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第90話 動乱の王都その五


 「……人間型のキメラ」


 ユウトの視線の先では、いつの間にか地面に落ちた右腕と肩の間を紐のようなものが繋いでおり、その右腕も元の形を失い、外見もサイズも明らかな別物に変わっている。

 ――腕っていうか、触手に近いな。伸びてるし、関節とかも無さそうだ。

 ザックは今もユウトに背を向けているのだが、地面に突き刺さった腕はユウトの真横から襲ってきた。どう見ても、まともな関節のある腕の動きではない。


 「おぉぉぉぉっ!」


 観察していると、ザックが吼えるように大声を上げる。すると、左腕も右腕と同じように鱗に覆われた巨腕と化し、肩と繋がった。ザックは地面に刺さった右腕を引き戻すと、鞭をしならせたような動きで戻っていった。本来の長さに戻ったらしいザックの腕は、それでも指先が地面に擦れるくらいに長くなっている。それだけでも異様な姿なのだが、腕のサイズだけが違うので、別の生き物の腕をくっ付けたようでちぐはぐなフォルムになっていた。

 ザックは変貌した自分の両腕を確かめると、ようやくそのことに気付いた様に笑い出した。


 「は、ははっ……。そうだ、俺は力を手に入れて人間を超えた。こんなことでやられるはずがねぇんだっ!」

 「手に入れた(・・・・・)、ね」


 ――やっぱり、人工的に作られたのか。

 ユウトはザックの言葉を聞いて、そう確信した。

 元々、ユウトが異形の魔物をキメラと呼称していたのは、受けた印象に最も近かったのがそれだったというだけに過ぎない。ユウトには、それが人工的に生み出されたものなのか、或いは自然発生したものなのかを判別することは出来なかったからだ。しかし、ザックは今キメラとしての力を後天的に手に入れたことを認めた。それは同時に、エイシス軍に居る魔物型のキメラも同様に人工的に生み出された存在であることを意味している。紛う事無き合成魔物(キメラ)だったということだ。

 ――製作者はヴァルドだな。随分多芸じゃないか。

 大森林に出現した件を除けば、キメラは常にヴァルドやエイシス軍と共に現れており、ヴァルドがキメラを使役している姿も直に見ている。実際の製作者はヴァルドでは無いのだが、ユウトが勘違いしてしまったのも仕方が無いことだった。


 「滑稽だな。利用されていると分からないのか?」


 どのようなやり取りを経てザックがキメラになったのかは知る由も無いが、ヴァルドにとっては単なる駒の一つでしかないはずだ。短い時間とはいえ直接言葉も交わしたユウトは、ヴァルドという男がそういう人間だと理解していた。

 しかし、声をかけられて振り返ったザックは嘲笑を浮かべていた。先程まで痛みで叫んでいた男とは思えない変貌振りだ。腕が再生したことで先程斬られた痛みも消えたのだろう。


 「はっ。滑稽なのはてめぇの方だぁ。俺が、メイザースを利用してやってるんだよ」

 「メイザース……?」


 聞き覚えの無い名前を耳にして、咄嗟に聞き返した。

 メイザースは人との接触を極力絶っているため、エイシス内ですらその存在を知っているのはヴァルドとザック、その他に数人といった程度だった。そんな者が外部の人間に知られているはずも無く、ユウトも当然メイザースのことは知らなかった。

 ――誰だ? 口ぶりからして、こいつをキメラにしたのはそのメイザースって奴だ。研究者とかなのか……? いや、問題なのは、そいつがヴァルドの仲間かどうかだ。

 エイシス兵のようにヴァルドに利用されているならば善し。だが、もしザックのように自分の意思で協力しているのであれば、生かしておくべきではない。そう考えたユウトは、ザックから情報を引き出そうとする。


 「そのメイザースって奴は何者だ?」

 「メイザースが何者かだぁ? これから死ぬてめぇにはどうでも良いことだろうがっ!」


 声を張り上げたザックの背中から伸びてくる何かが視界に入った。向かって来たそれを体を捻って避けると、その正体を確かめる。

 ――尻尾か。さっきは無かったはずだが。

 鱗で覆われた太い尾が地面に打ち付けられると、鋭利な刃物のような鱗が地面の土を削り取った。今度は横薙ぎに振られた尻尾がユウトを襲う。あの鋭く尖った鱗がまともに肌に触れれば、肉をごっそりと抉られることになるだろう。――が、ユウトは難なくそれをかわした。

