第69話 ユウトの記憶
ギルツが戻ってすぐ、ユウト達は全員揃って一階にある一際大きい部屋に移動した。
何はともあれ、玄関でそのまま話をするのはどうかとギルツが提案したからだ。勿論、アニー達も一緒にだ。
それからギルツはアニー達との挨拶を終え、事情を聞いていた。
「で、ああなったわけか……」
館に入る直前の出来事を聞いたギルツは、少し前から冷たい視線をユウトに向けている。
「な、なんだよ」
「……別にぃ」
戸惑うユウトにギルツが素っ気無い反応を返す。すると、ユウトがムッとする。
「言いたいことがあるなら――」
「言って良いのか?」
「ごめんなさい。止めて下さい」
しかし、瞬時に戦意を折った。
ここで何か言われてエリスやソフィアとの関係が悪くなるのは嫌だった。
そんなユウトに、それで良いとばかりにギルツが鷹揚に頷いた。
もっとも、何を言おうと三人の関係が悪くなることが無いとギルツは分かっているので、これは単なる脅しなのだが、効果は抜群だった。
「よし。ユウトを弄るのはこれくらいにして、決めることを決めちまおう」
「おいっ!?」
ユウトの批難の声を無視して、話し合いが始まった。――と言っても、殆ど意見がぶつかることは無かったが。
その結果、現在ユウト達が居る一番大きな部屋を居間とし、居間を除く一階の部屋を男性陣が、二階の部屋を女性陣が使用することになった。
その後、それぞれが一度荷物を置きに部屋に向かい、部屋の状態を確認することにした。これからこの館で暮らすにあたって、今ある物が何か、足りない物や必要な物は何かを確認するためだ。
それからしばらく経って、全員が居間に戻った。
「どうだった?」
ユウトが聞くと、子供達の表情が明るくなる。
「とっても大きかったよ」
「一人一部屋でも広く感じるのに、あんなに大きいと少し落ち着かないや」
孤児院では三人が同じ部屋で生活していたが、今度は部屋の数が多いので、一人一部屋だ。その上、部屋自体も孤児院よりもずっと大きい。突然大きな部屋一つを与えられて、戸惑いもあるようだったが、やはり嬉しいことは嬉しいらしい。
「……気に入ったなら良かった」
苦笑しながらエイミィの頭を撫でる。
実際に聞きたかったのは、何か足りないものがあるか、ということだったのだが、喜んでいるところに水を差したくなかった。
「中々良い部屋だったっすね」
子供達の答えに苦笑していたユウトの視線がウェンディに突き刺さる。
「なぁ……」
「なんすか?」
「何であんたが部屋を確保してんだよ」
「良いじゃないっすか。知らない仲じゃないんすから」
「俺達はついこの間が初対面だったはずだが?」
「そうだったっすかねぇ」
とぼけたウェンディをユウトが軽く睨むと、それに気付いたサーシャが間に入る。
「まあまあ。お客様用の部屋にして、ウェンディさんがいらっしゃったときに使って頂けば良いじゃない」
「……院長先生がそう言うなら」
「母親に頭が上がらないところは、二人とも良く似てるわね……」
ソフィアの呟きが届くと、ユウトが渋面を作った。
――それにしても、ユウトがここまで露骨に嫌がるのも珍しいわね。
ソフィアの知る限り、ユウトが明確に嫌悪感を剥き出しにしたのはヴァルドくらいだ。だが、あれはヴァルドの方が先に敵意や悪意を露わにしていたからだ。
しかし、ウェンディはそうではない。多少おかしなところはあるが、悪意や害意の類は感じられない。そうであるにもかかわらず、ユウトはウェンディを嫌っている――のとは少し違うようだが、どこか苦手にしているような印象を受けた。
当のウェンディも、それを分かった上で仕方ないと受け入れている節がある。それがソフィアには余計に不思議だった。
――まあ。相性の悪い相手というのはどこにでも居るものね。
エルフの村でも、そういうことはあった。あの小さな村の中でさえあるのだから、広い人間の世界でなら当然にあっておかしくない。
ソフィアが一人心の中で納得していると、サーシャが困ったような表情を浮かべていた。
「でも、このままじゃ、お客様をおもてなしするどころでは無いわね」
お茶も出せないことを申し訳なく思っていたサーシャは、そう言ってアニー達を見る。
「いえ。私達は――」
「私達のことはお気になさらないで下さい。サーシャ様」
アニーが何かを言う前に、セリアがそれを遮る。護衛役うんぬんと言おうとしたのを察したのだろう。
