第88話 動乱の王都その三
「まるでゾンビ映画かなにかだな……」
「はい?」
娼館に向かっていたユウト達は、途中エイシス兵と遭遇していた。幸運にも、背後を突くような形で接近できたため、まだ向こうには気付かれては居らず、建物の影に隠れながら、その様子を窺っていた。
半ば本能で動いているエイシス兵は、仮にも軍隊だとは思えないほどに統制が取れていない。一応は一塊になって行動してはいるようだが、今ユウト達の前に居るエイシス兵達も何かの命令に従っているのではなく、敵――標的を探して徘徊しているだけだ。その様は、まさに生者を求めて動き回るゾンビのようだった。ゾンビほど動きは緩慢ではないし、腐ってもいないが。
ユウトの独り言に反応したエリスに「何でもない」と返事をすると、気付かれていないのならばと奇襲をかけることに決めた。
「一気に仕留めよう。援護頼むよ」
「分かりました」
ユウトは建物の影から飛び出すと、“強化”を使ってエイシス兵に突っ込んで行く。足音に気付いて振り向いたエイシス兵は、凄まじい早さで突っ込んでくるユウトを見て、剣を構えた。
――さすがはゾンビ。動揺よりも防衛本能が先に立つか。
あまりに隙だらけなら、そのまま突っ込んで薙ぎ倒しても良かったのだが、迎撃体勢を取られた状態ではそうもいかない。予定通り注意を引くことにしたユウトは、ある程度エイシス兵に近づくたところで膝を折り、軽く屈むと地面を蹴って空高く跳躍した。
頭上に飛んだユウトを追って、エイシス兵が顔を上げる。その横っ面をエリスの魔術が襲った。
「“アースブラスト”」
拳大に生み出された幾つもの土の塊が叩きつけられと、エイシス兵は苦悶の声を漏らす。鎧の上からぶつけられたものであっても、その衝撃は相当なものだった。“アースブラスト”は魔術を使う者なら誰でも知っているような基本魔術だが、多少変更が加えられている。生み出された土の塊は、まるで銃の弾のように一方の先端が尖っており、また飛ばす際には回転を加えていたのだ。
金属製の鎧をへこませる威力を持った土の弾丸をぶつけられたエイシス兵は、痛みに耐えかね、剣を盾にして身を守ろうとする。だが、そんなことをしていれば、当然頭上への注意は疎かになる。
「“風よ”」
風の加護によって、跳躍の勢いを殺したユウトはエイシス兵の頭上で止まる。そうなれば、後は自然に落ちるだけだ。エイシス兵の一人を下敷きにして地面に降りたユウトは、鞘ごと剣帯から外した白夜を振るって近くに居るエイシス兵から一人ずつ殴り倒していく。数優先で乱射されていた土の弾丸もユウトが降りてからは質優先となり、死角に居るエイシス兵を正確に狙い撃ちながらユウトの動きをサポートしている。
数に差があったとはいえ、個々の実力差は明らかだ。ユウトとエリスは瞬く間にエイシス兵を全滅させると、全員が動けなくなった、或いは動かなくなったのを確認してから、来た道を少し引き返そうと――。
「って、もう来たのか」
したところで、九つの魔力が近づいてきていることに気付いた。
「そうみたいですね」
そう答えたエリスが、少し困った顔をする。
「お疲れ。流石だな」
「終わったら呼びに行くって言わなかったか?」
声をかけてきたロアをジロリと睨む。
今ユウト達は非戦闘員を七人連れている。流石にその七人を連れたまま戦闘をするのはリスクが高いので、エイシス兵が居るのを“探査”で確認してから、ロアとメイアを護衛に残し、ユウトとエリスだけで安全確保に来ていたのだ。
「そう睨むな。こっちにもメイアが居るんだ。“探査”で戦闘が終わったかどうかくらい分かるって」
「む……」
ロアの言葉にユウトが黙る。確かに、“探査”があれば魔力の動きで戦闘中かどうかは概ね分かる。特に、メイアのように慣れた者ならば尚更だ。そう考えてロアの言い分に納得しようとした瞬間。
「凄かったですユウトさん。物凄い早さで近づいたと思ったら、あんな高く飛んで……。その後も、何人ものエイシス兵の中心で、攻撃を避けながら叩きのめしていく姿は、まるでダンスでも見てるようでしたっ!」
少年が感極まった様子でユウトに近づいてきた。一体どこを気に入られたのかは分からないが、何故か懐いてきた少年の暑苦しさにちょっと引きながら答える。
「あ、あぁ……。それはどうも――ん?」
そこで、少年の言葉の意味するところに気付いた。
「おい」
低い声を出して睨みつけると、しまったとばかりにロアが顔を手で覆った。すると、メイアが溜め息を一つ。