 ザックは更に尻尾を操作して執拗に追うが、ユウトは僅かな動きで避け続ける。それが五回ほど続くと、興味を失ったかのように尻尾の観察を止めて口を開いた。


 「もう一度言う。メイザースの情報を吐け」

 「てめぇが死んだら教えてやるよぉっ!」

 「答える気は無い、か」


 はぁ、と溜め息を吐いたユウトは、再び向かってきた尻尾を紙一重で避ける。そして、その交差の一瞬で、尻尾の先端を斬り飛ばした。


 「なら、嫌でも答えたくしてやる」


 ユウトが今まで反撃もせずに大人しくしていたのは、メイザースの情報を引き出したかったからというだけではない。単純に警戒していたからだ。自称だがエイシス最強の将だと名乗っており、エイシス兵の中で珍しく正気を保っている。更にはキメラとなっているのだから、警戒する理由は十分だった。

 しかし、ユウトは反撃に転じた。

 この一連の攻防の間でザックの底を知ることが出来た。いくらキメラと化していようが、警戒するに値しない相手。そう判断したのだ。


 「それにしても、随分脆いな。人間ベースだからか?」


 先端を失ったザックの尻尾を見ながら、そんなことを呟く。

 キメラは個体によってその強さが大きく変わる特徴を持つ。おそらくは素体の強さが影響するためなのだろう。そのためか、ザックの体の強度は今まで戦ったキメラの中でも最も柔らかい。少なくとも、“武器強化”を使わずに斬れる程度の強度しかないのは確かだった。


 「簡単そうに斬ってるが、実際出来る奴はそうそういないよな……」

 「ロアには難しいでしょうね」

 「また反論し辛いことを……」


 ザックが尻尾を庇うようにしながら痛みに悶絶している姿を遠目に見ながら、ロアとメイアがそんなことを言い合っている。ロアは城壁付近でキメラと戦った際、その硬さを体感している。ユウトの言う通りにザックがそのキメラよりも多少柔らかいのだとしても、容易く斬り飛ばせるとは思えなかった。

 そして、その後ろでは、「ヒャッハーッ! 流石ユウトさんだっ! マジリスペクトっす!」と最早当初の面影が無くなりつつあるクリスが発狂したようにユウトの応援をしている。そんなクリスの様子を見て、連れてきた者達や救出した娼婦達がドン引きしていた。だが、周囲の反応とはうって変わって、クリスの彼女さんの行動は冷静だった。

 すかさずクリスの背後に立った彼女さんは、その手でクリスを眠りにつかせる。その手際の良さは、恐ろしいまでに洗練されていた。今の彼女さんならば、クリスを幸せな気分のまま二度と目を覚まさないようにすることが出来そうだ。実際、ぐったりと力の抜けたクリスの顔は満足そうなままだった。

 そんなことを考えていると、尻尾の再生を済ませたザックが額に青筋を浮かべて叫びだした。


 「お前等ぁ! こいつらを皆殺しにしろっ!」


 その声を皮切りに、ずっとザックの命令を待っていたエイシス兵達が動き出した。


 「ロアさん、メイアさん、エリス。そっちは任せた。俺の方は気にしなくて良い」


 「任された」というロアの返事を受けてからザックに冷ややかな視線を向けると、更にいきり立つザックの姿があった。


 「気にしなくて良いだとぉ……。この人数差でどうにかできると思ってんのかっ!?」

 「お前こそ、その程度の人数でどうにかなると思ってるのか?」


 そう告げた瞬間、ユウトは“強化”の出力を更に上げて、地面を蹴った。


 「消えっ……!?」


 ユウトの姿を見失ったザックが声をあげる。すると、ザックの周囲に集まり始めていたエイシス兵が次々と血飛沫をあげて地面に倒れていく。その異様な光景に、ザックは動揺を隠せなかった。


 「何だ……何が起こってやがるっ!?」

 「何がって、一人一人近づいて斬ってるに決まってるだろう」


 周囲のエイシス兵を全て斬り殺したユウトはザックの背後に立った。それとほぼ同時に、ザックの尻尾に飛刀を投げつけて地面に縫いつけると、白夜(ビャクヤ)を首筋に添える。

 ずっとエイシス兵を殺すのを控えていたユウトだったが、ここに居るエイシス兵はあれだけのことをしでかした、最早その命を奪うことに呵責は無かった。そして、殺さないという制約を外し、手加減の必要が無くなった以上、雑兵がいくら居ようとユウトの相手ではない。特に、まともな判断力を失っている今のエイシス兵では尚更だ。

