースが冷や水を浴びせる。


 「余計なことを言っていないで、すぐに迎え撃つ準備をしろ」

 「わぁってるよ。あんたは参加しないんだったな?」


 邪魔をされたと感じた男が面倒臭そうな顔で聞くと、メイザースが淡々と答える。


 「ああ。他に用がある」

 「どう殺しても良いんだよな?」

 「好きにしろ」

 「ははっ。存分に楽しんでから殺してやるぜ」


 男はそう言い残すと嬉々として部屋を出て行った。そして、閉じられた扉を見やり、メイザースが冷たい声で呟いた。


 「……出来るものならな」

 「え……?」


 耳に届いた言葉にローザが驚く。まるで男が負けるのを分かっているような口振りだった。その真意を探ろうと、ローザが口を開こうとした直後。


 「お前達はここで大人しくしていろ。余計なことをしなければ、すぐ助けが来る」


 そう言って、姿を消した。

 メイザースがまるで煙のように姿を消したことに目を瞠り、キョロキョロを周囲を見渡すが、メイザースの姿は見つけられなかった。


 「今の人は、一体……」


 ローザが呆然としていると、ギィッと静かに扉が開く。目を向けると――僅かに開いた扉の間から、エイシス兵が顔を覗かせた。




 ユウト達が来たという話をメイザースから聞いた男は、娼婦達を閉じ込めていた部屋を出た後、すぐに娼館の玄関に向かった。


 「おいっ。小僧共が来ているらしいな。どこだ?」


 玄関に集まっていた兵士に聞くと、兵士の視線だけが動いた。思考力が低下している今のエイシス兵達はまともな受け答えが出来なくなっているが、意思疎通自体は一応可能であり、上司の命令を聞く程度の思考力は残っている。思考力の低下に伴って、戦闘力もある程度低下しているが、男にとってはそれでも今の方が都合が良かった。もし、まともな思考力があれば、殆どの兵が自分に従わないであろうことは分かっていたからだ。


 「あっちか。一部隊だけ残して全員ついて来い。活きの良い玩具と遊ばせてやる」


 エイシス兵を連れ、男が娼館を出る。そのまま進むと、十数人の男女がそこに居た。

 ――メイザースの情報通りだな。先頭に男と女が二人ずつ、あの小僧がユウトか……。へぇ、女のガキの方は中々良い体してんじゃねぇか。

 楽しみが増えた。と厭らしい笑みを浮かべると、視線に気付いたのか少女――エリスが体を隠すように身動ぎをした。その動きが体の一部を強調させ、男が下卑た想像を浮かべて唇を舐める。


 「俺の名はザック。エイシス軍最強の将だ。死にたくなければ、そこの小僧の首を差し出せ。そうすれば、他の奴等の命は保証してやるし、女共は極楽に連れてってやるぜ」


 既に勝利を確信しているザックは、下卑た笑みを浮かべたままそう言い放った。すると、ロアはやれやれと肩を竦め、メイアとエリスが気持ち悪いと言わんばかりの表情を浮かべた。しかし、終わった後のお楽しみを想像しているザックはそのことに気付かず言い募る。


 「ユウトっつったな、小僧。自分の命が惜しいか? だが、どの道お前は死ぬんだ。せめて仲間の命くらい助けて死んだらどうだぁ? 心配しなくても女共は俺が可愛がってやるからよぉ。ギャハハハハッ」


