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第66話 目覚め


 「ん……、あれ。ここって……」


 目を覚ましたユウトが周りを見渡すと、見覚えのある場所だった。


 「学校……? 何で……」


 元の世界でスバルと共に通っていた高校。

 それも、ユウトとスバルがほぼ毎日机を並べて勉強をしていた教室の中だ。

 座っている机の位置も、教室の状態も、うろ覚えではあるが記憶の通り(・・・・・)だ。


 「勇翔」


 名を呼ばれて振り向いた先には、同年代の少年が居た。


 「あ、れ……昴、なのか?」

 「他の誰に見える」

 「え、いや。だってお前、ヴァルドって奴に……」

 「誰のことだ? 俺に外人の知り合いは居ないが」

 「いや、外人じゃ……。あれ、外人って言っても良いのか……? じゃなくて――」


 突然のことに頭がついていかない。

 ――落ち着け。どういうわけか話が噛み合ってない。それ以前に昴がこんなところに居るはずが……。いや、待て。

 違う。そこではない。

 ――|そもそも何故俺はここに居る《・・・・・・・・・・・・・》?

 ユウトが混乱していると、スバルが呆れたように息を吐く。


 「一体どんな夢を見てたんだ。いい加減、現実に戻ってこい」

 「夢……?」


 言われてみればそうかもしれない。

 魔物とか魔術とか、まさにゲームや漫画の世界だ。

 妙に現実味のある夢だったが、そういうこともあるだろう。


 「夢……か」


 再度呟くと、本当にそんな気がして来た。

 ――あれが夢なら、俺の出会った人達もそうなんだよな……。

 ギルツや孤児院の皆、ランド達。それにセインや他にも沢山の人の顔が浮かんでは消える。

 そして、最後に残ったのはエリスとソフィアだった。

 それを自覚すると、笑いが込み上げて来た。


 「あははは」

 「……何だ急に」


 突然笑い出したユウトをスバルが訝しげな目で見る。


 「いや。考えてみりゃ、二人とも俺の好みに合い過ぎてたなって」


 エリスもソフィアも、テレビや雑誌を見ていてもお目にかかれないほど美しい少女だった。更にその心根は優しく、芯は強い。内面すら美しいと思える娘達だった。

 今、理想の女性像を聞かれれば、躊躇い無く二人を挙げる。

 そんな二人から同時に好意を寄せられていたのだ。

 まさに都合の良い夢という訳だ。


 「意味が分からないな。寝すぎて脳細胞が死滅したか」

 「寝たくらいで脳細胞が死滅するわけ無いじゃないか。馬鹿だなぁ」

 「皮肉も通じないようだな」


 切れ味鋭いスバルの罵倒に苦笑を返す。このやりとりもどこか懐かしい気がする。

 しかし、そう感じつつも、どこかでそれを否定している自分が居た。

 ――あれが夢か。……本当に?