 ユウトは白夜を少しずつザックの首に食い込ませながら、更に言葉を続ける。


 「お前には見えなかったんだな。最強の将が聞いて呆れる」

 「ぐ、ぐぐっ……。あぁぁっ!」


 再生するからと腹を括ったのか、それとも怒りで頭から抜け落ちたのか、白夜の存在を無視してザックが体を反転させながら裏拳を繰り出した。その拳をかわしながら首を刎ねることも可能だったが、ユウトは敢えて向かってきた拳を腕の半ばから斬り落とすことを選択した。


 「あ゛ぁぁぁっ!?」

 「五月蝿い」


 悲鳴をあげながら地面をのた打ち回るザックの背を踏みつけて、動きを止める。


 「本当にお粗末だな。確かに身体能力こそ並の人間よりも高いようだけど、それだけだ。技術は稚拙、戦い方も単調。それでよく最強だなんて言えたもんだ」

 「くそぉ……。聞いてねぇ。聞いてねぇぞぉ。メイザースの野郎、こんな化け物だなんて言わなかったじゃねぇかぁ」


 再生が始まって痛みが治まりつつあるのか、ザックがぼそぼそと恨み言を口にし始める。その姿からは最初の威勢の良さは無くなっていた。暫くの間ザックの様子を見ていたユウトは、急速に興味を失っていた。

 ――完全な捨て駒だな。大した情報は持って無さそうだ。だからと言って、逃がす気も許す気も無いけど。

 瑣末な情報でも情報は情報だ。少なくともメイザースという者のことはある程度聞けるはずだし、今はそのことが重要だった。


 「そろそろ力の差を理解したか? なら、いい加減メイザースの事を話せ」

 「誰がっ……ぁああぁぁぁっ!?」


 ザックにも意地があった。勝ち目が無いと分かりつつも、黙って従うにはプライドが高すぎた。しかし、それは今のユウトには逆効果だった。反論がされるのとほぼ同時に振り下ろされた白夜は、ザックの右足を斬り落とした。


 「思ったより強情だな。いくら再生するっても痛いだろう? 吐けば楽になれるぞ?」

 「……地獄に、落ちやがれ」


 苦痛に表情を歪めたまま、それでもユウトを睨み付ける。しかし――。


 「地獄……? 地獄ね。くっ、はははっ!」


 ザックの悪態に、突然ユウトが笑い出した。その思いがけない反応に、ザックですら戸惑いを隠せなかった。どこか不気味そうな様子で更に言い返す。


 「てめぇ、一体何がおかし、い゛っ!?」


 ユウトが笑っていたのは、ほんの数秒の間に過ぎなかった。表情から笑みが消えると、無雑作にザックの髪を掴み上げて上半身を仰け反らせる。そして、自分は腰を落として耳に口を近づけると、底冷えのするような声で囁いた。


 「地獄ならとうの昔に味わった。()が味わった地獄、その片鱗だけでも貴様に見せてやろうか? 本物の地獄をな」

 「ひっ、あ……あぁ……」


 ザックの口から初めて怯えの含んだ声が漏れた。

 豹変した、とザックは感じていた。態度や表情が大きく変化したわけではない。むしろ、表面上は今までと殆ど変わっていない。だが、今のユウトから感じる雰囲気のようなものが、恐ろしく禍々しいものに変わっていたのだ。今までユウトがザックに向けていた怒りや敵意、殺意といったものが可愛らしく感じるほどに。

 それはザックに残った最後の意地を容易く圧し折った。今のザックには、ユウトが人間の皮を被ったナニカに思えて仕方が無かった。ただ一言二言の言葉を交わしただけで、ザックはそれほどまでの恐怖を刻み付けられていた。


 「ま、待ってくれっ! 話すっ、俺の知っていることは全部話すからっ!」

 「……良いだろう。メイザースについて答えろ」 


 そう言うと、ユウトは掴んでいたザックの髪を放し、一歩だけ遠退いた。必死の懇願が効いた――訳ではないのだが、ユウトの雰囲気が変化したのを感じてザックが心底安堵する。まだ禍々しさは消えていないが、先程よりは多少マシになっていた。

 ザックは起き上がって良いとユウトに許可を貰うと、うつ伏せから体を起こしてその場に座り込んだ。


 「先に言っておきてぇんだが、俺もメイザースのことはそんなに知らねぇ」

 「そんなことは分かってる。わざわざご丁寧に捨て駒に情報を持たせるわけ無いだろうが。知ってることを全部話せば良い」

 「っ……。メイザースは、ヴァルドがいつの間にか連れて来ていた奴だ。エイシス内でもメイザースの存在を知っている奴は殆ど居ねぇ。俺も、数回程度しか会った事がねぇし、それまでは居ることすら知らなかった」


