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第67話 一時の別れ


孤児院の院長の名前をサーシャとしました。




 目を覚ましてから数日の間、ユウトは寝たり起きたりを繰り返した。

 どちらかといえば寝ている時間の方が多かっただろう。

 ウェンディの治癒術によって傷自体は塞がり、流れ出た血もある程度は補填されていたが、完全に元通りになったという訳ではない。傷自体は治っても、半死半生のダメージを受けたという事実は無くならず、それが体に与えた負担や蓄積された疲労はそのままだ。更に精神的な面も相俟って、ユウトの体調が回復するまでにはそれなりの時間を要したという訳だ。

 それもようやく回復し、ユウト達は他の村人達から随分送れてガロに向かうことになった。

 他の村人達はセインが村人の避難を決定した翌日にはガロに移っており、現在村に居るのはユウト達と、駐留している兵士だけだった。

 ガロに着いたユウト達は、改めて村人達と一時の別れを済ませ、旅馬車に乗って王都へ出発した。




 それから一週間弱。

 ユウト達は王都を目前にしていた。


 「うぉー。すっげー!」

 「カール兄、少し落ち着きなよ」


 大興奮で声をあげているカールとは対照的に、テリーが小声で耳打ちする。

 しかし、そんなテリーの反応はお気に召さなかったらしい。


 「なんでさ? 見ろよ、あれ。ガロもでかかったけど、それ以上じゃん。エイミィだって凄いと思うだろ?」

 「うん。こんなにおっきい町見たの初めて」

 「ほら」


 エイミィが期待通りの反応をしたことで、カールが勝ち誇った顔をする。


 「それは僕もそう思うけど。他のお客さんも居るんだから、恥ずかしいよ」


 そう言ったテリーの顔は仄かに赤くなっている。

 カール達が乗っている旅馬車は貸切というわけではなく、当然他の客も乗り合わせている。騒がしいカールが他の客の視線を集めており、テリーはそれに気付いていた。

 もっとも、カールの子供らしい素直な反応は他の客からは微笑ましく映っていた。


 「ほらほら。喧嘩する方が迷惑よ。すみません。皆さん」


 サーシャが二人を優しく叱ると、他の客に頭を下げた。


 「お気になさらず。見てて微笑ましいくらいですよ。それに、あなた方のおかげで、安心して旅を楽しめました」


 一人の老人が穏やかな笑顔でそう言うと、他の客も同意したように頷いた。

 ガロを出てから既に一週間近く。乗客に心の狭い人間が居なかったことも大きいが、カール達の子供らしさは良い意味で受け入れられていた。

 同時に、現在の特殊な状況も乗客にとっては快適な旅路として捉えられていた。

 特殊な状況というのは、護衛の冒険者が七人も居るという点だ。

 通常、旅馬車の護衛をする冒険者は二名から三名だ。七名もの護衛がつくことは本来起こり得ないのだが、幾つかの理由で実現されることになった。

 それというのも、ユウト達は現在、ユウト達とランド達で八人、更に孤児院の四人とウェンディで十三人という大所帯だ。

 そのうちユウトとギルツは自身の馬があり、馬を連れて旅馬車に乗ることは出来ないため、旅馬車に乗る他の者とは別行動ということになる。しかし、実際にバラバラに行動するつもりは無いので、結局のところは一緒に行動する結果になる。

 そして、残りの十一人のうち三人を護衛にするとして、残りの八人が乗客という扱いになるのだが、これはこれで面倒事があった。

 主にユウトとギルツの立ち位置だ。

 傍から見れば、二人は旅馬車についてくるおかしな二人組という風に映る。それを避けるためには、それこそ乗客全員に先に挨拶しておく必要があるし、中にはそんな怪しい二人がついてくるのを渋り、不安に思う者も居るだろう。

 それならば、いっそのこと最初から護衛として数に入れたほうが良い。

 そう考えたユウト達は、冒険者として登録してある七名が無料で護衛を受ける代わりに、乗客となる六名を無料で乗せてくれるようギルドにかけあった。

 本来ならば認め難い特別な措置なのだが、そこはユウトの名とギルドになんら不利益が無いということから認められた。

 護衛を三名雇って乗客を八名乗せるのでは収支としてはマイナスだ。それならば、護衛の報酬と旅馬車の料金を無しにした方が結果としてはギルドにとってプラスになる。

 更に、以前出されたユウトに恩を売っておけというギルド内の指示は未だ撤回されていないことも大きかった。

 当初は多少渋られたのだが、「ユウトに恩を売る機会をみすみす逃したと知ったら、ギルド長が怒るんじゃないか。あぁ、ちなみに俺はギルド長と個人的に面識があるんだが」というギルツの半ば脅迫めいた言葉に職員は手の平を返した。