 常識的に考えれば夢だ。

 良く分からないうちに異世界らしきところに飛ばされて、色んな人と出会って、魔物と戦って――最後に親友()に刺された。

 だが、今のユウトの体には傷一つ無く、当然痛みも無い。

 夢でなければ説明がつかない。

 ――夢だ。夢のはずなんだ。だけど……

 頭から離れない。忘れられない。今だって目を瞑れば鮮明に思い出せるのだ。

 あの世界で見た光景、感じた事は勿論、出会った人達の顔や声、話したこと、更にその温もりも。

 それらが全て夢だったというのか。

 ――違う。そんな筈は無い。だって、俺は全部覚えている。嬉しかったこと、辛かったこと、悲しかったこと、楽しかったこと。何一つ忘れていない。

 確証は無い。

 しかし、ユウトの心がそんなことは関係ないと否定し続ける。

 ユウトの心が――そこに残されているものが、あの世界の全ては現実だと証明しているのだから。

 そう心に定めてしまえば、全てが変わった。

 ――ああ。そうか、そうなのか……。この世界こそが、夢なんだ。

 ユウトが気付いた途端、世界が歪み始めた。

 すると、スバルが意外そうな顔をする。


 「なんだ。思ったよりも気付くのが早かったな。まあ、間に合った(・・・・・)ようだから、別に構わないが」

 「お前は何者だ?」


 スバルではない。

 姿や声、振る舞いさえも似ているが、何かが違う。これが夢だと気付いたことで、その違和感が浮き彫りになった。

 スバルもどきはユウトの睨み付けるような視線を意に介することもなく、飄々としている。


 「さてな。俺はお前だ、とか言ったら納得するのか?」

 「その面で言われてもな」

 「それもそうだな。なら――」


 今度はユウトと同じ顔になった。

 その様子を見ていたユウトが顔を顰める。


 「おいおい。自分の顔を見て、そんな顔するなよ」

 「自分の顔だから余計に気分が悪いんだが……」

 「ふむ。確かに見てて気分の良い顔では無いか」

 「大きなお世話だっ!」


 声を荒げると、ユウトと同じ顔になったスバルもどきが笑う。

 ――何なんだ、こいつは……。

 目の前の存在には違和感を感じる。

 だが、何故か|ユウトと同じ姿でいること《・・・・・・・・・・・・》にはまるで違和感を感じない。

 ――まさか、本当に俺だとでも言うのか……?


 「俺の正体に悩んでいるみたいだな。まぁ、あまり気にするな。どうせ俺のことなど、起きれば忘れている」

 「……どうせ忘れるってんなら、ここで正体をばらして欲しいんだが」

 「それは止めておこう。楽しみが無くなるからな。……そう睨むなよ」


 自分を睨みつける視線が強くなったのに気付いたスバルもどきが、肩を竦める。


 「今は俺のことよりも、大事なことがあるだろう?」


 問うような視線を向けられ、ユウトは一瞬戸惑いを見せる。

 だが、すぐに思い至った。

 わざわざその姿を取って現れたり、他の皆との係わり合いが一切無いこの場を用意したことがそn証拠だ。


 「……昴のことか?」

 「あぁ、俺達(・・)の親友のことだ」


 俺達という言葉に、ユウトの視線の中に剣呑な気配が混じる。スバルもどきはそれを無視して話を進める。


 「今の昴は精神操作の類を受けている」

 「それは何となく分かってる。あの人形みたいな目を見ればな」

 「それは結構。お前を刺したことで一時は自我を取り戻したようだが、今頃元通りになっているだろう」

 「また……あんな目をしているのか」


 ユウトが悔しげに唇を噛む。

 あの人形のような目。あんな目をしたスバルを二度と見たくは無かった。

 スバルがユウトを刺した後、ユウトが覚えている時間は短いが、確かにスバルの瞳には自我が戻っていた。ユウトを刺したことに対する罪悪感などに染まってはいたが、それでもその前に比べればずっとマシだった。

 

 「昴にあんな顔は似合わない。そう、思うだろう?」

 「……何が言いたい?」

 「連れ戻してやれってことさ」

 「そんなこと、言われるまでも無い」


 決意を秘めたユウトの瞳を見て、スバルもどきが満足そうな笑みを浮かべた。


 「ならば良い。頑張ることだ」


 そう言い残し、姿を消した。

 奴が何者なのかは結局最後まで分からなかった。

 だが、その言い分を信じるのなら、目を覚ませば奴のことは忘れているのだろう。ならば、そのことは今は構わない。

 ――もうあんな思いをするのは御免だ。

 カールが殺されたと思ったときの気持ちは、今も思い出せるほど鮮明に焼きついている。大事な者を失った辛さと悲しさ、無力な自分への怒りと失望、そして奪った者への憎悪。

 あんな思いは二度としたくなかった。

 ――誰も失わない、奪わせない。


 「昴。お前は必ず連れ戻す」


 その言葉は歪んだ世界の中で木霊して、意識の遠ざかるユウトの耳に残った。




 「ん……」


 ユウトがゆっくりと瞼を上げる。

 開かれた目はすぐには焦点が合わず、ぼやけた視界の中で視線を彷徨わせる。しかし、二つの顔が自分を覗き込んでいるのに気付き、視線を定めて目を凝らす。

 僅かな時間をおいて、焦点の定まり始めた瞳がその顔を鮮明に映し出す。

 見覚えのある二人の顔。その表情は泣きながら笑っているように見えた。


 「エリス、ソフィア。……おはよう」


 何と言うべきか迷って、とりあえず寝起きなので挨拶をすることにした。

 状況にそぐわない言葉にエリスとソフィアが破顔する。


 「おはようって……。もう、あまり心配かけないでよ。ユウト」

 「ふふ。おはようございます。……本当に良かった」


 笑顔の中で、二人が安堵した。

 それは傍目にもはっきり分かり、どれほど心配をかけていたのかを察するには十分だった。

  