 捨て駒だと断じられてザックの表情が歪んだが、大人しくメイザースについて話し出した。一度心に深く刻み付けられた恐怖はそう簡単には無くならない。ザックには最早言い返すだけの気力も無くなっていた。


 「どんな奴だ?」

 「顔は見たことねぇ。普段からフードを深く被ってんだ。背は俺より少し高いくらい。声は低かったから、多分男だ」


 ザックの身長はユウトよりも少し高い。そうなるとメイザースの身長は百九十センチ以上だろう。無いとは言えないが、声も低いのなら確かに女の可能性はかなり低いだろう。


 「次だ。ヴァルドが連れてきたと言っていたが、ヴァルドの仲間なんだな?」

 「……多分な。いつから繋がりがあるのかは知らねぇが、それなりに付き合いが長そうな感じだった」

 「お前をその体にしたのはメイザースか?」

 「そうだぁ。誰よりも強い力が欲しいかって言ってきやがった。……何が誰よりも強い力だっ。くそっ!」


 ザックとしては話が違うと文句が言いたいのだろうが、ユウトが聞く限りメイザースは嘘を言っていない。本来キメラの力は尋常ならざるもので、間違いなく人間を超えている。ユウトも“強化”を使わない単純な力比べであれば、当然のように負けるだろう。そういう意味では、誰よりも強い力というのは間違っていない。むしろ、その力に溺れて自らを鍛えようとしなかったザック自身に問題があったと言うべきだ。もっとも、今となってはどうでも良いことだった。


 「他にお前と同じようになった奴は?」

 「いねぇよ。俺の知る限りだがな。奴が言うにはまだ未完成なんだと」

 「未完成?」

 「キメラ化すると魔術が使えなくなるんだよ」


 ――そういえば、魔術を使う様子を見せなかったな。

 一見無雑作にザックと相対していたユウトだが、その実細心の注意を払っていた。戦闘中に本気で相手を侮るほどユウトは馬鹿ではない。それがキメラ化した未知数の相手であれば尚更だ。その一挙手一投足は勿論、魔力の変化にも気を配っていた。しかし、ザックには魔術は勿論のこと、魔力を扱うような素振りも無かった。その理由は分かったが、同時に疑問が生じた。


 「何故魔術が使えなくなる?」


 ユウトが考える限り、キメラ化したからといって魔術が使えなくなる理由は無い。数は少ないが魔物の中にも魔術を使う種類は居るのだから、魔物の体だからということはない筈だ。そもそも、細かいことを除けば魔術を使うのに必要なのは魔力だけであり、その魔力はきちんとザックの中に存在している。魔術を使う条件は揃っているのだ。


 「知らねぇ。詳しくは言わなかったし、俺も興味が無かった」


 ちっ、と舌打ちをするとザックが顔を青ざめさせた。

 魔術を使う条件が揃っているのに魔術が使えないというのは、ユウトと同じだ。ほんの少しだが、何か分かるかもと期待したのだが、期待外れだった。

 その後も幾つかの質問をしてザックに答えさせたが、やはりというべきか、大した情報は得られなかった。しかし、一番聞きたかったことは概ね分かった。それは、メイザースが敵であるか否か。

 メイザースはヴァルドの手下でも、ましてや操られているわけでもなく、両者は同格の仲間であることがほぼ確信できた。それはすなわち、メイザースもスバルの件に関わっていることを意味しており、紛うことなくユウトの敵だ。


 「最後だ。メイザースの技能や能力について知っていること、気付いたことは?」

 「俺が知ってるのは古い魔術やらの研究をしていてかなりの知識があるってことくらいだ。武器を持ってるところも、魔術を使ってるところもみたことねぇ」

 「他には?」

 「後は……、そうだ。メイザースが精神し……っ!? が、あぁあ゛っ!?」


 何かを言いかけたところで、突如ザックが苦しみ出した。


 「どうし……っ!? 全員伏せろっ!」


 ザックの異変に気付いたユウトは、即座に指示を飛ばしながら自分もザックから大きく距離を取った。

 直後、パンッと風船が弾けるような音が響くと、血肉が飛び散り、ビチャビチャと地面や建物の壁に叩きつけられた。ここまで粉々になってしまえば、いくらキメラの再生能力をもってしても再生は不可能だろう。


 「自爆……した?」


 すぐ近くからロアの呟く声が聞こえた。

 意識せず飛び退いたため気付かなかったが、ザックから離れた際にロア達の方へ近づいていたらしい。そんなことを考えながらユウトが答える。


 「いや……、正確にはさせられた、だと思う。爆発の直前にザックの体内に変な魔力の動きがあった。しかも……」

 「しかも?」

 「あくまでそんな気がした、という程度だけど、あれはザックとは別の奴の魔力だ」


 ――外から体内に魔力を送り込んだ……? いや、いくらなんでもそれは……。最初から仕掛けてあったのか?