 ザックが腹を抱えて笑い始めると、一拍遅れて別の笑い声が周囲に響いた。


 「あははははっ」

 「あぁっ?」


 笑っていたのは、灰色の髪(・・・・)をした少年だった。


 「ユウトさんのことを何も知らずに粋がるなんて、滑稽どころか哀れですね」

 「あ……?」

 「あぁ、でも。僕なんかをユウトさんと間違えてくれたことは礼を言っておきます」

 「何言って――」


 そこでようやく気がついた。メイザースから聞いていたユウトの特徴は、黒い髪だったはずだ。


 「てめぇ、誰だ。ユウトって奴じゃねぇな?」

 「僕の名はクリス。ユウトさんの第一のファンだっ!」


 空気の読めていない名乗りを堂々と上げたクリスに、エリス達が疲れたように溜め息を吐いた。




 馬鹿にされたと感じたザックがギリッと歯を食いしばる。しかし、それを無視してロアが呆れた顔のままクリスに尋ねる。


 「なぁ少年。今の名乗り必要だったか?」

 「何を言ってるんですか。僕がユウトさんの第一のっ! ファンであることを大陸全土に知らしめておく必要があるんです」


 ファン第一号であることを強調したクリスが力説する。そんなクリスに、エリスとメイアは我関せずを貫いている。一応ツッコミを入れはしたが、本音としてはロアも右に倣えしたかった。だが、既に大陸全土とか言い始めているクリスを放置すると、より面倒なことになりそうだと感じた意外に常識人なロアは、ストッパーをやらざるを得なかった。もっとも、全く止まる様子は無かったが。

 そもそも、ファン一号というのもクリスが勝手に言っているだけで、実際はそうではない。誰よりもユウトと最初に出会ったエリスこそが、真実ファン一号なのだ。しかし、エリスはそんなことをわざわざ言うつもりは無かった。言えば、必ず絡まれるという確信があったからだ。