 「ごめん。心配かけたよな」

 「良いんです。ちゃんと目を覚まして下さいましたから」

 「他の皆もとても心配してるから、後で元気な顔を見せてあげなさい」

 「ああ。……ところで、何でギルツはそんな隅に居るんだ?」


 エリスとソフィアの後ろ、壁際にギルツは立っている。ベッドの側に居る二人と違い、ギルツとの距離は遠かった。

 ユウトが目を覚ましたことを喜んでいたが、ギルツの表情にはどこか翳がある。


 「……目覚めてすぐ見るなら、俺よりも嬢ちゃん達の方が嬉しいだろうと思ってな。気を利かせたんだぜ?」


 ギルツの口から出たのは嘘だった。

 そんなことは微塵も考えていない。

 離れていたのは、近くで顔を見られたくなかったから。抱えている物をユウトに見透かされるのが怖かった。

 隠していた――自分自身ですら目を逸らしていた心の内をヴァルドに暴かれたことで、ギルツの心は今も平静には程遠い。

 そんな状態では、ユウトに動揺を隠し通せる自信が無かった。

 誤魔化したギルツに、エリスとソフィアが気遣わしげな視線を向ける。

 ヴァルドとのやり取りを知っている二人は、それが本心からの言葉ではないことを察していた。

 今だけではない。ギルツはずっとどこかおかしかった。しかし、それが分かっていても、かけるべき言葉が見つからなかった。

 ヴァルドとのことを知らないユウトはそのことに気付かず、ギルツの軽口に軽口で返す。


 「確かに。どうせ見るなら二人の方が良いな」

 「……え?」


 驚いたエリスとソフィアが揃って声を漏らした。

 ギルツさえも思いがけないユウトの返しに無言で驚いている。

 その様子を不思議に思ったユウトが首を傾げた。


 「どうかしたか?」

 「い、いえ」

 「なんでもない、わ」


 咄嗟に否定したが二人とも動揺を隠しきれておらず、どうかしたのはそちらの方だと顔に出ていた。

 ユウトがそういう類の軽口を叩くのは珍しい。

 そのことに違和感を覚えながらも、エリスとソフィアはユウトがまだ本調子じゃないためだろうと判断した。


 「そろそろ良いっすかね。急ぎでは無いっすけど、これ以上放置されるのも傷つくっす」

 「あ。ごめんなさい。つい……」

 「謝らなくても良いっすよ。さて、はじめまして(・・・・・・)、ユウト君」


 深い青色の髪をした女性が陽気な笑顔を見せる。


 「この人がユウトの傷を治してくれたの。ウェントーリ大山脈の時、貴方を助けてくれたのもこの人なのよ」 

 「……へぇ」


 どこか嬉しそうなソフィアと違い、ユウトが意味ありげな反応を示す。


 「はじめまして(・・・・・・)。で、良いのか?」


 その言葉の意図を察したのか、女性が笑みを深くする。


 「えぇ、それで間違いないっすよ。事実、この顔を見たこと無い(・・・・・・・・・・)っすよね?」

 「確かに」


 二人のやり取りに他の三人が首を傾げる。


 「傷を治してくれて、ありがとう。……前のことも礼を言うべきか?」

 「前のことは気にしなくて良いっすよ。礼を言われる筋でも無いっす」

 「なら、そうさせて貰う」


 そう答えると、ユウトが改めて探るような目で女性を見た。


 「ところで、何か用があってここに来たんだよな?」

 「そうっすよ。ユウト君、君を迎えに来たっす」

 「迎え……?」


 ユウトの考え得る範囲では、迎えに来られる理由が無い。

 少し考えた後、更に疑問を投げかける。


 「どこにだ?」

 「それは内緒っす」

 「俺一人か?」

 「直接呼んでいるのは君一人っすけど、ここに居る君の仲間なら一緒でも構わないっすよ」

 「誰が呼んでるんだ?」

 「ウチの母様っす」

 「……なるほどね」


 幾つか聞いたが、重要な部分は分からないままだ。

 もっとも、騙すような意図は無いだろう。自分をどうにかしたいのならば、そんな手間は必要ない(・・・・・・・・・・)のだから。


 「ちなみに、あんたの名前は?」

 「名前っすか……?」

 「そういえば、聞いてなかったわ」

 「私達も名乗って居ませんでしたね。すみません、失礼な真似を――」

 「あぁ、いや。皆さんのことは知ってるんで構わないっすけど……。困ったっすね」

 「もしかして、名乗れないのか?」

 「そういうわけじゃ無いっすけど……。そうっすね……、ウェンディとでも呼んで欲しいっす」 


 考えた末に、そう名乗った。

 ――ウェンディ、ね。もしかして、名前をつけないのか……?