言いたいことはセリアも同じだったが、アニーの場合は言い方が直球過ぎる。それも見方によっては美点だが、多くの場合は相手に悪い印象を持たれてしまう。
職務に忠実なのはアニーばかりでは無い。セリアも近衛騎士から直々に受けた指令で、初日から躓きたくなかった。
「お気遣いは嬉しいですけど、しばらくの間ご一緒に過ごさせて頂くわけですから」
それはネルも同じで、セリアの援護をする。
ネルの言葉に納得したのか、サーシャは頷くと。
「そう、ですね。でも、それなら皆さんも気楽になさって下さい」
「ですが、ユウト様もいらっしゃいますし――」
近衛騎士に推挙されているユウトは、アニー達にとってはいずれ自分達が従うことになるかもしれない相手だ。ユウトにその気が無くても、失礼な態度は取れないというのが、本音だった。
「そんな気にすること無いのに。相手はユウトにーちゃんじゃん」
「ほう。言ってくれるじゃないか、カール」
何気なしに言ったカールの背後に回ると、眼前にある頭を両の拳で挟み、グリグリと手首を捻る。
「痛っ!? ごめん。ごめんって、ユウトにーちゃん!?」
勿論手加減はしているが、地味に痛いのか声に必死さが現れている。
「まぁ、でもカールの言う通りですよ。セインさんの紹介とはいえ、俺自身はしがない冒険者ですから」
カールを解放しながら言うと、足元に崩れたカールが「言う通りなら、今のやる必要ないじゃん!?」と抗議の声をあげる。
「自分で言うのと誰かが言うのじゃ違うんだ。お前には兄への敬意が足りないようだ」
冗談混じりに再び拳を握り、手首を捻る動作をする。
「ごめんなさいっ!?」
それを見たカールが殆ど反射的に謝ると、居間は笑いに包まれた。
その様子を見ていたセリアも、柔らかく微笑みを浮かべていた。
――セイン様が仰っていた通りのお人柄ね。でも、こうしていると近衛騎士の方々に匹敵するほどの方には見えないわ。
セインから今回の指示が下された時、三人はユウトや護衛対象となるその家族のことも聞いている。特にユウトの能力に関しては、近衛騎士に推挙されたという話が一般の兵の間でも有名であったし、セインの口からも事実だと説明を受けた。
なので、その能力に疑いの余地は無いのだが、今のユウトを見ていると、どうしてもそのようには見えなかった。
「まあ、その辺りはおいおい慣れていって貰えば良いさ。あちらさんも仕事なんだ。急に楽にしてくれといっても難しいだろう」
「それは確かに……」
「それより、色々足りない物もあっただろうし、それを買いに行こうぜ。特に女性陣は必要な物が多いだろ」
各部屋には備付の家具などはあるが、あくまで最低限だ。
男は最悪ベッドと収納スペースさえあればなんとでもなるが、女性はそうもいかない。他にも細々した物は当然置いてある訳も無く、買いに行く必要があった。
「だな。まだ陽は高いし、今のうちに行くか。あ、お金は心配しないで、十分残ってるから」
館を買うのにそれなりに使ったが、必要な物を買う程度の貯えはまだ残っている。
使い道が特に無かったこともあり、今まで依頼で稼いだ金は必要経費以外は殆ど手付かずだ。東に行く時のためという意味もあったが、それも必要が無くなった。
しかし、そんなこととは知らないサーシャ達は、ユウトほど軽く考えてはいなかった。
「いえ。暮らす分には問題ありませんから、それは貴方自身のために使って下さい」
「このお屋敷に住まわせて貰えるだけで十分ですよ。私も依頼を頑張りますから、必要な物はそれから買います」
「そうね。私なんか、今でも自宅より豪華なくらいよ」
そう口々に辞退する。
そのことについては子供達も納得しているようで、一緒になって頷いている。
「いや。でも、このままじゃ生活し辛いでしょ? 大丈夫ですよ。特に使い道も無いですから」
「そんなことは無いでしょう。いずれ東の島国に行く時に必要なはずです」
「あ。あぁ、いや」
サーシャに諭されるように言われて、ようやくユウトも気が付いた。
皆はそのことを気にしていたのだ。
ユウトがヤマトという島国に向かおうと考えていたことは、皆が知っている。当然、その目的も。
そのためには、やはり相応の金銭が必要になる。
そんな中、住む場所に困ったサーシャ達のためにこの館を買うことになったのだ。その上、更に負担をかけてしまえば、ユウトの目的の達成を妨げることになってしまう。
そう考えた末の言葉だった。
しかし、今はもうその心配は無くなっているのだ。
「それは――」
「ユウト」