 もしそうなら、やったのはメイザースだろう。ザックをキメラ化したメイザースなら、その機会は幾らでもあったはずだ。もっとも、どうやってこの時限爆弾のようなことをやったのかは想像がつかない。

 ――随分と厄介な奴なのは間違いないようだな。

 ザックが言うには、メイザースは失われた魔術の知識を持っているそうだが、手の内が全く読めないのは面倒だった。


 「まぁ、それは後だな。エイシス兵は……全滅してるな」

 「おう。数は多かったが、歯ごたえは無かったな」

 「だろうな」


 余裕そうなロアに肩を竦めて返事をする。

 今のエイシス兵は烏合の衆も同然だし、数の有利も広範囲の魔術が使える魔術師二人とその守りが熟練の戦士では大した意味をなさない。歯ごたえが無いというのも当然だろう。


 「全員怪我は無いのか?」

 「そっちも大丈……いや、一人だけそうでもないな」

 「誰かやられたのかっ!?」

 「あぁ……」


 ついっと視線を向けたロアに倣ってユウトも視線を向けると、先に居たのはぐったりしたクリスを介抱している風な彼女さんだった。


 「文句の付けようのない一撃だった……」

 「やったの身内じゃんかっ! っていうかあれ介抱してるんだよな? ちょっと止めを刺そうとしているようにも見えるんだけど」


 彼女さんはクリスに膝枕をしていて、その頭に両手を添えているのだが、見方を変えると、頭を掴んでそのまま首を捻じ切ろうとしているようにも見えなくも無い。彼女さんの両腕が少しずつ動いているようだから、そのように見えるのだろう。

 きっと疲れているんだ。ユウトはそっと視線を外して、今見たものを忘れることにした。


 「ローザさん、娼館に全員が乗れるような馬車はありますか?」

 「一台で全員が乗れるような大きな物は……。ですが、何台かに分けることは出来ますわ」

 「なら、それで。(うち)の館に向かいましょう。その後のことはギルツ達と合流してから」

 「分かりました。直ぐに準備を致します」


 ローザはそう言うと、他の娼婦達にも声を掛けながら娼館に向かった。その後、まだ生きていたクリスが目を覚ますのを待って、ユウトは残っていたクリス達を連れてローザの後を追っていった。




 「……余計なことを言おうとしなければ、もう少し長生き出来たのだがな」


 爆散したザックの姿を見ていたメイザースが呟いた。

 見ていたといっても肉眼によるものではなく、千里眼のような効果を持つ遺物(アーティファクト)を介してだ。メイザースはその遺物によって、娼館を占拠してザックと別れた後も遠くから一部始終を見続けていた。

 そして、不必要な情報を漏らそうとしたザックを始末した。ユウトはザックの自爆を時限爆弾のようなものと考えていたが、正確には遠隔操作式とでも言うべきか、メイザースがタイミングを計って自爆させたのだ。

 漏らされたくなかったのは、精神支配について。この情報はまだ使い道があると考えていた。そのため、時が来るまではユウトに知られるのは避けたかった。

 予想外に早い段階でザックの心が折れてしまったため、メイザースが始末することになってしまったが、その代わりに予想を上回る成果をあげてくれた。


 「まあ、(ゴミ)にしては役に立ったか」


 元より失って惜しむような駒では無かったし、娼館の占拠から始まってザックの死までが、メイザースの計画だった。その意味では概ね計画通りであり、結果としても上々だ。わざわざ精神支配を使う必要の無い者を見つけ出し、キメラにまでしてやったかいがあったというものだ。

 それもこれも、全てはユウトのため(・・・・・・)。より強い怒りを、より深い憎みを抱かせる。そのための舞台を用意したのだ。

 ローザの居る娼館を狙ったのは、ユウトの怒りと関心を買うためだった。ザックに娼婦に手を出さないよう命じたのも、この後の演出を映えさせるために過ぎない。そして、本当ならユウトの手でザックを殺させたかった。それは叶わなかったものの、ザックの不用意な一言のおかげで、それ以上の結果を見ることが出来た。

 ――もう半ば呑まれかけている(・・・・・・・・)。最後の手筈は概ね整っているが、その前にもう少し追い詰めておかなければな。

 メイザースは遺物を使うのを止めると、フードで隠れた口元に薄っすらと笑みを浮かべた。


 「もう用は無くなった。最後に精々役立って貰うぞ。ヴァルド」


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