 どう考えても偽名を名乗った――正確には偽名とも言えないのだが、女性を見る。

 群青色の髪に同色の瞳。

 含みを込めたユウトの発言に対する反応を見ても、ほぼ間違いないはずだ。

 何を考えて、何を目的にしているのかは不明だが、わざわざ顔を見せて迎えに来たと言っているところからすれば、敵意は無いはずだ。

 傷を治してもらった恩もある。ならば、受けるべきか。

 そう考えたところで、扉が開いた。


 「無事起きたようだね。安心したよ」

 「セインさん」


 入ってきたのは金髪の近衛騎士セインだ。今日は休みなのか、鎧を着けていない。


 「勝手に入って済まない。少し大事な話があったのでね」


 元よりここはセインの家なので勝手にも何も無いのだが、この場にエリス達しか居ないことで、人払いをしているのだと察していた。

 事実、今エリス達しか居ないのは、ウェンディが他の者の同席を拒んだからだ。

 そのウェンディは、セインが入ってきてからそっぽを向いている。

 邪魔をしてしまったと理解したセインは、すぐに話を始める。


 「今回のことで、この村の人達には当分の間避難して貰うことに決定した。いつエイシスの者が来るか分からないからね。とりあえずはガロに行って貰う予定だが、長い間となると全員を住まわせるのは難しい。だから、知人や親戚が居る者はそちらに行って貰うことになる」

 「避難……、どれくらいの間ですか?」

 「……一ヶ月か二ヶ月か。場合によっては一年、二年の可能性もある」

 「そんなに長く……」


 エリスがショックを受けたように俯く。

 この村に住む一人として、村人がバラバラになってしまうことが残念なのだろう。


 「それと、君の家族……孤児院の人達については、王都に来て貰いたい」

 「王都に……? 何故ですか?」

 「最も狙われる可能性が高いからだ。奴等は君が死んでいると思っているだろうが、生きていると知ればまた襲ってくる筈だ。その場合、一番に狙われるのは君の家族だろう」

 「王都なら、安全だと?」

 「安全……と言い切るのは難しいな」


 ヴァルドは一度王城にまで侵入している。

 そのこともあって警戒はより厳重になっているが、絶対に大丈夫だとは言えない。


 「だが、王都には私以外の近衛騎士も居るし、護衛もつけるつもりだ。少なくとも、ガロに居るよりは安全なはずだ」

 「そう……ですね。分かりました。でも、王都に行くと言っても、住む場所が無いんですが……」


 一ヶ月くらいならまだしも、年単位になれば宿に泊まるというのも難しい。護衛がつくというのならば尚更だ。

 しかし、セインはその心配は無いと笑った。


 「あるじゃないか。大きな家が」

 「へ? ……あっ!」

 「思い出したかい。あれはまだ君達に購入する権利がある」

 「……あぁ、なるほど。確かに、あそこなら大きさ的にも値段的にも十分だな」


 少し遅れて気付いたギルツも納得した顔になる。

 逆に分からないエリスとソフィアは首を傾げている。


 「君が動けるようになったら、すぐに避難して貰いたい。準備を頼むよ」


 話は終わったと、セインがその場を辞する。

 セインが出て行ったのを確認すると、ウェンディに向き直る。


 「と言うわけで、一回王都に行きたいんだが、構わないか?」

 「大丈夫っすよ。さっきも言ったっすけど、急いでないっすから。でも、ウチも一緒について行かせて貰うっす」


 ――逃げるとでも思われたか……?

 おそらく、ウェンディはあまり人目に触れたくない筈だ。そうであるにもかかわらずついてこようとするのは、信用されてないからだろう。――と、ユウトは考えたのだが。


 「ウチ、王都に入ったこと無いんすよ。楽しみっす」

 「そんな理由かよ……」


 疲れたようなユウトの呟きは、弾んだ声で喜んでいるウェンディの耳には届かなかった。



昨夜、プロローグから第八話に手を加えました。

旧プロローグから第四話まで⇒ほぼ全部書き直して現プロローグから第五話に

旧五話⇒現六話に移動

旧六話⇒現七話に移動

旧七話⇒現八話に移動

旧八話⇒一部を現六話に統合、残りは削除

となってます。


もう少し詳しいことは活動報告にありますので、ご参照下さい。


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