「はぁ……。えぇ、ユウトの想像通り、遠くから見ていたのよ」
「ってことは、見えるくらいに近づいていた、と?」
ユウトとエリスがロア達と別行動を取ったのは、“探査”でエイシス兵が居るのを捉えた辺りだ。その場所からでは遠すぎて、ソフィアのようなエルフでも無い限り、戦っているユウトの姿を見るのは不可能だ。ならば、自然とどうしたかは決まってくる。
「ご明察。ロアが、『あいつらの後ろなら大丈夫だって。そこの少年も憧れのユウトが戦ってる姿を見たいだろ?』とか言って煽ったの」
「裏切るのかメイアっ!?」
「事実を言ったまでよ」
「ほぉ……」
「ちょっ! そんな怒るなってっ! 悪かったから!」
事情を知ったユウトが怒気を漂わせ始めると、ロアが必死で謝り出す。リスクを減らすために別行動をとったというのに、それでは何の意味も無い。
「ユウトさん。何も無かったわけですから」
「……まったく」
そんな様子を見ていたエリスがそっと口添えすると、ユウトが背を向けてその場を離れていった。
「助かったわ。エリス」
声が届かない程度にユウトが離れたのを見計らって、メイアがエリスに礼を言う。
「いえ。ユウトさんも本気で怒っていたわけでは無いと思います。ただ、何かあったらと心配していただけで」
「ああ、分かってるさ。俺もちょっと調子に乗りすぎた」
「まったくよ。年下のユウトやエリスに気を使わせて……猛省しなさい」
「悪かったって。それにしても――」
気まずそうに頭をかいていたロアが立ち去ったユウトの背に目を向けると、メイアに同意を求めるように聞いた。
、「前に会った時とユウトの雰囲気が変わってないか?」
「それは……確かにそうね。前はどこか一歩引いてるような印象だったけど、今の方が自然かしら」
その原因はユウトの記憶が戻った点にあるのだが、それを勝手に言うわけにもいかず、エリスは曖昧な笑顔で不思議がっている二人の話を聞いていた。
その一方、少年を連れて――正確には勝手について来ただけだが、ユウトは行動を共にしている面々に声をかけにきていた。
「そっちは大丈夫……そうじゃないな?」
そんな聞き方になったのは、ユウトの目にも彼らが疲れているように見えたからだ。
それなりに急ぎで来たとはいえ、ここまでの距離はそう長くは無い。大変ではあるだろうが、一般人の体力でも無理の無い範囲だったはずだ。しかし、それは平時の話であって、今のここは戦場だ。いつどこから襲われるかも分からないという恐怖に常に晒され続けることになる。ユウト達が守ってくれるといっても、恐怖や不安が完全に払拭されるわけではない。そんな状態でここまで逃げてきたのだから、精神的にも肉体的に疲労が溜まっているのはおかしなことではなかった。もっとも、無駄に元気のある者も居る。
「勿論ですっ! 生でユウトさんの勇姿が見れっぐほっ……」
勢い良くユウトに詰め寄ろうとした少年の鳩尾に、その恋人である彼女の放った拳が吸い込まれると、ゴスッという鈍い音が響く。直後、少年が腹を押さえて蹲った。すると、少年に代わって、彼女が何事も無かったような笑顔で答える。
「ええ。多少疲れているのは事実ですけど、みんな問題ありません」
「今まさに俺の目の前で問題が起こった気がするんだが……」
「大丈夫です。打たれ強いので」
そういう問題じゃない気がする、と思いながら、「そうか」と短く答える。余計なことを言って彼女さんを怒らせてはいけない。時間をおくごとに、彼女さんの少年に対する扱いや態度が悪くなってる気もするが、些細なことだ。
――というか。何だろう、この空気。
改めて、自分が連れてきた七人を見渡す。
少年と彼女さんのことは置いておいて。子連れの若夫婦だが、何があったのか旦那さんは必死に謝っており、奥さんの方はもうどうでもいいや、みたいな感じになっている。旦那の浮気がばれて、愛想を尽かしたといった離婚秒読み段階に入った夫婦のような空気を感じる。
その一方で、出発前ユウトに噛み付いてきたおっさんが静かなのは結構なのだが、慰めているらしい恰幅の良い女性との間にどこかピンク色な空気が見える。
当初仲の良かった――はずの、カップルと夫婦が崩壊寸前に陥り、無関係だったおっさんと女性が急接近しているという摩訶不思議な現象にめまいがしそうだ。
――いや。深くは考えまい……。
考えすぎるとどつぼにはまりそうだ、と頭を振って忘れることにした。
「もう少しかかるが頑張ってくれ。状況次第だが、娼館に着けば少しは休めると思うし、上手くいけば馬車も手に入る」