 そんなギルツは仲間達の冷たい視線を受けながらも、「どちらにとっても悪い話じゃないんだから問題ないだろ」と平然と言い切った。

 ともあれ、表沙汰に出来ない取引がありつつも、その特殊な状況は乗客にとっても護衛が増えるという旅の安全がより確実になったことで受け入れられていた。


 「カール。気持ちは分かるけれど、そろそろ着くから大人しくしましょう」

 「はーい」


 ソフィアにも窘められて、カールが僅かに不満そうな返事をする。

 しかし、一応は言うことを聞いたカールの頭をソフィアが撫でると、恥ずかしそうに俯いてしまう。

 そんなカールと対照的に、ソフィアはニコニコと嬉しそうだ。

 村を出てから、ソフィアが子供達の頭を撫でる光景を頻繁に目にするようになった。

 カールとテリーは微妙な年頃だからか、最初のうちは多少嫌がる素振りをみせていたが、すぐに諦めた。それというのも、嫌がるとソフィアが目に見えて落ち込んでしまうからだ。

 それとなく理由を聞いたところ――。

 「私、弟や妹が欲しかったの!」と言うことらしい。

 ソフィアは村で一番年下だったため、周りからは子ども扱いされて可愛がられていた。その反動なのか、自分も妹や弟――小さな子を可愛がりたいという衝動が生まれていた。お姉さん振りたいと言っても良いのかもしれない。

 今まではそれが出来る相手が居なかったのでどうしようもなかったが、ユウトやエリスの弟妹ともいえるカール達と会ったことで溜まりに溜まったその衝動が解放され、何かにつけて頭を撫でるようになっていた。


 「ソフィアねーちゃん。恥ずかしいんだけど……」


 人前だったからか、久しぶりにカールが抵抗を試みる。それを見ていたテリーが、「無駄な抵抗を……」とどこか悟ったような表情を浮かべていた。

 

 「……嫌、だった?」

 「嫌……じゃない、けど」


 明らかにシュンとしたソフィアに、カールの声が尻すぼみになる。


 「良かった」


 ソフィアが元気を取り戻して更に頭を撫でる。

 そうして、カールは抵抗を諦めた。

 ――随分仲良くなったなぁ、……カールは不本意そうだけど。って、あれ?