説明しようとしたユウトをギルツが阻む。
意図したわけでは無いが、タイミングが丁度重なった。
「お前、記憶が戻ってるな?」
そのまま続けたギルツの言葉に、全員が驚いた顔でユウトを見た。
「良く分かったな」
視線を集めたユウトは、ギルツが気付いていたことに驚きながら、それを事実と認めた。
「まあな。目を覚ましてから少し雰囲気が変わったと思っていたが、確信したのはギルド長との会話の時だ」
「……何かあったか?」
それらしいことを言った記憶が無いユウトは首を傾げる。
「俺に実の兄弟は居ない。そう言ったな」
「あぁ……、なるほど。確かに」
ユウト自身言われて初めて気が付いたが、確かにそう言った。
記憶が無い間は、家族や故郷に関することについては断定するような言動を極力避けていた。しかし、ジェイクとの会話の時点では全てを思い出していたため、居ないと断定した。
もっとも、特に隠そうと思っていた訳ではない。今まで言わなかったのも、単に言うタイミングが無かったからだ。
そのため、ユウトは落ち着いたものだったが、むしろ困惑したのはエリス達の方だった。
「記憶が戻って……? え?」
目に見えて動揺を顔に出したエリス達が目を白黒させている。
「とりあえず、落ち着いて。ちゃんと話すから。その前に、申し訳ないんですが――」
「えぇ、分かっています。アニー、ネル。今日は戻りましょう」
ユウトが視線を向けると、心得ているとばかりにセリアが二人を促した。
これから話すのはあまり知られて良い内容では無い。セリアはそのことまでを察したわけではなかったが、自分達に聞いて欲しくない内容なのだとは理解していた。
「セリア? しかし……」
「アニー、私もセリアに賛成。滞りなくユウト様と御会いできたことを報告しないと」
「えぇ、今日は初日なのだし、皆さんも長旅でお疲れでしょうから。……今日はもう出歩きませんよね?」
渋るアニーを説得するために、セリアがユウトに念を押すように聞く。
元々サーシャ達の護衛というのもユウト達が側に居ない時を想定したもので、側に居るのであれば、そもそも護衛など必要ないのだ。
「はい。今日はもう出ることは無いです」
その意図を理解したユウトが首肯する。実際、話を始めれば長くなるので、終わった頃には陽が落ちて、出歩くことも無いだろう。
それでようやくアニーも納得した。
「わかりました。それでは、私達はこれで。また明日の朝お伺いします」
「えぇ。お願いします」
「おやすみなさい」
それぞれ挨拶をして、三人を見送る。
そして、居間に戻ってくると――。
「で、改めて聞くが、記憶は戻っているんだな?」
「ああ。戻ったのは昴に刺された時だな」
「スバル……? ちょっと待って、ユウト。あの黒髪の男と知り合いなのっ!?」
聞き覚えの無い名前に首を傾げたが、刺されたという言葉ですぐに誰のことを言っているか理解出来た。驚いて身を乗り出すソフィアとは対照的にユウトは落ち着いたものだ。
「知り合いも何も、俺とあいつは親友だよ。少なくとも、俺はそう思ってる」
「なら、何で……? もしかして、ユウトさんが記憶を失くしていると知らずに裏切ったと思っているとか?」
スバルがエイシス側に居たことで、ユウトもそちら側だと考えた末の言葉だった。状況から見ればその結論が出るのは何もおかしな事ではないのだが、ユウトとスバルに関しては、そもそも根本から想像の埒外にある。
そこから話をしなければならないと考えていたユウトは、一度話を止める。
「少し落ち着いて。聞かれて答えるんじゃ多分埒が明かないから、俺から話す。色々訳の分からない部分もあると思うけど、とりあえず聞くだけ聞いてくれ」
ユウトがそう言うと、全員が口を閉じ、次の言葉を待った。
「助かる。……まず、俺と昴はエイシスの人間じゃない。だからって、アルシールでも、東にあるヤマトでも無い。なら、どこの人間かと言えば――」
一度言葉を切る。
今から話すのは荒唐無稽な話だ。ユウト自身、自分のことでなければ笑い飛ばすくらいの。
だが、話さないわけにはいかない。
――いや、聞いて欲しいんだ。そして、出来れば信じて欲しい。
大事な家族と仲間だ。
愛想を尽かされるか、頭がおかしくなったと心配されるか。信じて貰えるよりも、その可能性の方がずっと高いが、それでも嘘を吐いたままでは居たくなかった。
大きく深呼吸を一つして、覚悟を決めたユウトは口を開く。
「俺と昴はこことは違う世界から来た――」