そう言うと、少年達の雰囲気が少し明るくなった。
ローザの居ると思われる娼館は、王都でも一番人気の娼館だ。時には貴族や大商人が訪れることもあるため、馬車なども用意されている。勿論、今現在娼館に馬車があるかどうかは運次第だが、もし手に入れば移動が随分楽になる。
そんな話をしていると、ロア達が近づいてきた。
「そろそろ移動しようぜ」
「ああ。そう――」
「……敵と味方。どっちだと思う?」
言葉を止めたユウトにメイアが聞く。丁度ユウト達が向かう先の方向から、二つの魔力がこちらに向かって来ていたのだ。少なくともキメラではないのは間違いないが、王都の住人かエイシス兵かは判断が付かない――と思っていたのだが。
「味方、みたいですね」
「その可能性が高くなったな」
事態の変化を捉えたエリスとユウトが続けて答える。向かってくる二人から少し遅れて、“探査”の範囲に五人入ってきたのだ。実際のところは分からないが、客観的には先に近づいてきた二人を追いかけているように見える。
「このままだと、ここに来る前に捕まるな……。俺とロアさんで先行する。二人は他の人を連れて後から来てくれ」
一時エリス達と別れたユウトとロアが向かうと、近づいて来ていた人間の様子を確認する。追われているのは薄着の若い娘で、追っているのは案の定エイシス兵だった。
――あれ……?
追われている二人の娘を目にして――正確には、その一方の娘を見てだが、どこかで見たような人だと感じた。しかし、その正体を思い出せぬまま、両者の間は徐々に近づいていく。
すると、後ろを気にしながら走っていた娘達が、前方にいるユウト達の姿に気が付き――。
「ユウト様っ!?」
ユウトが見覚えを感じていた方の娘が驚いたようにユウトの名を呼んだ。
「あっ」とユウトの口から声が漏れる。
――思い出した。誘拐事件の時の人だ。
あの事件の折、誘拐されていた娼婦は六人居たが、その時会っただけなので、正直顔は殆ど覚えていない。だが一人だけ、結果としてではあるがユウトが傷付けてしまった女性だけは今も印象に残っている。すぐに気付けなかったのは、当時は肩にかかる程度だった髪が随分長くなっていたからだ。
「ロアさんは彼女達の保護を。俺は追っ手を潰す」
「ああ」
ロアの短い答えを聞いて、ユウトが速度を上げる。驚いている娼婦達とすれ違い、追いかけてきていたエイシス兵に飛び掛ると、白夜の柄尻で兜の上から一人一人丁寧に殴り飛ばす。ちょっと“強化”が入りすぎていたかもしれないが、ただでさえ前に怖い思いをした女性を追い回すような輩に慈悲はいらない。
早々に五人全員を叩きのめし、ロア達の下に戻ったユウトを出迎えたのは、女性の抱擁だった。
「良かった。あの人達に見つかった時は、もう駄目なんじゃないかって……」
「……一体何が――」
突然胸に飛び込んで来た女性の様子に不自然さを覚えた。安堵しているのは確かなのだが、ただ自分が助かったことを安堵しただけのようには見えなかったからだ。
しかし、その真意を聞く前に、ロアが余計なことを言い出した。
「何だ、やっぱり知り合いなのか。……安心しろユウト。黙っておいてやるからな」
「ちょっと待て、何か勘違いしてるだろ?」
「分かってるって。俺も男だ。何も言わん」
「それが勘違いだって言ってるんだよ。別に世話になったって訳じゃない」
この場合の世話になったというのは、娼婦とその客という意味でだ。事実、ユウトはこの女性とは礼の誘拐事件以降会ってもいないし、そもそも娼婦に世話をして貰ったことも無い。しかし、元々知り合いでも無い限り、客として知り合ったと思われるのはある意味当然だった。しかも女性はユウトを様付けで呼んでいる。これは客に対する娼婦の呼び方としては一般的で、だからこそ余計にユウトの言葉は信憑性が低かった。
結果として、傍から見れば事実を誤魔化そうとしているようにしか見えなかった。
「大丈夫だ。|そういうことにしておくぜ《・・・・・・・・・・・・》」
「人の話を……」
コイツ絶対分かってねぇ、とユウトが頬をひくつかせて居ると、少し落ち着いたのか女性が助け舟を出す。
「ユウト様の仰っていることは本当です。私はまだ一度も……」
どこか残念そうにそう言うと、「で、でもそのうち……」とか頬を染めながら小さく呟く。幸か不幸か、何を言っているのかまではユウトには聞こえなかった。その恥ずかしそうな表情は、女性としてはとても魅力的なものだったが、この場合は逆効果だった。
「ここまで徹底するとは……やるな」