 そんな二人の会話を外で微笑ましく聞いていたユウトが、あることに気付いて首を傾げる。

 最も騒ぎそうな者が静かだ。

 そのことを不思議に思っていても、馬車は止まることなく王都に向かって着々と進む。

 しばらくすると王都に到着し――。


 「人がゴミのようっす! 一吹きで沢山吹き飛びそうっすね!」


 カールもかくやというハイテンションで、ウェンディが声をあげる。


 「あんたが言うと洒落にならんから止めてくれ……」


 嫌なことを思い出したユウトが顔を引き攣らせる。


 「というか、入るまで何でもなさそうだったのに、何で急にテンション上がってるんだ?」


 王都は初めてだと言っていた、この無駄に元気なウェンディがその王都を前にして静かだったのが気にかかっていた。


 「外からなら何度も見たことはあるんすよ。ただ、中には入ったことが無かったっす」

 「そういうことか。……あれ、でも入ろうと思えば入れるんじゃ?」

 「身分証や保証金が無いっすから、難しいっすよ」

 「あぁ、そういやそうだな」


 町に入るには身分証か保証金が必要だ。冒険者であるユウト達はギルドカードが身分証代わりになるが、他の者は保証金が必要になる。今も王都に入るのに支払ったばかりだ。

 当然、持ち合わせが無かったウェンディの分は、何故か当たり前のようにユウトが支払った。

 ――まぁ、嘘っすけど。

 納得した様子のユウトを余所に、ウェンディが悪戯が成功した子供のような顔をする。

 保証金も身分証も、手に入れるのはそう難しいことではない。そうであるにもかかわらずウェンディが王都に入ったことが無いのは、言いつけだからだ。

 ――破ると母様が怒るっすからねぇ……。今回はユウト君について来ただけだから問題ないっす。

 無論、大丈夫だという根拠は無い。

 しかし、そんなことは頭の隅に追いやって、王都を満喫する気満々だった。


 「ソフィアさんはどうですか?」

 「えぇ……。ガロでも驚いたけれど、王都というだけあって凄い人ね」


 エリスが尋ねると、ほんの少しだがソフィアが怯えたような表情になった。

 やはり多くの人間の中に居るのは怖いのだろう。そんなソフィアの手をエイミィが握った。


 「エイミィ?」

 「こうしてれば怖くないよ」

 「そうね。……ありがとう」


 ソフィアが逆の手でエイミィの頭を優しく撫でる。

 エイミィが気持ち良さそうに目を細めると、ソフィアも安心したように笑顔を見せた。

 ユウト達はジェイクに会うためと、旅馬車の護衛依頼の完了報告をするため、そのままギルドへ向かった。

 ギルドに入るとすぐに受付に行って、護衛依頼の報告を済ます。

 例の取引については、ガロのギルドから詳細が書かれた手紙を預かっている。それを渡し、中を確認して貰って、報告が完了した。

 それが終わると、ギルツが受付の職員に声をかける。


 「すまないが、ギルド長に面会がしたい。ギルツが来たと伝えて貰えないか、おそらく話は通ってるはずだ」

 「あ、はい。分かりました。皆さん全員ですか?」

 「そう――」

 「――いや」


 「そうだ」と答えようとしたギルツを遮って、ランドが否定する。


 「俺達はここまでだ」


 ランドの言葉に合わせて、カインとアン、ケイトがユウト達から一歩離れる。――それはまるで、明確に線を引いたようだった。


 「そう……でしたね」


 どこか寂しそうにユウトが呟く。

 ランド達は、王都に着いたらユウト達とは別れると事前に伝えていた。

 思いがけない縁で長い間村に居たし、ユウトとも師弟関係になったが、元々ランド達は村の防衛依頼を受けた冒険者でしかない。

 その依頼も村人が避難することになったため、その時点で終了している。

 報酬も既にガロで受け取っており、本当ならば王都まで来る必要も無かったのだが、ランド達自身も別れを惜しんでいたところがあったため、ここまでついて来たのだ。

 しかし、それもずっとというわけにはいかない。


 「寂しくなりますね……」

 「そんな顔しないの。家――館だったかしら、場所は聞いたし、今度遊びに行くわ」

 

 最もランド達と長く居たエリスが言葉通りの表情を浮かべると、それをアンが慰める。

 最初は単に冒険者と村人の関係でしかなかったが、今ではエリスにとってアンやケイトは大事な友人であり、頼りになる姉貴分だった。


 「皆も、ね。今のところ王都から離れる予定も無いからさ」

 「お前達は冒険者になるつもりなのだろう。こんなことで寂しがっていたら務まらないぞ」


 ランド達に懐き、教えを受けた子供達も同じように悲しそうな顔をしていたため、カインやケイトが言葉をかけていた。

 別れは思った以上にあっさりと終わった。

 ランド達もどこか行き先があるわけでは無い。当分は王都を拠点にするつもりであり、特にユウト達がまたどこかに行かなければならないと聞いているため、その間は時折カール達の様子を見に行くつもりだった。

 今までは毎日会っていたのが、一、二週間ごとになるという程度だ。普通に考えれば、これでも頻繁過ぎるくらいだろう。

 それでも寂しく思えてしまうのは、それだけ近くに居るのが当たり前になっていたからなのだろう。


 「じゃあな。死ぬんじゃねぇぞ、弟子共」

 「はい。師匠達もお元気で」


 最後にそう言葉を交わし、ランド達はギルドを後にした。




 大通りを歩き始めてすぐ、足を止めてギルドを振り返る。


 「師匠、ね」


 そうランドが呟いた。

 その言葉には様々な思いが込められていたが――。


 「やれやれ、ランドに火がついてしまったな……」


 その思いを察していたたカインが、肩を竦める。


 「他人のこと言えるの? カイン」


 それをアンが窘め――。


 「アンもね」


 更にそれをケイトが。


 「ケイト。お前もだろうが」


 そして、ランドが。

 結局のところ、ランドだけではなく全員に同じように火が付いていたのだ。

 元々、ランド達は自由に生きたくて冒険者をやっている。

 必要以上に有名になりたいとも、金が欲しいとも思っていない。だから、現状Cランクで居ることも、現在の自分達の実力にも、大きく不満を持っていなかった。

 だが、まがいなりにも自分達が教えたユウトは、村を出たときよりも遥かに力を付けていた。エリスも魔力量が多く、治癒術という誇れる特技を持っている。ユウトと共に居れば大きく実力を伸ばすことだろう。

 カールやテリー、エイミィも子供ながらに優秀で、このまま伸びれば間違いなくランド達より優れた冒険者になるはずだ。

 弟子が師を追い抜くのは悪いことではない。少なくともランド達としては誇らしいくらいだった。

 しかし、同時に師としての矜持もある。

 弟子達に恥じない師でありたいし、抜かれるままというのも性に合わない。


 「だがまぁ……、そうだよな」

 「えぇ、まだ枯れるほどの年じゃないもの」

 「情けない姿は見せられん」

 「私達も頑張らないとね」


 弟子が成長を続けるのなら、師として自分達も成長してみせる。

 そんな向上心を新たに芽生えさせ、ランド達は再び前に歩き出した。


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