04 子うさぎ
翌朝、目が覚めた龍賢は自分が熟睡していたことを知った。
(なぜだ)
思わず、瞬きを繰り返す。長らく不眠症に悩まされて、深く眠ることはできなかったはずなのに。今は常日頃の気怠さが嘘のように無くなり、視界もぼやけることなく鮮明に写っている。
徳妃——寧玲琳のおかげではないことは確かだ。何度か龍床に侍らせたが、このような快眠を覚えたことはない。記憶は曖昧だが、就寝具や房に焚くお香を変えたわけでもなさそうだ。
(なぜ、俺は眠れた)
その問いかけに答えてくれる者はいない。
嬉しそうに腕にまとわりつく寧徳妃の肩を押して、距離をとると龍賢は立ち上がった。入浴せず、寝たことで昨夜の情事が身体にまとわりつき、不快だ。食い止めようとする寧妃を無視して、素早く衣裳を纏うと、龍賢は房を後にした。
「おはようございます。彩王さま、昨夜はご安眠あそばされたご様子、何よりでございます」
扉の前では凌峯が揖礼を捧げた体勢で、龍賢を待っていた。
「ああ、おはよう。ずっと待っていたのか、楽にして良いぞ」
「はい。……ああ、顔色がとてもよくなっておりますね。喜ばしきことかと存じます」
その言葉通り、凌峯は嬉しそうに破顔した。龍賢が不眠症に悩んでいること知っている彼は、自分のことのように心配してくれた。安眠効果があるという遠い異国の香を取り寄せたり、よく眠れるようにと按摩を学びに行き、施してくれた。そのどれも効果が薄いと分かった際は見るからに肩を落として落ち込んでいたぐらいに、龍賢に忠誠を誓ってくれている。
(俺のような紛い物に仕えさせて申し訳ない)
凌峯は、かつて異母兄——皇太子の侍従を務めていた。反乱が起きなければ、今頃は彩王となった異母兄を支えていただろう。清廉潔白な異母兄ではなく、紛い物である自分に仕えることとなったことに同情を覚えた。
「わたくしは、あなたにお仕えできたことを喜びだと思っております」
龍賢の思考を読んだのか、凌峯は目尻を緩めて言った。
「我が君は見た目は獅子のようでも、中身は子うさぎであらせられる。もっと自信を持っても罰はあたりませんよ」
幾分か砕けた物言いに龍賢は口角を持ち上げる。
「俺を子うさぎ呼ばわりするつもりか」
「ええ、子うさぎでございます」
彩王を子うさぎ呼ばわりなど、断首刑に処されてもおかしくはない発言である。それを理解しながらも、凌峯は言葉を重ねる。
「蒼詠さまの後ろをぴょこぴょこと跳ねながらついていくご様子は、まさに子うさぎと称するものでしたよ」
その名前に龍賢は固まった。
凌峯は柔和な笑みを浮かべて、海色の瞳を凝視した。
「どれほど図体がでかくなられても、あなたさまはあの頃とまったくお変わりありません。一人になるのが苦手な寂しんぼうの子うさぎでございます」
「……俺はもうあの頃とは違う。背丈も伸びて、大人になった。蒼詠にいさまが見ても、きっと俺を龍賢だとは思うまい」
「いえいえ、龍賢さまは分かっておられないようですね。蒼詠さまはご聡明なお方でございます。その髪と瞳の色を隠しても、必ずやあなたさまが大切な弟君であるとわかることでしょう」
ふ、と龍賢は鼻で笑った。
「大切、か」
その言葉を反復させる。確かに幼い頃、唯一の理解者である母を失った龍賢を長兄だけは大切にしてくれた。本来ならば、父親は同じでも、いずれ国を統べる存在である皇太子と異民族の血が混じる紛い物。深く関わることはない立場のはずが、長兄は自ら会いにきて、世話を焼いてくれた。誰からも愛されない龍賢に愛を教えてくれた。
「蒼詠にいさまはきっと、俺を恨んでおられる。あの方は生きたいと願っておられた。……それを、俺は殺した」
龍賢は自らの右手を見つめた。二十年も昔のことなのに、彼の身体を刃が貫いた感覚が今も鮮明に覚えている。