ロアの中では、ユウトが自分に惹かれているこの女性に言い含めて、何の関係も無いということにしている、というストーリーが出来上がっていた。
「もう良い……」
ロアが何を考えているのかまで分かったわけではないが、これ以上何を言っても信じないだろうということだけは分かったので、弁解を諦めた。ロアはギルツ程うっかりをやらかすタイプでは無いので、勘違いを誰かに暴露したりはしないはずだ。もっとも、仮に何かあった場合には、情報源ごと物理的に黙らせる。そう心に強く刻み込んでおいた。
「で、何があったんですか?」
「あっ。そ、そうでした。ローザさん達を助けて頂きたいんですっ」
ローザの名を聞いて、ユウトの雰囲気が引き締まる。女性はそれを感じ取って少しだけ悔しそうな顔をすると、逃げて来る前のことを話し出した。
同時にマリアと名乗ったその女性が言うには、事前にお触れが出されていたこともあって騒動が起こった直後に色町に居た者達は早々に避難を開始したらしい。しかし、全く混乱が無かったとは言い難く、結構な人数が居たことも相俟って避難には思った以上に時間がかかり、全員が避難する前にエイシス兵が来てしまった。それでも殆どの者は無事に避難出来たのだが、一部の――ローザやこの二人の女性を含む十数人程度の者は最後まで避難誘導に尽力していたこともあって逃げ遅れてしまった。
残った者達は一番大きな娼館に集まって立て篭もることを選んだのだが、兵士達がどんどん集まって来る様子に、いずれ突破されると危惧したローザが二人を密かに脱出させた、ということだった。
「本当はユウト様のいらっしゃる館に向かうよう言われてたのですが、見つかってしまって……」
「なるほどな。だからか」
二人が向かっていたのは、ユウト達が来た方向。すなわち、最も敵の居る可能性が高い城壁の方だ。わざわざ危険な方に向かうのはおかしな話だが、兵士から逃げるためにこちら側に来るしか無かったのだろう。
「じゃあ運が良かったな。ユウトがこっちに向かってなかったら、完全に行き違いになっていた」
「はい。だからその、先程はつい感極まってしまって……。急に抱きついたりして申し訳ありません」
恐縮した様子でマリアが頭を下げたが、「気にしないで下さい」とユウトが答える。
ユウトの館に向かうことが出来なくなり、助けを求めるのはもう不可能だと諦めかけていた。そんな中、当のユウトを見かけたマリアの心中を思えば怒りようも無いし、異性に抱きつかれて嬉しくないわけでもない。
すると、ロアがニマニマと笑いながら。
「そうそう。むしろ役得じゃないか。まあでも、恋人には言い難いだろうけどな」
「何かもう色々勘違いし過ぎてて、正すのが面倒になってきたんだが……」
恋人というのはエリスのことを言っているのだろう。あながち間違いではないのだが、正確に言えばまだ違う。それ以上に、ロアの中に出来上がっているユウト周りの人間関係は、ユウトが想像しているよりも遥かに複雑化しているはずだ。それを思うと、ロアの勘違いを正すにはどれだけ言葉を積み重ねなければならないのかと気が重くなる一方だった。
そのせいで、というわけでも無いが、恋人という言葉にマリアがショックを受けているのにユウトは気付かなかった。
「おっと、言ってるそばからご登場だ」
「ユウトさん。そちらのお二人は、やっぱり?」
メイアや少年達を連れて追いついてきたエリスがユウトの姿を確認して駆け寄ると、近くに居た二人の娼婦を見て、確かめるように聞いた。
「ああ。エイシス兵に追われてた。それと、ローザさんは無事らしい」
「本当ですかっ!?」
喜色を滲ませた声でエリスが叫ぶ。
エリスもローザのことは知っており、ユウトやギルツよりもローザと仲が良いくらいだった。以前、館を購入した直後にローザが訪れてから、その後も何度かローザが館を訪ねてきていた。時にはユウト達が居ない時もあったが、運良く会えた時にはエリスやソフィアをはじめとした女性陣がちょこちょこ――こそこそと言うべきかもしれないが、良く話をしていた。それを考えれば、ユウトよりもエリスの方がローザの心配をしていたのかもしれない。
「とはいえ、あまり良い状況じゃないみたいだ。すぐに向かおう」
「はいっ」
マリア達が娼館から逃げ出してからそれなりの時間が経過している。そうなると、立て篭もっているローザ達の方も状況が変化している可能性があった。追いついてきた少年達や逃げ回っていたマリア達の疲労も気になったが、今は娼館に向かうのを優先し、移動の速度を更にあげることにした。