 「そもそも、何故少年は当然のように俺達の横に並んでるんだ? 危険だから後ろに居ろって言っただろうに」

 「良くぞ聞いてくれました。この位置に居ればユウトさんの気分を味わえるかと思ったんですよっ!」


 そう嬉々として語るクリスを見て、こいつはもう駄目だ、とその場に居た全員が考えた直後。


 「へぶっ!?」


 悲鳴と共にクリスがその場に崩れ落ちる。その背後にはクリスの彼女さんが手刀を構えて立っていた。そして、ニッコリと笑顔を浮かべると。


 「失礼しました。これ(・・)は持っていくので、気にしないで下さい」


 そう言って、地面に倒れたクリスの足首を無雑作に掴みあげると、そのまま引きずっていった。その後姿を見送ると、ロアが戦慄した表情で呟く。


 「……今、全く魔力を感じなかったんだが。そっちは?」

 「クリス君の背後に彼女の姿が見えた瞬間、背筋が凍ったわ」

 「はい……」


 彼女さんは実戦経験はおろか戦闘訓練すらやったことの無い、ただの町娘のはずだ。しかし、先程の魔力も気配も感じさせない動きは、凄腕の暗殺者のそれと遜色無い。

 もし彼女さんが訓練をつんで、自分達の敵に回ったら……。そう思うとゾッとした。今回の騒動が始まって以来、最も恐怖を感じた瞬間だっただろう。

 すると、彼女さんの意外過ぎた才能で、その存在を忘れられかけていたザックが怒りを露わに叫ぶ。


 「ざけんなぁっ! ユウトとかいう小僧はどこだっ!?」


 クリスに騙された上、放置されたことで馬鹿にされたと感じたのだろう。もっとも、クリスの件は明らかにザック自身の注意不足が原因なのだが。


 「今すぐ出さねぇと全員――」


 しかし、叫んでいたザックが突如言葉を失った。

 その理由は簡単だ。その場に居るはずの無い者が姿を現したからだ。


 「なん、で……。お前……」


 搾り出すようなザックの声が届いたわけではなかったが、声に反応したかのようなタイミングでローザ(・・・)がザックに顔を向けた。


 「先程振りですね」

 「どうやって抜け出したっ!? 何人か兵を残しておいたはずだぞっ」

 「それが分からないのなら、やはり貴方はユウト様に遠く及びません」


 そう言って、ローザはザックから視線を外すと、もう興味すらないとばかりに一瞥することも無くなった。

 その事実を理解したザックは、顔を伏せると怒りに身を震わせる。しばらくして顔をあげたザックは、獰猛という形容すら生温い、怒り狂った獣のような表情で喚き散らす。


 「あ゛あぁぁあ゛ぁぁっ。お前っ! お前ぇぇっ! 殺してやるっ。犯して、犯して、犯し尽くしてから殺っ――」

 「もう黙れよ。聞くに堪えない」


 いつの間にかザックの背後に立っていたエイシス兵が、白と黒が混ざり合った刀身を持つ珍しい形状の剣を二度閃かせた。


 「……あ?」


 二つのモノが、ドサリと一度だけ音を立てて地面に落ちた。ザックはその音に釣られるようにして視線を下げる。そして、自分の足元に転がっているモノを見て、悲鳴をあげた。


 「あ、あぁ……あ゛ぁぁぁっああぁぁっ! 俺の腕がぁっ!?」

 「耳障りな声だな。おい。俺に用があったんじゃないのか?」


 膝を折って声をあげるザックをエイシス兵が蹴り飛ばす。這い蹲るような体勢になったザックに視線を向けながら、そのエイシス兵は窮屈そうに腕を回した。


 「この鎧邪魔だな。重いし、動き難い。ほれ、返してやるよ」


 そう言って、鎧を脱いだエイシス兵の中身はユウトだ。ユウトは脱いだ鎧をザックへ向けて投げつける。後頭部に鎧をぶつけられて、ザックの額が地面にこすり付けられる。それは、まるで土下座をしているような体勢だった。腕を失い、地面に這い蹲ったザックは、誰の目からも無様な姿だっただろう。だが、そんな姿を晒させても、ユウトの怒りは晴れなかった。

 ユウトがここまで怒っている原因は、今から少し前に遡る。

 ローザ達が囚われていると判断したユウト達は、いざ戦闘になった時に人質にされることを避けるため、まず救出を優先することにした。その手段が潜入だ。見回りのエイシス兵を一人昏倒させて鎧を剥ぎ、エイシス兵に扮したユウトが娼館の内部に潜り込んだのだ。

 だが、そこで見たのは、ユウトの予想を遥かに超えて、吐き気を催すような光景だった。

 ザック達に抵抗した用心棒達は、殺されていた。しかし、それくらいは最初から覚悟していた。予想外だったのは、女性の遺体が幾つもあったことだ。助け出した娼婦の人数とマリアに聞いていた人数は一致していたので、どこからか連れてきたのだろう。その女性達は何人――或いは何十人もの男に嬲られた後に殺されていたようだった。勿論、そうなった者を見たことがあるわけではないので、あくまで想像だが。少なくとも、ユウトがそう感じるくらいには、酷い光景だった。

 幸運にも、ローザ達はほぼ無傷で助け出すことが出来た。だが、ユウトが見た惨状は忘れようとして忘れられるものでは無い。それでも、ザックが他のエイシス兵と同様に、正気とは言い難い状態であればユウトもここまでのことはしなかった。

 しかし、ザックは違った。理由は定かでは無いが、ザックだけは他のエイシス兵と違って精神支配の影響を受けていない。もしかしたら、逆に影響を受けすぎて発狂しているのかとも考えたが、精神支配の末路がスバルのような状態であるならば、発狂したという線は考え難い。結論として、ユウトはザックが正気のままこれらの惨状を行なったと判断した。そして、それは先程のやり取りで確信に変わっていた。

 ユウトは最早ザックを同じ人間とは思っていない。笑いながらあんなことを出来る者が、同じ人間なはずが無い。

 ――だから、今ここで必ず殺しておかなきゃならない。与えられる限りの苦痛を与えながら。

 ズキンと頭に痛みが走った気がした。だが、その程度の痛みは気にも止まらなかった。ザックの姿を見ていると嫌でもあの光景を思い出す。その度に感じる胃液が逆流するような吐き気の方が、余程気分が悪い。

 しかし、ユウト自身気付いていなかった。

 崩れ落ちる城(・・・・・・)積みあがる瓦礫(・・・・・・・)立ち昇る炎(・・・・・)、そして無残な二人の遺体(・・・・・・・・)

 思い出される娼館の中の光景が、いつの間にか別の物にすり替わっていることに。

 この最悪な気分から逃れたい。その一心で、ユウトは白夜(ビャクヤ)を握り直した。ザックの息の根を止めよう。そう考えた直後、しかしユウトはその場を飛び退いて、ザックから距離を取った。その行動は勘だけの咄嗟の判断だったのだが、正しかったことはすぐに分かった。ユウトが今の今まで居た場所に、鱗で覆われた恐竜の腕のような物が突き刺さっていた。

 そして、その腕は、斬り捨てられて先を失ったはずの、ザックの右肩から伸びていた。


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